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【百合掌編】大洗の夕べ

真冬に海岸へ行く話。


 真冬の海岸に来る人は、いったい何を期待しているのだろう。ここには波に挑むサーファーもいなければ、バーベキューを囲む若者もいない。そもそもここはバーベキュー禁止だし。見渡す限り広がる砂浜には人影がぽつりぽつりとあって、凍てつく海風にさらされて身を縮めている。海水浴シーズンと比べたら人口密度の落差がえげつない。
「夏ならともかく、ただのクソ寒い砂場と化してる時にわざわざ来る理由が分からんよ」
 隣で彼女がぼやいた。思いっきり私たちにブーメランとなっているのだが、気付いているのだろうか。
「自分たちは海に行った、という事実が欲しいんだろうね」
 私がそう言うと、彼女は否定とも肯定とも取れないような曖昧な相槌で応えた。おそらく、ここにいる人たちは海の無い町から来たのだろう。北関東あたりか。泳げもしない冷たい海でも、ただ見るだけで満足して帰っていく人たち。もちろん、普通に散歩に来た地元の人もいるだろうけど。


 どちらともなく手を握り合って海を眺める。遠く太平洋の空は海と同じ深い藍色に染まっていき、海と空の境目がだんだんと分からなくなる。背後の西の空では夕日が琥珀色の名残を残しながら丘の向こうへ沈んでいく。
「美しいものが見たかったのかもしれないな」
 ぽつり。そう言った彼女の口調は、どこか感傷に浸っているようで。
「どうせ見るなら日の出でしょ。太平洋側に日没に来ても暗い海しか見られないよ」
「早起きが苦手なんだろ」
「そんなに美しいものが見たいなら、YouTubeでサントリーニ島の動画でも観てればいいのに」
 私が根も葉もないことを言うと、彼女はふふっと笑った。
「クソ寒いだけの砂場。だけど、あんたはアタシとここにきた。そのココロは」クイッと腕を引かれて抱きとめられる。「寒いのを口実にアタシと引っつきたかった。違う?」


 違わない。それが私の、真冬の海岸に来た理由。図星なのがなんだか悔しくて、彼女のスニーカーに砂を足蹴にして引っかけてやる。
「おま、ちょ、陰湿だぞ」
 私の肩に掴まってバランスを取りながらスニーカーを脱ぎ、ポンポンと叩いて砂を払う。そうして再び両足を地につけても、彼女は私の肩を抱いたままだった。
 暖かい手のひらを肩に感じて、そこに自分の手を重ねる。私より少し大きい、指の節々が目立つ手。
「・・・日が落ちきる前には帰ろうね」
 そう言うと、無言の肯定が返ってくる。寒がりの私にとって、平熱が高めの腕の中はこの世界で一番の聖域だ。
 きっと私たちは、わざわざ寒い冬の海に来てイチャつく物好きなカップルの一組になっているのだろうな。と、のっそり夜を連れてくる水平線を見つめながら思った。

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