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【読書メモ】今週読んだ5冊


『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』丸山正樹



・耳が聴こえる人の発言を手話で翻訳して、耳が聴こえない人に伝える手話通訳士が主人公のサスペンス。物語の中で「手話」と「ろう者」が重要なキーワードになっているが、マイノリティ属性を物語のネタとして都合よく利用するような軽さは感じず、作者の誠実さを感じる取り上げ方だった。
・日本の手話には「日本手話」と「日本語対応手話」の二種類があることを恥ずかしながら初めて知った。「ろう者」がなんか良くない言葉で「聴覚障害者」が無難みたいな風潮があるけど、ろう当事者にとっては逆であることも私には初耳。
・手話も言語のひとつなので当然習得するうえでのハードルがあり、家庭的経済的精神的、さまざまな理由で手話を覚えられないろう者もいる。アタリマエだけど聴覚を失ったら自動的に手話が使えるようになるわけではない。本作にもやむにやまれぬ事情から手話を習得できず、コミュニケーションに重大なハンデを持つろう者が登場する。それでも主人公が法廷で全力でサポートする展開に胸が熱くなった。
・ビジュアル的なイメージが湧きやすい言葉は表現しやすいけど、「黙秘権」みたいな観念的な言葉は手話で翻訳しにくい、という話があって、確かにな~と。法律用語の手話通訳、作中でも描かれるけどマジで大変です。
・タイトルに「法廷の手話通訳士」とあるけど、法廷シーンはホンのわずか。大半はとある殺人事件を元警察関係者・現 手話通訳士の立場から追いかけるために関係者へ話を聞いて回るシーンと、手話通訳士としてろう者のサポートをするシーンで構成される。
・主人公はCODA(コーダ)。この言葉、聞いたことはあるかな。私は初耳でした。ろう者の親を持つ聴者(耳が聴こえる人)の子どものことを指す言葉です。今でいうヤングケアラー的な感じで親の代わりに役所や病院などでコミュニケーションを担うことになり、結果として子どもに負担が掛かっている現状がある。作中でも主人公が親に連れられてろう者のコミュニティに行った時、自分が「聞こえる人」だと知られた時に周りから心理的な距離を置かれるなど、「マイノリティの中でのマイノリティ」というあまりにも孤独な立場にあることが描かれる。それでも「これだからマイノリティの狭いコミュニティはよぉ」みたいな否定的な描き方はしていないのが好感度高い。
・ろう者の家庭に生まれた聴者の主人公。自分は一体「どっち側」なのか、というアイデンティティの問題が物語を通して問われ続ける。
・ろう者と手話というマイノリティ属性がテーマだけど、いわゆる感動系ではない。「健常者サマが障害者の苦しみを理解してあげましたよ! こんなに悲しい運命の人たちがいるなんて知りませんでした! 感動!」みたいなお話が嫌いな人でも大丈夫な作品です。


『孤狼の血』柚月 裕子


・マル暴モノの警察バディ小説。国立大学卒のマジメな新人男刑事と、ヤクザ顔負けの暴君ベテラン男刑事の凹凸コンビ。ベテランに振り回される新人くんが可愛い。
・警察組織とヤクザの関係性を始めとした説明テキストが多い。もう少し、会話文の中でスマートに表現できないものかしら。法律とか組織体質とかややこしい要素が絡むせいか、警察小説は説明が長くなりがちな気がする。
・「人権派弁護士」! やたらとよく聞く謎ワードが本作でも出ました! むしろ人権派じゃない弁護士がいてたまるかよ!!
・蛇の道は蛇、ヤの道はヤクザと言わんばかりにベテラン刑事の振る舞いがヤクザそのもの。パワハラ・モラハラ的なキャラが苦手な人には向かない作品です。
・被疑者を後ろ手に縛って椅子の上で長時間正座させる取り調べが警察での拘束期限の48時間ギリギリまで続くという、昭和が舞台設定なのを鑑みてもメチャクチャな取り調べが繰り広げられる。人権ーー!! こんなの人権派弁護士じゃなくても人権を「声高に主張」せずにはいられねぇわ!!
・最初は振り回されてばかりだった先輩刑事をだんだん信頼していって、終盤でその先輩がピンチになったら全力で血眼で探し回るのいいな~。最初はエキセントリックなバディ相手に辟易していたのが、だんだんと信頼して心を預けていくようになる物語が好き。

『花咲けるエリアルフォース』杉井 光



・Rightノベル。異性愛要素もあり。
・舞台は東西に二分された日本列島。主人公の国である東の「皇国」と敵国である西の「民国」。主人公たちは靖国神社の桜とリンクする飛行兵器「桜花」に搭乗して、皇族であるヒロインと共に民国との戦いを繰り広げる。
・はい、あらすじからツッコミどころ満載ですね。まず「民国」はネトウヨが韓国を差別感情を込めて呼ぶ時によく使われる呼称。こういう作品を書いている作者がそれを知らないはずがない。そして飛行兵器の名前が「桜花」はマズい。太平洋戦争時に作られた特攻兵器の人間爆弾やんけ。これがRightノベルですか。
・桜花は機銃などの兵装は持たない。攻撃方法は自機の破片を散らすか、もしくは体当たり。「桜花」という兵器で体当たり攻撃はヤバいでしょ。「リトルボーイ」という名前のロボットが大規模自爆攻撃するぐらいヤバいぞ。

皇国側にとってはまぎれもない隣国からの侵攻だったけれど、歴史の記述に熱心な学者が多いのは圧倒的に民国側だった。 ゆえにこの戦争は、『極東動乱』とだけ名づけられている。最終的に三百万人の死者を出しながら、教科書の上では戦争でないことになっているらしい。

『花咲けるエリアルフォース』p19

↑ 歴史学者への敵意も見て取れる。なんというか"役満"である。
・設定のノリが完全にWiLL、もしくはHanada。早川タダノリ先生がノリノリで取り上げるやつでしょこれ。

「あたしたちは未成年徴兵だから、やめたいって言えばすぐ退役できるよ」
「え。そうなんですか」
「そういうことにしとかないと子供の人権がどうのこうのって連邦ステイツとかがうるさいわけ」

『花咲けるエリアルフォース』p78


↑ 14歳の徴兵は子供の人権どうこう以前の問題だと思うよ! このうえ人権擁護を腐す描写とか、もうお腹いっぱいだよ!
・フィクションにおける「敵勢力が掲げるスローガン」ってだいたいは「○○に死を!」などと好戦的だったり、「戦争は平和なり 自由は隷従なり 無知は力なり」(『一九八四年』より)みたいに不気味なものが多い。だけど本作の敵国である「民国」のスローガンは、なんと、

 「民主主義永遠なれ」

 なにそれ。

・なんで民主主義を掲げる国が敵サイドで、14歳の子供を徴兵する国が味方サイドなんだよ! おかしいだろ!! 逆だろ!!!
・民国は「新華」という国家の支援を受けているという設定。はい、みなさんお分かりの通り、新華の元ネタは中華人民共和国ですね。「実在の地名等とは一切関係ありません」というテンプレ但し書きでは誤魔化しきれないレベルで中国でございますね。
・中国(がモデルの国)の支援を受ける「民国」のスローガンが「民主主義永遠なれ」とか、もうメチャクチャだよ。「中国」と「民主主義」というネトウヨが忌み嫌うものをまとめて「敵」として一緒くたにした結果、重大な矛盾を引き起こしてるよ。なんで中国で「民主主義永遠なれ」なんだよ。むしろアメリカが言いそうなスローガンでしょ。
・靖国神社が無批判に、しかもかなり肯定的に物語の舞台として登場する。「戦死しても靖国に戻ってこられる」という英霊思想が物語の土台にあり、主人公たちが桜花で出撃する際の決め台詞は「靖国で会おう」。戦いの中で死んでも、主人公たちは靖国で会えるから、という。その英霊思想が現実でどれだけの数の人を死なせたのか、分かっていて書いているのかしらん。
・靖国礼賛みたいなガチ系の国粋主義は、今の若い人には流行らないんじゃないかな。むしろ引いちゃう人の方が多そう。
・本作が書かれた2011年当時はまだウケたのかもしれないけど、今となってはオタクからも「ネトウヨラノベwww」と言われてネタにされる感じ。当時の2chやニコ動のノリをラノベに持ってきた感が何ともいたたまれない。
・ウヨ加減が『ケンペーくん』と良い勝負。あっちはまだ「ネタ」として消費できなくもないけれど、本作は笑えないほど「ガチ」です。
・本作が世に出た2年後に『艦これ』が始まったと思うと、なんというかオタク文化に「流れ」が出来ていたんだなあ。
・14歳少女の生脚を追いかける成人男性が普通にいて、普通に気持ち悪かったです。
・読書メモ記事ではなるべく一つは良いところを見つけて書くようにしてるんだけど、本作に限ってはマジで批判しか出てこねぇ・・・
・あらすじや評判を見ずに無節操に乱読してると、こういう作品にブチ当たることもあります。


『海と毒薬』遠藤 周作



・Rightノベルを読んでしまったので口直しに読んでみた。
・戦時中に実際に起こった「九州大学生体解剖事件」をモデルにした小説。アメリカ軍捕虜に対して血管への海水注入、肺の切除、心臓の停止実験が行なわれた。
・事実に基づいた上記の展開のほかにも、オリジナルで病院内での男女の痴情のもつれ展開もあるなどエンタメ要素も入れている。
・戦時下で国民が大勢死ぬなか、主人公たち医者も倫理観が擦り切れて欠如していった。そうした中で米兵の捕虜が持ち込まれ、非人道的な生体解剖実験が行なわれる。これを「戦時下などの極限状態では人間というものは倫理観が欠如する」という一般論として語ることもできる。だけど私は、これを「人類が共通して背負う咎」みたいに一般化したくはない。日本で起きた事件である以上、これは日本人の精神性が招いた事件なのだと思う。それが何なのか、と言われると答えに窮してしまうけれど。ううむ、まだ上手く言語化できない。
・オタクがネットでよく貼る「自分が正義の側に立った時に加虐のブレーキが壊れる」というマンガのコマがある。でも、本作で実験に加担する主人公は自分が正義の側に立ったなんて微塵も思っていない。間違ったことをしているという自覚はあるけど、戦時下で人がいっぱい死んでるし仕方ないか、そもそもこれは殺人じゃないんだ。という、現実逃避に近い自己正当化をしている。思うに、加虐のブレーキが壊れるのは「自分より立場が上の者に”やれ”と言われた時」じゃないか。主人公は上司である医師に、医師は大日本帝国において「立場が上」である軍に指示された。だから捕虜を生きたまま解剖するという殺人行為ができたんじゃないかな。


『蟹工船』小林 多喜二



・Rightノベルを読んでしまったので口直しに以下略。

然し、それでも全くかまわない。何故なら、日本帝国のためどんなものでも立ち上るべき「とき」だったから。――それに、蟹工船は純然たる「工場」だった。然し工場法の適用もうけていない。それで、これ位都合のいい、勝手に出来るところはなかった。
 利口な重役はこの仕事を「日本帝国のため」と結びつけてしまった。嘘のような金が、そしてゴッソリ重役の懐に入ってくる。彼は然しそれをモット確実なものにするために「代議士」に出馬することを、自動車をドライヴしながら考えている。――が、恐らく、それとカッキリ一分も違わない同じ時に、秩父丸の労働者が、何千哩も離れた北の暗い海で、割れた硝子屑のように鋭い波と風に向って、死の戦いを戦っているのだ!

『蟹工船』


・国のためという大義名分を掲げて、実際は自分たちの利益しか考えていない。自分たちの下にいる労働者が劣悪な環境に置かれていてもまったく気にもかけずに。本作が世に出て95年になるのに、変わってないんだね、日本。95年だよ、この絶望感はなんぞ。

「――間違っていた。ああやって、九人なら九人という人間を、表に出すんでなかった。まるで、俺達の急所はここだ、と知らせてやっているようなものではないか。俺達全部は、全部が一緒になったという風にやらなければならなかったのだ。そしたら監督だって、駆逐艦に無電は打てなかったろう。まさか、俺達全部を引き渡してしまうなんて事、出来ないからな。仕事が、出来なくなるもの」

『蟹工船』


・物語の終盤、あまりにも劣悪な労働環境を打開すべく9人のリーダー的人物を中心にストライキが決行される。しかしその結果、海軍に通報されリーダーの9人が連行されてストライキを潰されることとなった。特定の数人を大将に据えてはいけない。優秀な人間だけを斬り込み隊長として担ぎ上げるようでは、その人を潰された時に運動が全体的に再起不能になる。頼もしい誰かに任せるのではなく、皆で手を取って立ち上がることが勝利への道であることを示して、本作は幕を閉じる。
・カリスマ的な人物をリーダーとして担ぎあげて、その人物の言うこと成すことに皆がホイホイ従う集団は危ういと、本作を読んで改めて思った。そのリーダーが失脚したり、アレな方向に行ってしまった場合のブレーキ役や代わりにハンドルを握る人がいないと、みんな仲良く派手に事故って大惨事になるからね。

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