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【短編小説】「明日」に行った友達

 「昨日」と言ったらいつを思い浮かべるだろうか。基本は1日前だろう。ただ、その1日前にいた自分にとっての昨日は2日前だ。

 それなら「今日」は?
 もちろんこれは、今いる時間。今いるその日だ。

 「明日」はどうか。これも考えるまでもなく、次の日。1日後のことだ。
 ここで問題になるのが、自分がそこにいるかどうかだ。昨日という時間には自分は確かにそこにいたし、今日という時間にももちろんいる。

 しかし、この3つの中で唯一、明日にだけは自分はいない。なぜなら、時計の針が夜中の12時を越えた先を明日と定義したとしても、明日になった瞬間自分がいるのはあくまで「今日」なのだ。

 昔、中学校の頃。そのぐらいの年の頃は実際にはあり得ないようなことが出来るような気がして、不思議な話を聞いたり読んだりしてわくわくしていた。
 私と友達(ここでは私をT、友達をKとする)もそんなわくわくした日々を過ごしていた。

 2学期も始まって少しした頃、Kちゃんが図書室から楽しそうに帰ってきた。
「ねえねぇ、Tちゃん!図書室で読んだ本に面白いことが書いてあったよ!」
「本当?」
「明日に行く方法だって」
「どういうこと?時間が経てば明日には行けるじゃん」
「明日ってなった瞬間、もうそれは今日じゃん。そうじゃなくて、そのまま明日に行けるんだって!」
「確かに……。だとしたらすごいね!」
 こんな感じで盛り上がっていた。

 Kちゃんが言うには、タイマー付きの時計と紙を2つずつ用意して、時計の片方をほんの少しだけ、時間としては1秒ぐらい早めておくんだそうだ。紙には一方に「今日」もう一方に「明日」と書く。
 そして、「今日」と書いた紙の上にずらしていない時計、「明日」と書いた紙の上に早めた時計を置く。その後両方の時計で午前0時にタイマーをセットする。
 次が最後の行程だが、これが一番難しい。タイマーが鳴るまで待つと、もちろん同じ時間にセットした上に、若干早めてあるので「明日」の時計の方が先に鳴る。これを「今日」の時計がなり始める直前の一瞬で止めるんだそうだ。
 鳴ってすぐに止めてもいけないし、「今日」の時計が鳴り始めてもいけない。
 そうすることによって、明日に行くことができる。

 Kちゃんはやってみると言って、その日の夜から挑戦し始めた。私は挑戦こそしなかったが、未知へのわくわくと、成功してしまったらどうなるんだろうという不安からくるドキドキでますますKちゃんとの会話も盛り上がっていた。
 ただ、やっぱり難しいらしく、なかなか成功しないと言っていた。成功したときにどうなるのかもわからないので、確認のしようが無いんじゃないかとも思ったし、最悪、本に書いてあったことは嘘かもしれないとも思っていた。
 けれど、Kちゃんはめげずに続けているようだった。

 最初にこの話をしてから2週間後。
「Tちゃん!今日こそ成功する気がする!」
「最近毎日それ聞いてるよ?」
「そうなんだけど……今日はなんか違うの!」
「でも成功したらいいね。報告待ってるから」
「うん!わかった!じゃあまた明日」
「また明日ね」
 これが私がKちゃんと交わした最後の会話だった。

 次の日、学校では先生たちがバタバタしていた。Kちゃんが昨日の深夜に行方不明になったらしい。深夜に鳴りやまないタイマーを気にして、Kちゃんのお母さんが部屋を見に行くともういなかったそうだ。
 特に仲の良かった私に何か知らないかと話があったが、「明日」に行く実験をしていたなんてとても言えないし、私はその場にいたわけでも、Kちゃんから連絡をもらった訳でもないので「知らないです」と答えた。
 そのまま、Kちゃんが見つかることはなかった。 

 Kちゃんは「明日」に行ったのだと私は確信していた。ただ、連れ戻し方もわからなければ、行った先がどうなっているのかもわからない。
 だから私は、Kちゃんが最初に見つけたという本を図書室で探した。それっぽい本を見つけては読み漁ったが、しかしその内容は見つからない。次の年に図書委員にもなって、もっと自分にとって探しやすい環境にもなった。それでも結局卒業するまで見つけることはできなかった。

 それからもう5年は経った。現在私は大学生で、中学の頃の友人と会っても彼女の話はそうそう出てこない。けれど、私は実験を繰り返していたあの頃のKちゃんのように諦めがつかないままだった。ネットでも調べたが、連れ戻すための記事はおろか、私たちが共有していた「明日」への行き方すら見つからなかった。
 だから私はKちゃんから聞いた通りに準備を進めた。連れ戻せないのなら私が行けばいい。ここ数日は失敗続きだが、彼女が行けたならいけるはずだ。なぜそこまで固執するのかと問われてもわからない。今の生活に満足はしていないことも原因の一つかもしれない。どうなんだろう。

 無駄な考えはここまで。なんだか今日は成功しそうな気がするのだ。
 それでは






また明日。

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