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ウィンブルドン2023決勝、歴史的な名勝負に魅せられて。

7月16日、テニスの四大大会であるウィンブルドン選手権が先日幕を閉じた。
最終日に行われた男子シングルスの決勝はカルロス・アルカラス(20歳/スペイン)とノバク・ジョコビッチ(36歳/セルビア)。
歴史的な、とてつもなく素晴らしい感動的な試合だった。

今から10年以上前、テニスを見始めるようになったきっかけは錦織圭選手だったが、その頃はとにかくBIG4と言われる4人の選手、ロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、アンディ・マリー、ジョコビッチ、彼らの戦いに何度も興奮し、魅了された。
しかしここ数年、昨年フェデラーが引退し、マリーは怪我で苦しみ、ナダルも来年引退することを決め、長年君臨してきた彼らが少しずつリタイアしていく流れにも関わらず、ジョコビッチだけはまるで衰えを見せずに、相変わらず圧倒的な強さを誇っていた。
2023年も全豪→全仏と四大大会を連続して優勝し、ウィンブルドンもトップ選手たちを軽々と退け、決勝まで駒を進めた。
いつの間にか私は、いい加減誰かジョコビッチに勝てないのか、そろそろ新しいヒーローに現れてほしい、そんな期待をしながらジョコビッチの試合を見るようになっていた。

そして昨年、突如彗星の如く現れたのがアルカラス。
グレードの高い大会で次々とトップ選手たちを破り優勝を重ねると、マドリードオープンではナダル、ジョコビッチと連続してBIG4を撃破し、その後19歳にして四大大会の全米オープンを制覇、史上最年少の世界ランキング1位となった。
今年に入っても次々と大会で優勝し、ウィンブルドンも第一シードで参戦、勢いそのままに決勝まで勝ち上がってきた。
アルカラスならジョコビッチを倒すことができるかもしれない…大きな期待を胸に、決勝の試合は始まった。

第1セット

その期待はいきなり打ち砕かれることとなった。
ジョコビッチは最初からフル回転でアルカラスを襲う。
アルカラスも緊張で堅いのか、いつものようなプレーができておらず、ミスを連発してしまう。
次々とジョコビッチにブレイクを許し、ゲームカウントはあっという間に5-0、あわやベーグルか(6-0で1ゲームも取れずにセットが終わること。0がベーグルみたいに見えることから。)というところを何とか1ゲーム返し、6-1で第一セットは終わる。
試合前の気持ちとは一転、だめかも…やっぱりジョコビッチは別格なんだと、既に絶望的な気持ちになっていた。

第2セット

どう修正したのかわからないが、アルカラスはいつものような安定したプレーを取り戻し、ジョコビッチにまったく引けを取らない。
力強いフォアハンド、スライスでの揺さぶり、得意のドロップショットも決まっていく。
しかしジョコビッチもペースを崩さず、安定したディフェンス力で負けじと応戦していく。
7ゲームの2ポイント目、ネット際の応酬から、ジョコビッチがダイブして拾った球を、後ろに下がりながらかるくジャンプしてバックボレーで得点を決めたアルカラス。まるでバレリーナのようにフワッと舞い、冷静に返す姿はあまりに美しく、大きな歓声が響き渡った。

試合は両者譲らずゲームをキープしていき、そのままタイブレークへ。
ジョコビッチがタイブレークで負ける姿をほとんど見た記憶がなく、タイブレークではアルカラスには分が悪いと思っていた。しかし7-6でアルカラスが迎えたセットポイント、ジョコビッチの決して悪くない強烈なサーブを信じられないところへリターンし、第二セットを決めてしまった。
両手を突き上げ、熱狂する観客。
アルカラスは決して派手なガッツポーズや感情をむき出しにすることはなく、そっと人差し指を耳にあて、声援に応える様子だった。

第3セット

あきらかにショットの精度や強さが上がってきているアルカラス。
ストローク戦になると次第にジョコビッチを上回っていく。
そのなかでも冷静に相手の動きを見極めてドロップショットを選択したり、パッシングショットを決めていく。
ジョコビッチもミスが続き、このセットはアルカラスが6-1で奪ってしまう。
ハイライトは何と言っても26分も続いた第5ゲームだ。
13度にも及ぶデュースでの競り合いは、永遠に続くのではと、時間の流れを完全に止めて観客を魅了した素晴らしいゲームだった。
ブレイクしたアルカラスも思わず雄叫びをあげる。
このセット後には、はじめに奪われてしまった期待はとうに復活し、次のセットで優勝が決まるのではと思うほどだった。

第4セット

しかしそう簡単にいかないのがジョコビッチ。
先に王手をかけられプレッシャーのかかるなか、ミスのない落ち着いたプレーで確実にチャンスボールを仕留めていく。まだ1セット目が始まったばかりのような焦りのないプレーで、これがジョコビッチの経験値なのだろうか。
私と同じようにアルカラスに期待を寄せるファンが多く、会場の雰囲気が若干ジョコビッチにとってアウェーのような空気だったにも関わらず、ブレイクすると挑発めいた投げキッスを客席に送ったりと、自分を鼓舞するメンタリティ、その余裕さに驚く。
アルカラスも悪いプレーをしていた訳ではないが、小さなミスを確実に拾われ、このセットはジョコビッチが奪い返した。
ここで思い出されたのは2019年のウィンブルドン決勝。ジョコビッチ対フェデラー。
最終セット、二度のマッチポイントを回避し、逆転勝ちを収めた5時間にも渡る死闘。ジョコビッチはどんな局面からも逆転することができる選手ということを強く印象づけた試合だ。
いよいよ最終セットだが、どっちに転ぶかまるでわからない。

最終セット

1ゲーム目から今日何度目になるのだろうかという絶妙なパッシングをアルカラスが連続して決めるが、ジョコビッチが粘り強くキープする。
2ゲーム目、ブレイクのチャンスを掴んだジョコビッチがアルカラスを攻め立て、チャンスボールを上げさせるも、これが痛恨のネットとなる。思わず唖然とするジョコビッチ。このポイントがこのセットの行く末を左右したプレーの一つだったように思う。
そして3ゲーム目。ネットプレーに出るお互いの駆け引きが面白く、それぞれ明暗が分かれる。
アルカラスはしっかりとボレーを決め、ジョコビッチはパッシングを決められてしまう。
ここで最初にブレイクをしたのはアルカラス。思わずラケットを破壊するジョコビッチ。
しかしアルカラスはサーブもずっといい。普通1回目でフォルトした場合、ダブルフォルトを避けるため、球の強さよりも精度を優先させるが、今日何度も2回目に強いサーブをトライし、決めている。
とにかくどのプレーにおいても創造力に富んでいて、一挙手一投足目が離せない。
そしてこのセットのハイライトの一つ、サービングフォーザマッチでアルカラスが迎えた、第10ゲームの2ポイント目だ。
アルカラスのドロップを何とか拾い上げたジョコビッチに対して、完璧なロブをお見舞いする。

とにかくこの選手のパワー、スピードからのドロップやロブなどの緩急、そのコントラストが突然に出現するから予測不能で、ついていくことができない。
こうした相手の心を折るような信じられないショットの後も、ジョコビッチは集中力を切らすことはなかったが、最後はアルカラスの強烈なサーブから押し切られ、無情にもボールはネットにかかりゲームセットとなった。

ウィンブルドンでは2003年から2022年、実に20年もの間BIG4の誰かが優勝するという、長年4人に支配されてきた大会だったが、21年ぶりに20歳のアルカラスが優勝し、世代交代、新しい時代の到来を感じさせる歴史的な大会となった。

試合時間は4時間42分。
目を奪われるすさまじいプレーの数々に、テレビの前から思わず両者に拍手を送った。

アルカラスの試合後のインタビュー。

「最高の気分だ。ウィンブルドンチャンピオンになるなんて夢のようだ。正直、こんなに早く優勝できるなんて思っていなかった。ノバクを倒してウィンブルドンで優勝することがテニスを始めた時からの夢だったんだ」と喜んだアルカラス。長年テニス界を支配してきたBIG4以外のタイトル、加えて世界1位とはいえまだ20歳の選手が優勝した快挙に、テニス界の世代交代、新時代の到来との声もある。

だが、アルカラス自身は「正直なところ世代のためではなく、自分自身のためにやったこと」だとし、スペイン紙『マルカ』に「ラファとジョコビッチが現役でプレーしている限り、時代が変わることはないだろう。数年後、彼らが引退してプレーしなくなった時にまた議論が起こるだろうけれど、今はその時ではない」と謙虚で、新世代の扉が開いているわけではないと否定した。

Tennis Classic

彼の精神的な強さや成熟したプレーは試合で垣間見ることができたが、こういったところでも彼の内面の素晴らしさが出ていて、BIG4や新時代といった概念に囚われていた自分が恥ずかしくなった。

とはいえニューヒーローが誕生したことは紛れもない事実。
今後もますますアルカラスからは目が離せないし、ジョコビッチもまだまだ見ていたい。
次の大会に向けて選手たちはすでに動き出しているので、ファンとしては新たな出会い、ワクワクするような試合を期待しつつ、声援を送り続けたい。


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