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【読書録】『夜に駆ける YOASOBI小説集』

今回読んだ作品:星野舞夜・いしき蒼太・しなの・水上下波・橋爪駿輝『夜に駆ける YOASOBI小説集』
作品を食べ物に例えると、”つぶグミ”

※この指標はあくまで主観的なものであり、作品の価値に優劣をつけるものではない。


ストーリー:2
「タナトスの誘惑」「夜に溶ける」「たぶん」は文量が少ないためストーリーがあるというよりも、一つのシーンを切り取った感覚を受けた。だからこそ、「タナトスの誘惑」「夜に溶ける」はキャッチーでパンチのあるテーマを取り上げており、作品にまとまりがあった。「たぶん」は逆に何気ない日常の一コマを切り取ることで、良い意味で後味の悪さを残していた。
 「夢の雫と星の花」「世界の終わりと、さよならのうた」は作品にSF風なエッセンスを加えることで、私たちが作品を読みやすいよう調整してくれているように感じた。
「それでも、ハッピーエンド」は、5作の中で一番リアリティのあるストーリーを感じた。

描写・演出:3
どの作品も文量が少ないからこそ、表現が簡潔でわかりやすく、作品としてまとまりがあった。普段読書をしない人でも手に取れるような、工夫と演出を感じた。

キャラクター:3
 どの作品も短編小説で表現しきれるよう、キャラクター像をわかりやすくスッキリさせていた。だからこそ、違和感なく読むことができた。また、どの作品にも変人が登場しないため、作品の展開を邪魔していなかった。

世界観:3
 小説集全体として、「今の若者から見える世界」を表現しているように感じた。その意味で、作品集全体としてまとまりがあると感じた。

思想:3
 作品や作り手それぞれの思想というより、これらの作品をまとめて小説集を作ろうという大人の思想を感じた。だからと言って、それが悪いと言いたいわけではない。今の時代に受ける小説の形を模索した結果として、この作品が生み出されたのだろうと勝手に妄想し、リスペクトを感じた。

平均:2.8

<あらすじ(ネタバレ含む)>
・星野舞夜「タナトスの誘惑」「夜に溶ける」
自殺未遂を繰り返す彼女を持つ主人公。
主人公は、彼女は自分に構ってほしいがために自殺未遂を続けている思い込んでいた。
しかし、実は主人公と無理心中に誘うため、自殺未遂を繰り返してたという話。

・いしき蒼太「夢の雫と星の花」
好きな男の子に自分が告白される予知夢を見た主人公。
しかし、相手側も同じシチュエーションで主人公に告白される夢を見ていた。
予知夢が現実化しなければ二人は予知夢を見る能力を失ってしまう。
二人は予知夢の通りに現実を進行させようと試みる。
しかし、それを妨げるような予知夢を見るようになってしまい…。
結果的に二人はお互いに告白するため、予知夢に反する行動を取る。
二人はお互いに予知夢を見る能力を失うが、二人は結ばれる。

・しなの「たぶん」
同居していた元恋人が、荷物を取りに主人公の家へやってくる話。
主人公は元恋人に対して、いまだに未練を抱いていた。
しかし、元恋人が自分自身の痕跡を部屋から消していく姿を眺め、主人公は自分自身の境遇を受け入れ始める。

・水上下波「世界の終わりと、さよならのうた」
地球最後の日が迫る中、主人公は廃墟化した街で楽器を集め続けている。
そんな時、主人公は一人の女性と出会う。
主人公の集めたピアノで、女性は演奏を始める。
それをきっかけに主人公は自分自身と向き合い、生きる希望を取り戻す。

・橋爪駿輝「それでも、ハッピーエンド」
ブラック企業の制作会社で働き、鬱病になった主人公。
美大時代から付き合っていた彼氏は大手広告代理店に勤務し、自分とは正反対の人生を送っている。
彼氏と別れて自宅に引きこもっていたある日、大学時代の同期「ユリちゃん」から連絡を受ける。
彼女は主人公の容態を心配しつつ、自身の開催する個展へ招待する。
主人公は「ユリちゃん」の個展に出向き、彼女の作品に感銘を受ける。
それと同時に、主人公は自分自身でも絵を描くことを始め、自分自身と向き合い始める。

<感想> 
 YOASOBIの曲のモチーフとなった小説を集めた本作には、5作の短編とYOASOBIのインタビュー記事が収録されている。小説は全て小説投稿サイト「monogatary」に投稿されたもので、それぞれ別の作者によって執筆されている。
 この小説集最大の魅力は、作品自体が醸し出す「初々しさ」と「素直さ」であると感じた。小説投稿サイトに投稿された5作の小説は、おそらく職業作家ではなく一般人によって執筆されたものである。だからこそ、小説に記された言葉は正直で、作者の言葉や物語がスッと私の心に入ってくる。
 物語自体は抽象的で取り留めのないものも多い。しかし、だからこそ、私は作品を通して「作者の影」(あるいは小説投稿サイトの雰囲気)をダイレクトで実感することができる。もちろん、そのような作品が小説として良いかどうかは賛否があるだろう。しかし、職業小説家が執筆した緻密で重厚な作品は読み応えがある反面、読み進めるのに相当な体力を用いる。一方で、この作品集は、数時間あればサクッと読み切れてしまう。1ページあたりの文字数は少なく、行間も広い。普段読書をしない人でも読み進められるよう、様々な工夫がなされていると感じた。

(各作品の感想)
・星野舞夜「タナトスの誘惑」「夜に溶ける」
 短編集の一作目にぴったりの作品。
 行間が広く、短い文章の繰り返し。自殺というキャッチーなテーマ。あらゆる要素が今の読者を想定しており、個人的にはとても読みやすかった。
 詩的な表現で作品が作品が締められている為、スッキリした読後感を楽しめた。

・いしき蒼太「夢の雫と星の花」
 物語の序盤で、「未来予知能力」のルールを端的に説明することで、作品全体としてとても読みやすく設計されているように感じた。
 伏線をスッキリと回収し、全員が納得できるような終わらせ方も個人的には良かった。

・しなの「たぶん」
 起承転結がはっきりしていないからこそ、それが良い意味で後味の悪さを残している。
 というのも、それが主人公の心境とうまくリンクしているように感じたから。
 主人公は作中で元彼の未練を捨てきれずにいる。
 主人公自身の抱えている踏ん切りのつかなさ、もやもやとした感情が、後味の悪い展開とうまくマッチしているように感じた。

・水上下波「世界の終わりと、さよならのうた」
 この作品最大の魅力は、世界が終わる理由を全く説明していないこと。
 ”世界が終わること”があくまで舞台装置に終始するからこそ、登場人物たちの心理描写に集中できる。また、登場人物たちにとって実は世界が滅ぶ”理由”などどうでも良くて、”世界が滅ぶ”という事実が重要なのであろうと感じた。そして、世界が滅ぶという事実が登場人物たちを極限状態に追い込み、彼らの”本当の気持ち”や”本当に大切なもの”を再認識させているように感じた。
 個人的にはこの作品集の中で一番好み。

・橋爪駿輝「それでも、ハッピーエンド」
 大手広告代理店に勤める彼氏とブラックな制作会社で働く主人公。
 個この設定はベタだがとても好き。

 寝すぎと運動不足で痛む腰をさすりながら、やっと身体を起こす。

橋爪駿輝「それでも、ハッピーエンド」『夜に駆ける YOASOBI小説集』双葉書店、2021年、p.196

 個人的なこの表現が引きこもりの表現としてリアリティがあるように感じた。

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