processed__19__-_コピー

第二章:光のおまつり

12月といえば、クリスマス。読者の皆様はこのクリスマスの由来をご存じだろうか?

約二千年前の古代ローマ帝国。
北半球では一番日が短くなる冬至。冬至を境に、太陽の出ている時間が長くなる。太陽神ミトラを信仰するミトラ教はその日に祭典を催した。
のちに、イエス・キリストを「光」に例えていたキリスト教の文化に吸収され、冬至に近い12月25日が「イエス・キリストの降誕祭」つまり「クリスマス」として定着した。

そして、2034年の12月25日。
ここ栃木県足利市のフラワーパークでは4つの光が湧きたてられていた。

その中にあるレストランに二人の男女がいた。
「今日はどっちもお休みとれてよかったね」
越谷菜緒[なお]はラザニアを前に嬉しそうにそう話した。
「そうだな。」
お相手は、杉谷[すぎや]公孝[きみたか]。
二人は高校時代から友人だった。高校最後の冬休み、初めて二人きりで遊んだときにこのフラワーパークを訪れ、公孝から告白をした。友達として公孝と親しくしていた菜緒だったが、男として見ていないわけでもなかったので二つ返事でこえた。

「急患が入らなきゃいいんだけどな…」
公孝は総合病院に勤務する救急医だった。なので、急に病院に呼びだされ、デートが中断になることもしばしばあった。
「やだ。フラグを立てるようなこと言わないでよ~。」
さっぱりした性格の菜緒は、仕事だからしょうがないと割り切っていた。だが、寂しい気持ちはもちろんある。
大学は二人とも都内だった。しかし、今年医学部を卒業した公孝は足利市に戻ることになった。菜緒もついていきたかったが、すでに東京に就職していたのでそうもいかず、いわゆる中距離恋愛になり会う機会が減った。それも重なって、二人の時間はなかなか取れなかった。

「そろそろ行こうか?」
席を立ちレジに向かうまでの間、公孝は菜緒の左手をとった。
「お会計、こちらになります」
「カード…で。…」
手こずる公孝に菜緒は呆れるようにこう言い放った。
「ねぇ?この右手を離して、両手でやったらいいんじゃない?」
「え。やだよ」
ぶっきらぼうにそう答えた後、なんとかカードを取り出し、店員に渡した。
普段は真面目で頭のキレた医者なのに、たまにこのような子供っぽい一面を見せることがある。菜緒はそんな彼のことがたまらなく愛おしかった。デート事情にきつい部分はあったが、菜緒の心は別れるという選択肢が生まれることがなかったのは、これが一つの理由なのかもしれない。

多くの電飾を惜しみなく使い彩られた園内を二人はまわった。
「あの頃を思い出すな」
「そu…。あ。」
不意に音がした。
そして空には…。
「花火?!?!」
「あぁ。最近は毎年この日、渡良瀬川で花火をあげているらしいよ。ナースが言ってた」
足利市でクリスマスの過ごすのは数年ぶりだった菜緒は知らなかった。
しばらく二人はその景色に浸っていた。
心は交し合っていたが、言葉は交し合わずに。


(電話着信音)


「ごめん。ほんとにごめん。病院からだ…」
「そっか。しかたないね。頑張って!私はタクシーで帰るよ」
大きな悲しみを隠すように、わざとらしい笑顔で菜緒は言った。
「俺もまだ一緒にいたい。でもごめんな。お詫びに…」
ちゅ…。
「じゃあ!」
そう言葉をかけて公孝は駆けだし…

「遅かったわね?」

ひとけのないエリアに佇む女性はそう投げかけた。
「ごめん…」
答えたのは公孝だった。向かった先は病院ではなかった。同じく、先ほどの電話の相手も…。
「まあ、いいわ。よくできました」
ちゅっ…。
くちゅっ…。
「ご褒靡♡」

この小悪魔には逆らえない。そう公孝が思ったのは今から1~2ヶ月前のことだった。中距離恋愛で青い性欲が抑えられなくなった公孝は一人のナースに手を出してしまった。しかし、相手を間違えた。いや、ある意味アタリだったのかもしれない。その女は底知れないほどの小悪魔だった。
公孝はヘビースモーカーとまではいかないが、それなりにタバコを吸う。一度、禁煙を試みたが、挫折してしまった。その時「あなたは結局、タバコも浮気もやめられないわ。」と言い、タバコをひと箱テーブルに置いてきた。ほかにも、左手の薬指を固執して愛撫してきたり、挿入中「ねェ…ナオちゃんと…どっちのおマ/ンコが好き?」と聞いてきたり。甘辛い言葉をたまにかけてくる。
そして2週間ほど前。「クリスマスの日、あなたの時間をアタシにも頂戴?」と吐息の混じった声でねだってきた。すっかりその意地悪で悩ましい笑顔の妖魔が発する言葉に、公孝はもう逆らうことはできなかった。

今現在でも、同じことが言える。
その証拠に二人は冬の凍える空気の中、立ちバックで体を重ねている。
イルミネーションのかすかな光と不規則に上がる花火の光が二人の影を時に濃く、時に薄く映し出す。
「ああぁっ…////♡うれしいわ…。んんっ…♡」
下がっていた体温が接続部を中心に一気に上がる。
カラフルでどこかセクシーな光に照らされる女性の美しい巨尻に向かい、公孝は自らの愚息を突く。自分が快楽を得たいという気持ちよりももはや、ある種の信仰に近かった。淫乱の国から来たわがままな小悪魔に、自らの体で快感を貢ぐ。
激しく揺さぶられる黒髪越しに満足げな嬌声が聞こえる。

その頃菜緒は、せっかく来たのにもう出てしまうのはもったいないと思い、一人で園内を歩いていた。
途中、高校生くらいの数人の男性グループを見た。
「はぁ~今年もみんなホントに一人なんてな」
「俺は童貞を代表して、今年も無事ここで慰め会を開催できたことをうれしく思うよ(笑)」
ふっ。かわいい。菜緒はそう思い通り過ぎようとした。その時、
「あ、おねェさ~ん。かわいそうな僕たちを慰めてくれませんか?」
冗談交じりに彼らは声をかけてきた。
菜緒は困ったが、少し彼らと園内を巡ることにした。強がって笑顔で公孝を見送ったが、心の奥では寂しかったのだろう。かるい気持ちでのってしまった。

「おねェさんなんで一人なの?」
一人の男子が一番尋ねられたくないことを聞いてきた。だが、菜緒は素直に答えた。
「一緒に来ていた彼に、急用ができちゃってね」
「え、おねェさんもしかして、フラれた?」
「フラれてないわよ。ちゃんと人の話を…って。みんな、どこ見てんの?」
急に全員が同じところに視線を向け、食い入るように見ている。
気になって、菜緒もその方向に目をやると、そこには立ちバックで絡み合う男女の影があった。
「おい。やべくね?」
「いいモンみちゃってんな。俺たち」
「まさしく性夜!!」
「お、体位変えるぞ」
「女をイスに座らせて…」
「女のほうはもう完全に何度かイッちゃってんな」
「あぁ、体に力がほとんど入ってねぇ」
「それでも、あの男は上からガン突きし始めたぞ」
「女喜んでね?めっちゃ」
「あーやべぇ。うらやましぃ。俺も絶対来年やってやる!」

興奮気味の男子たちをなだめるのが菜緒の立場だったが、全く別の行動をとった。
その男女のほうに向かって歩き出したのだ。
「「「ちょ、おねェさん?!?!」」」
見覚えのある。たしかに見覚えのある。あの影は…。

「公孝…」
「…?!?!?!菜…緒???」

一瞬、花火の彩が止まった。
一つの肉の塊と一人の姿がその花火の光に照らされ、現実があらわになる。

「……っ…。」
菜緒はその場から走り出した。

公孝の呼び止める声と、男子高校生たちのどよめきをバック音に、冬の星の瞬くような光と、花火の力強い光、イルミネーションの煌々とした光が、菜緒の背景を流れ星のように過ぎ去りながら彩る。そして、菜緒の目じりにはもう一つの悲哀に満ちた光が輝く。

その4つの雄美な光が今宵、神に捧げられる。


画像1


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?