『世界でいちばん透きとおった物語』を読んで


大して期待はしていなかった。

梅田からの帰りがけ、なんとなく本が読みたくなって、予定の電車を見送り紀伊國屋書店にふらりと寄ったときのことだった。いつの間にか出ていた『ブルーピリオド』の新刊と、前から欲しかった凪良ゆうの『すみれ荘ファミリア』を手に取って、レジに並んでいた、まさにそのときのこと。

「ネタバレ厳禁」

蛍光のピンク色で大きく書かれたそのポップに、思わず目がいった。視力がそこまで良くないわたしにはその下に書かれた説明文をうまく読み取ることができず、少し身を乗り出して見ようとしたところ後ろの子供に順番を抜かされてしまった。この後のバイトまで時間の余裕があったわたしは、一度列から外れてその本を手に取ってみることにした。

だが、表紙を見てすぐに、落胆した。画面いっぱいに描かれた桜の下で、黒髪の男の子が斜め上を見上げている。中央にはタイトルの『世界でいちばん透きとおった物語』の文字。イラストも題名もなんだか最近量産されているタイプのラノベっぽい。確認するように背表紙に目をやると、黄色とピンクのグラデーションで彩られていて、新潮文庫nexからの出版であることが分かった。ここのレーベルはライトノベル作家を多く起用しているイメージがある。別にラノベが嫌いなわけではないけれど、 わたしは今までにアニメからの入口以外でラノベを読んだことはあまりなく、好んで見たこともなかった。裏のあらすじを読んだところミステリ物のようで、それならネタバレ厳禁だなんてさほど珍しくもないだろ、と興味をなくして平積みへと本を戻した。の、だったのだが。

"電子書籍化絶対不可能!?"
"紙の本でしか体験できない感動がある!"

帯の表に書かれたそんな謳い文句が目に付いて、一瞬眉を顰めた。最近の流行りっぽい装丁のこの本が、紙媒体での読書を前提に書かれている? そんな矛盾に首を傾げてしまう。電子書籍では楽しめない本ってどんなものだろう、紙媒体でしか体験できないものってなんだろうと、不覚にも興味を持ってしまったのだ。
ーーいやでも、もう1冊買うようなお金はないし、暗号を解くみたいなものは難しくて嫌いだし、無茶苦茶な叙述トリックでしてやられるのも気分が悪いし、ポップの「SNSで話題沸騰中!」の文言も最悪中の最悪だし、いや、でも、いや、ううん、どうしよう。
そんなことを10分くらい考えて、結局『すみれ荘ファミリア』を手放してこの本を手に取った。別にすみれ荘ファミリアはいつでも買えるから、これで凪良ゆうより面白くなかったら後でめちゃくちゃこき下ろしてnoteにでも書いてやろ、すみれ荘と交換して買うんだから分かってるんだろうなこの本、ごめんねすみれ荘また今度買うからね。自分で選んでおきながら『すみれ荘ファミリア』への未練も断ち切れず、本当に悶々とした思いを抱えながら購入した。急行を見送って普通電車の端っこの席を陣取り、責任転嫁するように、元々の目当てだった『ブルーピリオド』よりも先に読むことにした。面白くなかったら私の勝ちだからな、と、最後まで誰に向けているかも分からない保険をかけながら読み始めた。


ここまで大仰なフリを書いているのだから、勝敗は察してほしい。完敗だった。最初に書いた通り、大して期待はしていなかった。本当にしていなかったのだ。実際最初の方は陳腐な恋愛小説かと思っていたし、たった200ページしかない本の半分ほど読んだところで飽きかけてしまっていた。まあでもせっかくすみれ荘の代わりに買ったんだから読んでやるか、くらいの気持ちで読み進めていただけだった。
でも、「それ」に気づいたとき、理解の段階を1段階2段階と経て、唐突に動揺と興奮に襲われて動けなくなった。じんわりと1、2秒かけて脳の隅々までやっと状況が行き渡ったあの瞬間の、早く続きが読みたいのに興奮で目の焦点が合わなくて、文字は追ってるのに中身がまったく入ってこなくなってしまったあの感覚は、この先しばらく忘れないだろう。どれだけ伝わっているのか分からないけれど、本当に誇張なくそんな感覚を得ていた。

ここまで読んでくれた人は分かると思うんだけれども、これは読書感想文ではない。読書感想文は書けなかった。これから読む人が見ているかもしれないnoteで、本の内容に一切触れたくなかったからだ。中身を避けて普通に書くだけならば、「何も言えないけど面白かった」とか、そんなつまらない1文程度のnoteを上げることになっただろう。それでもここまで筆舌を尽くして日記のような形でも書き上げたのは、本当に本当に誰かに読んでほしいと思ったからだ。きっと読み始めるまでにいくつも投げ出すような地点があると思う。表紙だとか、タイトルだとか、つまんない売り文句だとか、そんなものが気に入らないという理由で避けないでほしい。この本の面白さは私が保証する。いや、できるか分からないけど、ちょっとハードル上げすぎたかもしれないんだけど、正直なところわたしはこの本が悔しいくらいに好きだった。だからこの大好きな本が、大好きなフォロワーたちに届いたらそれ以上に嬉しいことはないなと思いながら、このnoteを締め括ることにする。いつでも貸すので声をかけてください。

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