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日記。『桜の散るコロに』

いい天気だね。さくらもきれいだ。


隣の運転席に座る、
自転車屋さんのおにィさんが言う。



今日はバイトの雇用契約のために某ファミレスチェーン店に向かっていた。
店まであと700メートルくらいの地点だった。

カラカラカラカラカラ!!!!

スプリングコートの後ろについているリボンが、自転車の後輪に引っかかった。

そりゃあ、もう、地獄絵図だった。



私は急いで近くのサイクルショップに電話をして、状況、場所、名前を言った。
その店は、名古屋に来てから2、3回お世話になっている店だった。

「××××ですっ…あのっ前にもお伺いしたかみしばい師のっ…」

私がおそるおそるこう言うと、

「あぁ!覚えてますよっ!今行きますねっ!」

私がかみしばい師な事を覚えていてくれた。嬉しかった。

自転車屋さんが到着し、これからバイト先に行かなければならない状況を話すと、お店まで送ると言ってくれた。

私はお言葉に甘え、軽トラの助手席に座った。



車の窓の外は、お日様の光を浴びて、キラキラと、ハラハラと散る桜が綺麗だった。

「自転車屋さんはコロナの影響どうなんですか?」

沈黙を避けるように会話を進めてみた。

「んー普段と変わらずですねぇ。それにうち、福祉方面の会社もやってるし。へっちゃらですね。」

「福祉??」

「もともと、物イジリがすきで、自転車屋を始めて。それからだんだんタイヤがついた色んなものをイジリ、車椅子も受け付けるようになってね。それがきっかけで、福祉方面でも動き始めたんです。自転車屋でも、障害者の方を雇うようになった。」



素敵だと思った。

「素敵ですね。好きな事をやって、そこから広がって、みんなが笑顔になれるようなお仕事されてて」

「ありがとうございます。着きましたよ。」


私はお礼を言うと、急いでファミレスに向かった。
遅れてしまったことを謝り、店長さんと奥の事務所に入った。

「契約前に、ひとつお話したいことが…」

店長さんが、深刻そうな顔でそう切り出した。



お話の内容はこうだ。
一昨日のこと。政府の要請を受けて、会社の方からシフトを厳しく制限するようにと通達があった。
そこで面接当初の予定よりも、初出勤日を1ヶ月先延ばし、かつ、勤務時間を大幅に減らしたいというお願いごとであった。

さすがに少し考える時間が欲しかった。

店長さんが、
「ホンマにごめんなぁ…約束事破るとこをしてしまって…」

「うちの子たちも、平等に勤務時間を減らしたりしてなぁ…もちろん私自身も例外やない」

「会社自体も厳しくて…続けられるかどうか…」

「ほんとに悔しくてなぁ…約束事を守れなくて」

店長さんが、悔しげな顔をして、内情、そして内心を語った。

店長さんの人情深さがひしひしと伝わってくる。江戸や明治時代に居そうな、まさに日本の漢みたいな人だなと思った。

なぜだろう、目が熱くなってきた。

「本当はな、××××さんは半年と言っていたけど、夏までにはキッチンの仕事を覚えてもらって、ホールに出てもらって、その後リーダに、そしてその後正社員になって、どんどん上に上がって欲しかったんや…。それくらい、欲しい。欲しいんやけどな…ホンマにごめん…」

すごく嬉しかった。
そして悔しかった。



こんなに期待してくれるのに。
通信高校出で、心療内科閉鎖病棟出でもあるヤツに、去年の今頃なんか、薬漬けで、ただベッドの上で息をしているだけだったようなヤツに。ここまで期待をしてくれている。それなのに、その期待に応えられない。

もちろん私はかみしばい師で、全国を回る。もともとその期待をには応えられない。
ただ、嘘でもいいから
「はい!ありがとうございます!頑張ります!」
と答えたかった。


店長さんと、私。
簡易テーブルを挟んで向かい合う。

その間1m前後にある空気。
その中にいるのか?いるのかよ!おい!いるなら返事をしろ!そしてどうか…消えてくれ……これ以上、誰も苦しませないでくれ…これ以上、生まれるはずもなかった涙を散らさないでくれ…これ以上、生まれるはずだった未来を散らさないでくれ…お願いだから…散るのは窓の外の桜だけにしてくれ…

Thank you for reading

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