大浴場に行ったら信じられない人が現れ危険を感じた話

久々に友人と旅行に行き施設の銭湯に行くと、そこの大浴場のヌシのような老人に出会った。

友人が先に行き私は遅れて大浴場へ行くと、友人が銭湯のヌシに注意を受けていた。
何があったのかと思い見つめていると、目が合った瞬間にヌシが
「隠せ」
と、何故か私にヌシの身体を隠すよう要求してきた。私はヌシが指導をするにあたり、一糸纏わぬ姿では説教も心許ないのだろうと察し、近場にあったケロリンの桶を手に持ちヌシの身体を隠してやった。
その結果、体勢的に他者の尊厳を守ろうとする「とにかく明るい安村」のようなポージングとなった。
銭湯のヌシの言葉が止まった。
友人も止まった。
ヌシは暫し黙った後に
「何しとる……あんた……」
と、呟いた。
確かに銭湯まで来て何をしているのだろうか。

隠せと言うので隠しに来たと述べると、要約すれば「ここではタオルで隠せん。湯船にはタオルなしで入れ」という意であった。
「隠せ」ではなく「隠せん」であった。
友人は非常に神妙な顔をしていた。
後に訊けば、笑えば火に油を注ぐ結果となる為、必死に悲しかった事を考え耐えていたと述べた。

因みに、湯船につけなければタオル着用に対しそのようなルールは銭湯側では設けていない。しかし、地元民により独自に進化したルールである可能性を考慮し、私はとにかく明るい安村のハリウッドの銃を構えているポージングのまま「そうなんですか」と頷いた。
友人は涙目であった。
こんなにも我慢しているというのに、「とにかく明るい安村」がとにかく友人の邪魔をしている。

先程の勢いが少々失速したヌシは私に向かい
「身体を洗わなければ湯船には入れない」と申してきた。
勿論既に洗っていたのだがヌシは信じず、仕方がないので一番近いシャワーゾーンで本日二度目の洗体となった。
その際、再び洗っていないと疑われてはならないと思い、私はヌシを見つめながらシャワーを浴びる事により再発防止に努めた。
しかし、水圧の弱いシャワーに当たった為、ヌシと友人は墓石にかける水よりも弱々しい水量で打ち水される真顔の私と見つめ合う事となった。
保護を要するタイプの妖怪のようであったと友人は後に語った。
再びヌシのご教授は止まった。
他の銭湯利用者は私に背を向け始めた。

ヌシの標的は友人から私に移行した。
友人よりも遥かに危険人物だと判断されたのだろう。
頭にタオルを巻け、荷物はあそこに置けと指示を出されたので私はケロリンの桶と持ち物で両手が塞がった。
その際、頭に巻いたタオルが落ち、体が冷える前に湯に浸かりたいので、とりあえずマント状に首に巻き移動した。

私が荷物を持つため背を向けた瞬間、友人とヌシの目にはタオルに書かれた背中の「人間国宝」という文字が写った。
明らかに国宝では無い類の者が人間国宝を背中に謳いながら銭湯を彷徨いている。
何故このタオルで来てしまったのか。
友人は限界を迎えた。

私が湯船にたどり着く頃には友人はこちらに
背を向け、先に湯船に浸かっていた。
友人どころか他にいた数名の利用者もこちらに背を向けていた。
皆が外を向いているというヒマワリ畑を後ろから撮影した時のような妙な光景であった。

今や私の方を見ているのはヌシだけである。
ヌシが私に「湯船にはゆっくり入…」まで言ったところで私は足を滑らせ、しゃがんだ状態で湯船にダイレクトアタックした為、ジャングルで動物が川を横断する際にワニに襲われた時のような水飛沫が上がった。
ヌシはもう何も言わなかった。
幸い私も周りも無事であった。

【追記】
因みに友人は入室時にタオルを巻いていた事と、日本人離れした顔立ちの為に銭湯に不慣れだと思われたのか、タオルのまま湯船に浸かるのではと誤解されヌシに注意されていた。

今回の一件を銭湯の係員に伝えるかと友人に訊くと
「この銭湯があの人の居場所かもしれないから言わない」
と、言った。
なんて懐の深い人なのだろうと、私は改めて友人を誇りに思ったが、対する友人は私を見る度に脳内に大量のとにかく明るい安村が蠢く為、両者の想う気持ちに大きな差異が生じていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?