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震災作品の次のステップへ 『すずめの戸締まり』感想

※当然ながらすずめの戸締まりネタバレありです。

ネタバレありといいつつほぼほぼ作品の細かい中身に触れません。
というのも、震災作品として描いていく上で。。。というあたりの体系的な話が主になるからです。

というのも、以前(もう6年前です)見た園子温監督「ひそひそ星」を思い出したからなんですよね。
なので至極個人的な話になるかもしれません。

このツイートツリーに書いてはいるのですが、2011年当時僕は高校生で18歳でした。
なので当時のことははっきりと覚えています。
ただ、そこからこの園子温監督「ひそひそ星」に至るまで、震災のことをただドキュメンタリーとしてストレートに表現する作品しかなく、もう少し抽象化しストーリーに昇華する作品がほとんどなく、僕としては正直震災とはかけ離れた地域にいましたが、それでも震災の与える影響は大きく、震災をどストレートに書いたものは見たくないのに溢れまくっていて、かなりうんざりしていました。
それは「震災を表現するな」ということではなく、震災のことを忘れて行きたいのに、みんなどストレートに震災の話をするし、創作でも雑誌のタイトルや企画に「震災を振り返り」みたいなのが、2016年段階でも全然たくさんあって(まあ2011年の後に創り出して、時差で数年後に完成し始めたからだと思うけど)、もちろん、将来を考えたら残した方がいい。ただ、創作のやることってそれなん?という想いしかありませんでした。

それこそ、震災当事者がどう思ったかはわかりませんが、少なくとも一部で、一時期の震災報道の多さにうんざりしていた声は聞いていました。
僕には当時溢れていた「震災作品」全般が、いったい何がしたいのか全くわからず、ただのこいつらのエゴでなんか作ってるなぐらいの感覚でしか思ってなくて、震災関連の創作作品や特集の類は一切目を通さず、完全に避けていました。
それでまあ2016年にようやく出てきた「ひそひそ星」でしたが、これも震災を少し遠ざけて、けど被災地をそのまま出して描いていました。
ただ、直接的に震災の話は何もしない。地震の描写もない。
異世界のようだが現実世界の、荒れに荒れた被災地を別の星のように見立てて描いた作品で、それにようやく安心した記憶がありました。

その後くらいに「あまちゃん」が出てきました。
あまちゃんは逆に自分の印象としてはそこまでインパクトに残っておらず、なんかこう、自分の中ではあんまり向き合っているというよりは「向き合わざるを得ない」というような書き方で、それこそ、あまりストーリーへの昇華だとかは感じられず、「そのまま」書いたという感じしか得られなかったので、あまちゃんはぶっちゃけ、全話見たのですが、今ここに描くまで震災のことについて描いていたことを忘れていたぐらいでした。

話が少し脱線するんですが、今ふれたみたいに、震災をそのままドストレートに描いたところで、全く頭に残らんのですよね。まあストレートに描くのも大事。大事ですが、それって「ドキュメンタリー」としての記憶で、現実のニュースの延長線上の記憶で、創作がふれるべきところってそれによる心の動きとか、人々の考えとか、そういう精神的な部分を掘り起こすような作業だと思っていて。
ただそのままお出しするだけでは、結局そこの部分は掘り起こせないんですよね。それの何が問題かというと、「経験した人(ここでいう被災者)しかわからない」状態になってしまって、経験者だけの完全に閉じた話になってしまって、経験していない人(僕とか)からすれば、わからないんですよ。何も。心の部分がわからんので。
創作は、経験した同士の人々の中で、そこの閉じた中でいったい何を共有しているのか。どういう揺らぎがあったか。それを抽象化して抜き出し、ストーリーにして出すことで、そこから、経験者同士の閉じた話の入り口を作ってやることだと思っています。

そういう意味では、別にあまちゃんはその役割は何もやってなかったなと思ってます。

そういう中で、ようやく「すずめの戸締まり」が出てきたなあと思って、ようやく、人々が振り返る時期になったのだなと思いました。
まあ正直な話、あまりにも衝撃的な災害でしたし、人々が受けたダメージは大きくて、誰もあの事故を「ストーリー」として描く勇気はなかったんだと思います。一切震災に触れない(津波の描写しない、地震の描写しない。極端に避ける)か、あるいは生でそのまま出すか。それしかできなかった。

すずめの戸締まりは、震災を経験して、そこから成長した女の子の話でしたね。
それが違和感なく描かれていた。
ようやく、10年経って、ストーリーとして描かれた。

ここからだと思っています、ストーリー、創作がやる役割は。

そういえば「シン・ゴジラ」もかなり良かったですよね。
震災をストーリーとして昇華し体系化して描くという形では。
あれはどちらかというと自分は「原発」を昇華して描いた方が
強いかなと思ったので震災映画かというと若干悩みますが。
ただ原発も同様で、ストーリーに昇華して描く話は全然なかったので
同様の理由で原発関連のドキュメンタリーは一個も見てません。

で、結局あれだけ取り上げた時代は人々はドキュメンタリーでも見てたでしょうが、これからは人々は忘れたいし、マジで忘れてきてるし、「面白く」なけりゃ人は見ません。
忘れちゃならんが、べき論で人は生きれませんので。
そうなった時、それこそ今からが創作の役割なので、
このすずめの戸締まりに続いて書いていってほしいなあと思いました。
震災作品。 まあ、1番は「震災作品」なんて言わずに描かれるのが1番いいんだけどね。

その再スタートを切る作品だったと思いました。まる。

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