詐欺にあった話

どんどん手口が巧妙になってゆくので、気をつけて頂きたいです。

ある気怠げな昼下がり、気落ちしていた私は友人宅の廊下でひっくり返り手足を曲げ、絶命した虫のポーズで涼んでいた。

しかし一向に気分は晴れず、試しに両手と両足底を合わせて打ち鳴らし拍手拍足をしたところ、人間とは単純なもので一定のリズムを刻んだ事により気分は徐々に高揚した。
気がつけば
「ハイッ!ハイッ!ハイハイッ‼︎‼︎」
などと掛け声に合わせ打ち鳴らしていた。
リズムゲームに出てきたら世の親が顔をしかめること請け合いの不気味な存在と化していた。

すると、玄関扉の開く音がし友人が帰宅した。
友人は慣れているので構わず続けていたが、なかなか入って来ないのでおかしいとリズムを打ち鳴らしつつ視線を向けると、そこには友人だけではなく工事現場の作業着を身に纏った男が玄関に佇んでいた。

私以外の時が停止しているようであった。
友人が静寂を打ち破ったが、若干気が動転していたのか
「とりあえず、どうぞ……」
と、何故か男を招き入れようとしていた。
コイツと二人きりなるくらいならばこの男を入れる方がマシだと脳が本能的に判断したのだろうか。
しかし、私がこの男ならば「どうぞ」などと言われても、このような不気味な光景を前に家に入る勇気はない。

男は近くで工事をしている者で、現場からこの家の屋根の破損を見つけ、親方に言われて伝えに来たという。
お気をつけ願いたいが、これはよくある詐欺の手口である。
「家主の方はいらっしゃいますか?」
と、男はこちらとは一切目を合わさず友人に訊ねると、友人は何を思ったのか
「家主はあちらですが」
と、こちらを指差し、唐突に友人宅の所有権が私に譲渡された。
その瞬間、男の顔に絶望が過った。
言葉を詰まらせた後「この方が……」と小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
男にとって恐らく一番そうであってほしくない者が家主となってしまった。
もはや屋根の破損どころではない。
屋根よりも家主の方が深刻に壊れている。

私は家主らしく作業着の男へ名刺の要求と、そちらの親方への謁見を申し出た。
これらの要求に対する反応で詐欺か否かをより確信に近づけようという作戦であった。

しかし、始まりが死にかけの虫の実写化であった為、例えこの男がまともな者だとしても親方の元へ連れて行かない事が予測され判断の信憑性は薄まっていた。
そして、案の定断られた。
「本当に嫌だ」という気持ちが滲み出ていた為どちらかといえば拒否に近い。

男は既に帰りたそうであったが、強風で飛び近隣の家に被害が出て損害賠償が発生したケースがあるので確認も兼ねて業者に早めに連絡をと話した。
私は趣味でよく屋根に登るのでまず自分で破損箇所を確認するので大丈夫ですと伝えるつもりであったが
「趣味で破壊してるんで大丈夫です」
と答えた為、自宅だけでなく強風に乗じて近隣の屋根までもを破壊する事を生き甲斐とする妖怪のような人物像が確立されてしまった

男は
「じゃあ、大丈夫ですね…」
と力なく返事をした。
何が大丈夫なのだろうか。

男は足早に去っていったが、そもそも親方とやらは本当に存在するのかが気になった。
私は幻の親方を求め外へ出て男の背中を見つめたが、何かを感じ取ったのか男はこちらへ振り向くと全力で走り去っていった。
少々傷ついた。

【追記】
ちなみに業者そのものが現れ、後日見積もりを持ってくるパターンもある。
今回は
「工事現場から見えたので親方に教えてやれと言われてきました」
という親方パターンであり、大抵は後日都合良く業者などが訪れたり、チラシが入っていたり、「良かったら紹介します」と紹介する二段構えである。

今回はその後に業者すらも来なかったのて真意は定かではない。
しかし、屋根に破損箇所は見られなかった。
本編に補足すると私に屋根に登る趣味などないが、自分もしくはは身内に確認できる者がいるという事をアピールする事は大事である。

親方パターンも単体で来る今回のケースの他に、初手から親方を添えて二人組で来る事もあり、作業着を着ているので信じてしまう方もいらっしゃるかもしれない。
もし、名刺を持っていたとしても、例え親方らしきオヤジが出てきたとしても、彼らに頼らず自身でちゃんとした業者を探し確認する事をおすすめする。

あと、気分が沈んだ時は死にかけの虫のポーズで両手両足底拍手もおすすめする。
一度騙されたと思って無理にでもテンションを上げてやってみてほしい。


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