夢のお告げ<小説>

夭折したが、わたしには叔父がいた。亡母の弟である。
小さい時からわたしはこの叔父が何となく好きで、話を聞く度、「育っていたら」。これこれだったと、考えた。
幼稚園の頃、可愛らしいだろう。小学生時代、やんちゃだろう。
中学・高校。学校のお勉強に目覚め(?)成績優秀。反面、ひょうきんで人気者。大学進学。どうだろうね?ゆかないかも。一浪ぐらいはするかしら?
社会人。どんなスーツを着るのだろう?ネクタイは何色が好み?
初めて貰うお給料は、幾らぐらいで、何に使う?
思いを馳せては、ニタついた。
たまにお浜参りに行くと、小さな墓に特別な思いで見ていた。
「童子」戒名の最後だ。

転々とした先でも、青春時代も、常に思いは変わらなかった。
恋を知る年齢になると、つきあっていた男たちの中から、好みの顔の部分、部分をチョイスして、理想の叔父と化していた。
28歳の時、養子を迎え結婚。家庭を持ったが、相変わらず叔父の存在は、心の中で大きかった。因みに夫の目鼻立ちは、理想の叔父とは程遠い。

某夜。夢を見た。
うっすら漂う霧の中で、一人の紳士が立っている。
わたしがゆっくり向かっている。視界が近づきに連れ、確実に思う。
(わたしだ!わたしの過去だ!前世の姿だ!叔父さんだ!)
驚きながら近づくと、紳士の姿がはっきりと見えた。
グレーの背広に、細い立縞の赤白のシャツ。ネクタイはしていなかった。
白髪交じりの短髪に、目がクリっとしている。作家の三島由紀夫と、俳優の沢村一樹を足したような系統だ。
髭を立てていた。笑窪を見せて、微笑んでいる。
「葵(あおい)ちゃん。いつも思ってくれて、ありがとう」
最初の声だ。

何とも言えない感覚が、胸の奥まで襲って来る。不思議だらけの感情が、気持ちを強張らせて来てしまう。けど、嫌ではない。
「緊張しているね。一緒に深呼吸しようか?」
スーハー、スーハー、スーハー。多少は落ち着いた。
「びっくりしただろ」
「・・・・は・・・はい」
ハスキーボイスが、掠れて来る。
「横に座って」叔父が促す。素直に従う。
「その・・・・そろそろだと思うから。上に相談したら、許可が下りてね」
「上?」
「そう、上。あの世のトップ、天界のボスだ」
叔父は話し始めた。

さっきの表情を見て、話す必要もないかと思ったけど、葵ちゃんの前世は、僕。僕の生まれ変わりが、葵ちゃん。知るようにお母さんの弟だ。
戦後の翌年、昭和21年に僕は生まれただが、残念ながら2歳4ケ月で生涯を閉じた。原因は風邪さ。知らない間に、こじらせちまってね。老若男女を問わずして、あの頃、そんなんで逝(い)っちまう奴なんて、うじゃうじゃいたよ。
お葬式の時に、若かったお袋がワンワン泣いてね、お母さんがじっと見ていたっけ。兄貴はキョトンとしていたなぁ。親父も肩を落としていた。
そして僕も、こんなに小さくして死ななければならなかった自分を悔いた。
「生まれ変わりたいんです。姉の子として」
四拾九日が営まれた後から、願い出ていてね。幸い願いが叶えられたという訳だ。

只々、驚くばかりである。叔父は続ける。

葵ちゃんも大きくなって、家庭を持ったんだね。おめでとう。楓(かえで)ちゃんは今、柊(ひいらぎ)を名乗っているけど、近くに住んでいるんだし、何かといいでしょ、便利で。楓ちゃんの娘さん、翠(みどり)ちゃん、だっけ。今、幾つ?何歳だっけ?

「・・・十七です。高校2年生」
やっとどうやら、落ち着いて来た。けど未だ、胸が奮ぶっている。

「十七か」
呟いた叔父が、わたしを見た。
瞬間、悟った。わたしの死期が、知らされる。知らず固唾を飲んでいた。伯父も黙る。
「あの、叔父さん。これから先は、わたしに言わせて下さい。多分、間違っていないと思います」
「そうか。分かったんだね、葵ちゃんは」
わたしに許可が下された。
「死ぬんですね、わたし。5、6年後の誕生日に。突然」
何も叔父は言わなかった。
「暫く天の世界を彷徨った後(のち)、今度は姪。翠の子として生まれ変わる」
「鋭いね、その通りだ」
少しだけ笑う。

我々の間を、ひとつ、塊となった風が過ぎ去った。

「葵ちゃんは、死ぬのが怖くないんだろう?」
「ええ」
「だったら教えるのもいいかと思ってね。それに、いつも思ってくれる御礼が直接、いいたかったし」
「あの、、でも叔父さん」
「何だい?」
「男の子ですか?女の子でしょうか?今度のわたし、生まれ刈りのわたしって。今のわたしに似てますか?」
「さぁ、どうかな?」
多分、叔父は分かっている。知っているのだ、直観する。
知ってわざとはぐらかわすのは、ふざけた次官の共有だろうか?楽しみたいのか?
「兄弟姉妹は?何番目の子?それとも完全、一人っ子?」
同じ笑いを、静かに叔父は繰り返した。艶やかな横顔が光る。
「じゃあ、ちょいとわたしも意地悪に」
「ほぉ~っ、意地悪?葵ちゃんが」
大袈裟に叔父が言う。

「ええ、、。姪の子として産まれるのは嬉しいんですけど、困っちゃうんんですよねぇ」
「何が?」
「だって、引っ越しが嫌いなんですもの、あの子。わたしの来世は、外交官の子として生まれ変わり、幼い時から諸国漫遊。いろんな国の、いろんな所に住む事なんです。にも拘らず、姪。来世のママが、引っ越し嫌いじゃあ」
はぁ~っ、大袈裟に息をつく吐(つ)いた。
「大丈夫だよ、その頃までに何とかするから」
叔父の声が、優しく微笑む。
そこで目が覚めた。
                               <了>


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