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#2.鍼灸院経営術(患者応接の秘訣)

はじめに

 鍼灸臨床で極めて重要な役割を果たす「患者応接」について教育機関で学ぶ機会は少ないのが現状です。
 成功している鍼灸師は当たり前のように「患者応接」を実践しており、学ぶべき点がいくつもあります。患者応接の秘訣とは一体なんなのか考えていきます。


1.応接の秘訣は言語と動作にあり

(1)身だしなみに関すること

・身だしなみを整え患者さんに不快感を与えない
 人間の抱く第一印象は、身だしなみが深くかかわっていると指摘する研究があります。アメリカの心理学者アルバート・メラビアンが提唱した「メラビアンの法則」です。

 メラビアンは「人から矛盾したメッセージが発せられると、相手はどのように受け止めるのか」について研究しました。

結果は、矛盾した情報があった際に人が参考にする割合は、話の内容である言語情報が7%、話し方などの聴覚情報が38%、見た目や表情といった視覚情報が55%であった

メラビアンの法則

 つまり、人が重視する要素の93%は、視覚的要素と聴覚的要素であり、話す内容の影響をほとんど受けていないといった結果でした。そして、身だしなみは、印象の半分以上を占める視覚情報の主な要素です。それに加え、目線や表情、姿勢、声のトーンやイントネーション、言葉遣いなどもチェックされています。人間の脳は、こうした情報を瞬時に確認し、わずか30秒ほどで第一印象を判断すると言われています。なお、第一印象が薄れるまでには3年の期間を有するとも言われています。

 白衣には診察室での患者と鍼灸師の役割関係を作り出し、適切な診察を進めるのに役に立ちます。重要なのは「この格好の先生の診察は受けたくない」と患者が思うものを避けることです。経験の少ない鍼灸師は多くの人が不快に思わない標準的な服装や髪型をしているのが無難です。
 標準的な服装とは、ケーシーやスクラブ、白衣、無地のパンツです。髪型に関しては、明るすぎる髪色は医療人には不適切です。
 その他、爪の長さ、ユニフォームの清潔感、口臭、体臭、鼻毛、しゃべり方や歩き方といった所作も印象に影響するものであり、はきはきしゃべり、きびきびと動くというのも身だしなみのひとつとして意識しなければなりません。

(2)態度に関すること

・手助けしたいという態度を示す
 いつ自分が患者と同じ立場に立つかもわからないと考え、患者の置かれている状況にある意味で敬意を払い、一緒に考えていくという姿勢を示す必要があります。「あなたに関心があります」というメッセージを出しながら、共感しながら聞くことがポイントです。
 共感とは、「自分にはあなたに同じ状況におかれた経験はないが、もしおかれたとしたら感じるであろう気持ちを言葉にして相手に伝えること」と考えています。

・「話す」ことよりも「聞く」ことに心がける
 私自身、早く施術を終えたい気持ちがあるときに「聞く」よりも「話す」ことが多くなっています。「話す」という介入のほうが「聞く」よりもはるかに適切さを求められるし、副作用も多いです(型が身につく鍼灸臨床 鍼灸医療面接の副作用で解説)。
 患者は「わかってもらった」とうい感情をもちにくいことも分かっているため、基本的に「話す」よりも「聞く」という姿勢を常に念頭に置きながら臨床に臨むべきだと思います。

・患者さんによって態度を変えない
 人によって態度を極端に変える人は、周りの人からもしっかり見られています。権威や権力に弱く、弱い者には強く当たるような人は、必ず信頼を失い、他者からも不本意な評価を受けることになります。
 誰に対しても平等な態度で接することを意識し、他人への尊敬の意を表すように心がけるようにしています。自分の人間性・評判にもつながるという間接的な影響力もあるので良好な対人関係を築く上では欠かせないスキルです。

・朗らかさ
 悩んでいる人や病気で苦しんでいる人は、朗らかで力強い臨床家を求めるものです。もし自分に陰鬱的(声が小さい、低い声・力のない声、自信のない雰囲気など)な部分があるとするなら施術室に入るときは役者になりきりましょう。

・悩んでいる人には「一緒に考えましょう」で、まずは感情に寄り添う
 悩んでいる人と向き合っている人と向き合ったときに一番相手に寄り添う言葉は、「一緒に考えましょう」です。解決策を提示するのではなく、共に悩み、共に考える。鍼灸師にとって最も必要なスキルといっても過言ではありません。これだけで相手にとっては、大きな勇気につながると思います。
 「つらかったね。大変だったね。どうすればいいか一緒に考えましょう。」や「しんどかったでしょう。どうしたら解決できるか一緒に考えますね。」とこうした言葉がけによって心が落ち着いてくると、人は自然とポジティブな方向に話しを運び始めます(谷を下り終えて再び山を登り始める)。このときに鍼灸師がそっと相手の背中を支えていく形が一番の理想的な形です。鍼灸治療も「表面に出ている症状に絆創膏を貼る」イメージで患者さんの成長を待つことも時には必要です。

(3)話し方に関すること

・相手の目をみつめすぎない
 目を見て話すことが重要と昔から考えられているが、みつめすぎると患者が圧迫感を感じることがあり、臨床の妨げにもつながる可能性があります。基本的には家族以外の比較的親しい人と話すときの視線や距離で良いと考えています。患者の顎あたりに視線を置き、時々目元に視線を移すのを基本としています。

・意識的にゆっくりと話す
 話し方ははっきり聞きやすい話し方を心がけます。緊張した場面こそより気を付けるようにしています。
 
・アドバイスするときは相手の話しを全部聞いて一呼吸置いてから
 相手が話している最中にアドバイスし始めると、「話しの最中に腰を折る人」と認識され、その後の治療効果や診療にも大きく影響します。考えや意見が浮かんだときは、相手の話しが終わるのを待って一呼吸置いてから、「私はこう思った」と切り返すようにしています。きちんと話しが終わってから意見すると「意思がある人」と思われからです。
 
・専門用語や曖昧な表現は避け、具体的に質問する
 患者さんが理解しにくい言葉は用いないようにしています。例えば、「眠れていますか?」や「疲れやすいですか?」などの日常的になされている質問も実は極めて曖昧です。「何時に寝て、何時に起きていますか?」や「途中で目覚めることはありませんか?その後はすぐに眠ることは可能ですか?」などという具体的な質問が不可欠です。

(4)心構えに関すること

・鍼灸師に求められる心構え
 心構えは施術に対する考え方や患者との接し方、知識の習得量など、鍼灸師としての根底を左右する極めて重要なものです。自らの心構えというのは、必ず相手に伝わります。もし「お金儲けをしたい」、「自分の思い通りに施術したい」という利己的な心構えでありなら間違いなくそれが患者さんに伝わり、二度と来院しなくなります。「どんな時も他者を助け、その人の役に立ちたい」といった心構えを日ごろから心掛けるようにすることが大切です。
 
・患者さんの目に映る自分を想像して自らを修正する
 「もし自分が目の前の患者だったら、今の自分をどうみるか」を常に考えながら、自分の姿、話し方、行動を修正していく」ことが大切です。

(5)その他

・自分の存在価値を上手に伝えるためのコツ
 「周りからどう思われるか」は、自分の振る舞いが決めます。自分に誇りをもって堂々と振る舞い、「尊敬に値する人物」であることを示す必要があります。そのためには以下のⅰ~ⅴが重要となってきます。
ⅰ.誠実な態度をとる
 お世辞や無意味な言葉は慎み、「本当に思っていること」だけを言うようにする。
ⅱ.情熱を燃やす
 自分がしていることに一生懸命に取り組むことは、非常に大きな意味を持ちます。内に秘めた情熱は、言葉にしなくても伝わるはずです。
ⅲ.緊張しすぎない
 過度の緊張は相手に不安を与えます。施術室に入るときは役者になって、緊張していることを隠すことがポイントです。
ⅳ.自分をよく見せるために他人の悪口を絶対に言わない
 他人をこき下ろして自分をよく見せようとしてはいけません。成功はあくまでも自分の努力で決まります。他人を犠牲にして成功してもそれは成功とは呼びません。
 特に同業者の悪口は厳禁です。その人にとっては大切にしている信念があるかもしれません。自分がやってきたことを否定されるほど辛いものはないと思うので、思っていても口にはしないことがお互いのためです。
ⅴ.他人を中傷しない
 他人を中傷することは道徳的に間違っていますが、他人を中傷してはいけない最大の理由は、その行為がブーメランのように返ってきて自分が傷つくことになるからです。

2.患者さんの態度に腹を立てない

 鍼灸師になったら誰しも一度はこんな経験はないでしょうか?

 まだ来院もしたことのないような患者さんが電話の予約のときに、「この症状はいつまでに治るんだ」「鍼灸くらいで治るのか?」「君では駄目だろうからもっと上の先生に対応してほしい」など言われたことはないでしょうか?

 また、来院した後も鍼灸師を下に見て失敬な言語を発したり、帽子やアウターを着用したたまま施術室に入ってきて、一言の挨拶もなくこちらの状況も関係なく喋り始めてしまうような患者さんを対応したことはないでしょうか?こうした傲慢な患者さんは一定数存在します。

 こうした時に修養の足りない鍼灸師はすぐに感情的になってしまい、それが後の治療や鍼灸院経営にさえも影響を及ぼしてしまう可能性があります。昭和の名人・塚谷信男先生は以下のように説いています。

病人を取り扱ふ吾々臨床家たるものは、病人を相手に腹を立てるべき性質のものではない。短氣な先生よ、大いに自重して戴き度いです。

塚谷信男著. 鍼灸開業 繁滎の秘訣 附鍼灸醫術開業の秘訣. 六然社. 2007.

 癪に障ることがあってもグッとこらえ、「いつかは分かるときが来る」「いつか頭を下げさせて見せる」という雅量と信念を持って対応しなければなりません。そして、できる限り礼儀正しく、親切な治療を施し、養生に至るまで指導することを忘れてはいけません。

 このように自分の持てるすべてを出し切って、それでもなお患者さんの傲慢な態度や鍼灸師の地位に対する考え方を変えない場合には、「私とはご縁がなかった」と割り切って考えるのが得策です。大抵の患者さんは、次回来院時には別人かと思うほど敬意を持って接してくれます。

3.主導権を握る

 鍼灸師も先生と呼ばれる職種のひとつです。

 先生とは、学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語であり、尊敬の気持ちを込めて使われます。

 鍼灸師が先生と呼ばれる仕事をするなら、その先生の価値が相手に伝わっていないといけません。中には「先生」と呼ばれることを嫌う人もいますが、主導権を握るためには患者さんに「先生」と認識させなければなりません。それは何故かと言うと、患者さんの方に主導権が渡ってしまうと鍼灸師側が不利益を被ることがあるからです。

 患者さんに主導権が渡りやすいケースを見てみましょう。

(1)質問が多い患者さん

 患者さんからの質問に対し丁寧に答えても、それだけでは満足いかず次から次へと「この場合にはどうしたらいいですか?」や「じゃあ、こうなったらどうすればいいんですか?」など質問攻めをしてくる患者さんがいます。この質問攻めが続いてしまうと、やがて主導権は患者さんに渡ってしまいます。

 こうした時にはその対応策を指導して、質問に対して質問で返すのが効果的です。
 例えば、脊柱管狭窄症の患者さんが「また痛くなり始めたらどうしたらいいですか?」と聞かれ、「痛み始めたら⚫︎⚫︎というツボにお灸をしてください。」と答えます。「じゃあ、こっちがしびれ始めたらどうすればいいですか?」と聞かれたら、「しびれたら⚫︎⚫︎というツボにお灸してください」と患者さんの質問に丁寧に答えます。大抵の場合は2〜3個対策を提示すれば患者さんも落ち着きます。
 そして、次に来院した時にまた同じような質問があったときには、「このようなときにはどこのツボを使えばいいと思いますか?」と質問に対して質問で返すと、患者さんも「このあたりをお灸すればいいんですか?」と聞いてくるようになります。
 このように質問に対して丁寧に答えて、それでも質問が出てくる場合には少し前に答えた内容を聞き返すなどして、相手に答えさせることで主導権を握り返すことができます。

(2)「痛いです」という言葉が頻繁に出てくるとき

 鍼灸治療が終わった後に「今どうですか?」と聞くと、大抵の患者さんは「楽になりました」と言いますが、一定数の割合で治療後もまだ症状が残っていて、「変わりません」とか「まだ痛いです」と言う患者さんもいらっしゃいます。

 マニュアル刺鍼を施し、「では、これで少しは楽になりますか?」と聞いても、「うーん、まだ痛みは残ってるし、なんだか今後はここも気になってきたかも」と堂々巡りになってしまうケースを経験したことはないでしょうか?

 患者さんとしては正直に訴えているだけなのかもしれませんが、自分の施術がうまくいってない雰囲気が出てきてしまい、「鍼治療は効果がない」なんてこと言われたらショックですよね。

 この対応策として私が実践していることは、「基準を用意しておく」ことです。この基準を設けることで「ある時点より現在のほうがどうであるか?」ということが明らかとなります。

 例えば、五十肩で肩の痛みと可動域制限を呈する患者さんが来院したとします。
 鍼灸治療後、外転90°までしか上がらなかったのが、110°まで上がるようになったとします。しかし、まだ少し痛みが残っています。
 ここで「いかがでしょうか?」とふんわりした質問をしてしまうと、「まだ痛いです」と回答を得る確率が高いです。こうしたことが分かっているのなら、こちらが基準を前もって伝えると「ある時点より、なにがどう変化したのか?」ということが明らかとなります。


鍼灸師:「先ほどは肩は90°くらいしか上がりませんでしたが、今はいかがでしょうか?」や「先ほどはここくらいまで上げるとズキっとした痛みが走っていましたが、今はいかがですか?」など基準を前もって伝えます。
患者さん:「たしかにさっきまではここくらいまでしか上がってなかったけど、今はそれよりも上がっています」や「ズキっとした痛みは取れたけど、まだここくらいまでくるとじんわり痛い」などと変化を伝えてくれるようになります。 


 上記の会話のように「痛みはまだ残っているけど、改善している状況」をいかに伝えていけるかが臨床のポイントとなります。
 「痛い」だけを繰り返してしまう状況や「痛み」自体を基準としてしまうと、堂々巡りになってしまう可能性が高く、主導権も患者さんに渡りやすくなってしまいます。

(3)反応が鈍い患者さん

 反応が早く出る人もいれば、遅い人もいます。反応が鈍い場合には、相手のペースに巻き込まれることなく、こちら側が強く出てしまうのがポイントです。具体的には「この場合だと通常⚫︎⚫︎の期間を要しますので、反応は鈍くて当然です」などと伝えます。また、施術者視点でなにが変化しているのかを伝えることもポイントとなります。

(4)多弁な患者さん

 会話が大好きで、おしゃべりが止まらない患者さんがいます。普通の感性であれば、「先生も次の患者さんの対応もあるだろうから、このくらいでおしゃべりも切っておかないと迷惑かけちゃうかも」と考えられますが、このような感性を持ち合わせていない方もいらっしゃいます。

 会話を切るタイミングを失うと、患者さんに主導権が渡りやすくなり、「以前はあんなに時間を割いてくれたのに最近は冷たい対応だ」と言われてしまう可能性もあります。

 私が実践している対策として「お灸していきますね」や「ちょっと姿勢を変えてみましょうか」など自然な流れで会話を断ち切るのがオススメです。

さいごに

 今回は「患者応接の秘訣」について考えてみました。私自身が普段の臨床で実践していることを挙げたので、実際の臨床ではこれ以上のスキルが求められます。つまり、必要最低限でも押さえておかなければならないスキルと言えます。

 次回は鍼灸院経営を繁盛させ安定させる面でも重要となる「診察と治療の秘訣」について学んでいきたいと思います。

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