変わった子

 わたしには神。崇拝している2人がいる。

漫画家の手塚治虫と、歌手の美空ひばりである。天才だからだ。凡なわたしの憧れ=神である。作品というより、人となり。特に手塚の人となりが非常に好きだ。「我がままで、世間知らずで、怒りっぽくて、、、」ベートーベンと似ている気がします、自ら言う。引っ越しが多いのも、共通点であるという。

詳しくは手塚に関する本を読んで頂くとするが、小学校時代は、正直、どこかしら「変わった子」だとされていた。妹さんは「遠い星から来た人」との表現を使われていたけど(某新聞のインタビュー記事)、心の底では子供心に、(変わったお兄様)と思わなくもなかったであろう。

頭がクルクル天然パーマで、しかもガチャガチャ。だから「ガチャボイ」。小学2、3年生ぐらいまでは、背が低く、丸い眼鏡を掛けている、特徴的な子であった。北野高校に進学したんだから、当時から成績は優秀であっただろう。だが、何かと「イジられやすい」子であったのだ。言動も他の子たちとは何となくだが、違っていた。

発達障害、いとも簡単に今なら病名がつけられよう。「そういう子なので、一般社会には向かないか知れませんが」この言葉で、保護者。特に母親は深く傷つき、瞬時に「何でなんだろう」となる。「個性を伸ばして」なんてアドバイス、どうでもいい。憎悪。これからどうしようとなりやすい。

幸いにも手塚の時代(そして、昭和の小学生だったわたしの頃も)は、そんな病名はなかった。「性格」「そういう子なんだろう」で終わったのだ。だから徹底的に、がチャボイ・治(本名は手塚治)少年は、苛められ、からかわれていたのではないだろうか?人間は10歳までに決まる。10歳までの出来事と日々、どんな人に出会い、影響を受けたががその後を決める。小学2、3年。8、9歳。やんちゃ盛りの最終版。戦前を思うと、どんな辛い日々を送っていたのか、想像に難くない。

ひねくれてもおかしくない(?)学校生活で、「治ちゃんは、天才や」励ましていたのが、お母様であるけども、関係的に一寸ねぇ。こういうのも出て来ますよ、様々な本に。

前、黒柳徹子さんについて同じ様な事を書いたけど、「氏(うじ)」ある程度以上の家柄+「育ち」経済力+自然、認める親&周囲の大人が、バランス良く環境として整えられ、配合され(?)、巧い具合に絡まわなければ、やはり「変わった子」は「変わった子」として見られてしまうのではなかろうか?

発達障害。誰が発見、つけた名前か知らないが、親の不安を煽るばかりだ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?