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映画『異端の鳥』



上演前からずっと気になっていた映画なので、珍しく映画館に足を運んでみた。
鑑賞した結果、胸が抉られるような気持ちになったが、本当に観てよかった。酷い映画ではあるが最高だった。今回は兎に角、気持ちをぶつけたくて書いたのであまり気にせずに。

舞台は第二次世界大戦中の東欧の何処かの国という設定ではあるけれども、世界観が自然主義文学のエミール・ゾラの庶民の描写を彷彿させられた。
田舎の貧困層の庶民の優しさと無骨さと残酷さと卑猥さのごった煮が渦巻いていた。
冒頭部分では田舎の庶民の生活が描かれていますが、とても呪術的な風習や言動が多くて知られざる東欧の文化を垣間見たと思う。
また田舎と卑猥さと貧しさは切っても切れない物がある。楽しみや喜びも性交渉しかないだろうし、厳しい環境の腹いせ、不満ややり切れない思いのぶつけどころや逃げ道がそこしかないのだろう。愛があったとしても嫉妬や怒りに捻じ曲がってしまう人間歪みを余す所なく表現されていて、人間の業の深さに恐怖すら覚えた。
ユダヤ人というだけでの途方もない差別や殺戮の描写、戦争の描写もまたこの映画の重要な部分である。
主人公の少年に対してドイツ兵の人情もチラホラ見受けられたが、それ以上に怖いのは一般人のユダヤ人差別の方が気持ち悪く感じた。恐らく自分達の生活の不満、晴らす事ができない恨みをぶつけているからだろう。
色々な人達の間を点々とし、様々な苦難に直面していくうちに、元々寡黙でコミュニケーションが不得意なタイプな主人公の少年がどんどん喋らなくなり殻に閉じこもって行く時間をかけた心理描写にも言葉にできない恐怖を覚えた。壮絶な思いをしたら人はあっさり変貌するのだ。
純粋真っ直ぐな性格だが、苦難に晒されて追い詰められてしまったが故に純粋に残酷で暴力的に変わって行く姿に、極限で生きて行く為に残酷さが必要な環境もあると理解できた。確かに主人公の少年を虐げた人間に仕返しするシーン所々あるが、私の胸の内もスカッとした。ただ、凶悪犯罪者はこのような環境の中で育って来たのかもしれないと思い、この映画の更なる深みを垣間見た。
また、ロシア兵が出てきて共産主義を少年を教え込むシーンもあり、所々に歴史的な伏線があるのもこの映画の奥の深い面白さだろう。
前半は田舎の庶民の残酷さ、後半は戦争と都市部の残酷さを表現している。
この映画は第二次世界大戦、ナチスドイツ、ユダヤ人迫害を描いただけではない。たまたま原作者のその時代に見聞きし経験した事を描いただけであって(発行当初は実話という触れ込みだったが、後に作者は実体験ではないと否定してる為)、人間本来の残酷さはいつでも何処でもどの時代にも起こり得るという教訓だと私は捉えた。

強い心というのは過酷な環境下でも、残忍性に負けず、慈悲の心、慈愛の心を失わない事ではないだろうか。

映画『異端の鳥』公式サイト

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