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【創作】蛭子の子 因果応報【小説】

■見覚え
旅館と言うよりビジネスホテルやシティホテル寄りの近代的なビル、近くに源泉などない人工温泉、土地が余っているのにやや手狭な都会的な整形式庭園、表門とビル入口の頑丈な扉とセキュリティロック。
テロリストに襲撃され、地面に死体が散らばっている状況で気にする事では無いのだが、村興しで作られたこの温泉宿は色々とチグハグだった。

セキュリティロックはネット予約時に知らされた暗証番号を入力して開門するそうで、省力化なのかフロントは常駐していない。
居ても今は殺されていて呼び出せないだろうが。

この温泉宿がある丹沢村で殺戮を繰り返している二人組のテロリスト、土車と迦楼亜は宿のセキュリティを突破して、奴らが「蛭子様」と呼ぶ巨躯の化け物を宿内に招き入れたようだった。

蛭子様こと化け物の姿も二人のテロリストが暴れている姿も映せないからインパクトには欠けそうだが、庭の遺体群を撮影しようかどうしようか俺は迷った。
もう、テロの撮影とネット投稿をしているような段階ではない気がする。
スキー場にいる家族の元へ駆け付けて有無を言わさず、父、母、妹をそれぞれ抱えて村の外まで走ろうか…?

テロリスト共が連れているのは、自らの遠縁に当たる飛鳥時代に生きた異形異能の化け物だ。
奴らにたっぷりと生贄を捧げられて現代に復活、成長した「蛭子様」はもう移動に手間もかからないし攻撃力もある。
そして、残りの村内の人が集まるスポットはキャンプ場と俺の家族が居るスキー場くらいだ。

考えに気を取られていると、ホテルの入口が開き、中から1人の少女が出てきた。

生存者か?
何故1人だけ逃げられたんだろう…?

いや…あれは…
嘘だろう!?なぜ!!

「真奈!」

俺は両親とスキーをしているはずの、ここに居るはずの無い妹の名を呼んで駆け寄った。

近づいて少女の顔を見て血の気が引いた。
迦楼亜だ。
二人のテロリストの内の一人。
ヤツが、縛っていた髪をほどき、女の、俺の妹の服を着ている!?

初めて近距離から見た迦楼亜は、ややタレ目気味の大きな目をしていて、柔和な微笑みを仮面にして張り付かせたような顔をしていた。
いわゆる優男とか言われる見た目だが、隠しきれない胡散臭さと害意を発散している。

コイツ、何をやっているんだ??
女を甚振る趣味と女の服を着る趣味を同時に持っているのか?
正直このクズの事はどうでもいい、しかし…
なんでこいつが妹の服を着ている!?

「おや、やっと顔を出したねwお仲間さん。」

特に慌てず迦楼亜が話す。

「君、英鼓…?
じゃないね?でも凄く血が近い。」

「お前…その服…」

「『お前』は酷いなw
俺の名前は『迦楼亜』釈迦の迦に楼閣の楼、亜細亜の亜w
偽名じゃないよ?本名だよ?
凄いでしょ?キラキラネームwwwww」

妹を拷問して犯して殺したかも知れない凶悪犯が俺の目の前で人懐こそうな顔をしながらペラペラと話す。

「代数も理解できない脳味噌が糞味噌の女が一生懸命漢字調べて付けたんだよ。
カルーアミルクみたいなお洒落であまーい男の子になあれ(笑)って。
反吐が出るよねw馬鹿すぎて。」

それはお前の先祖と同じ名前だ。
おそらく偶然付けられた訳でなく、種を仕込んだお前の先代の誘導があったんだろうよ…

「産まれた時にはそれなりに盛り上がったみたいでさ、頑張って『特別な名前をプレゼント』したらしいけど、そこであの女としては親の仕事は終わったみたい。
食事もまともに与えず、ランドセルや制服も用意しないで、なんなら学校にもまともに行かせなかった。
ゲームやスマホなんて夢のまた夢。
いつもみすぼらしい格好で皆と共通の話題なんて持ってない。
いじめの標的にならないように立ち回るのに精一杯。
土車が来てくれるまで人生に楽しい事なんて何もなかった。」

それは単に元々の作りなのかも知れないが、微笑んでいるような顔をしているのに、こいつの瞳は全く笑っていない。
物凄く冷たい瞳をしている。そして声も。

「美味い物が食べたい、カッコいい服が着たい、綺麗な家に住みたい、ゲームしたい、スマホしたい、羨ましがられたい、
他人を俺みたいに惨めにしてやりたい、見下したい、憎い、ぶん殴りたい、辱めたい、殺したい、それが俺の全てになった。」

どう言う心境なのか分からないが、血の気が引き、棒立ちになっている俺に推定妹の仇がペラペラとお喋りを続ける。

「待ってくれ、服…!お前の、その、服は…」

「服?ああ…、別に趣味じゃないよ?
女の服着るとか反吐が出る。
女みたいな顔してるって『ママのボーイフレンド』に何回も絡まれたし。」

聞いてない。
妹だ。俺が聞きたいのは妹の事だ。
間違いだと思いたいが間違いじゃない。
その服は絶対に妹の…

「この温泉宿、変に扉が頑丈でセキュリティ意識高くてさ、蛭子様連れて中まで入るのしんどそうだから先にスキー場行く?て土車と話してたんだ。
そうしたら、この服着てたガキが来てさ、インターホンで誰かと話してロック開けたんだよね。
最初は旅行者のフリして話しかけて中に友達がいるの聞き出してから、殴って服剥ぎ取ったんだ。
で、コイツのフリしてコイツの友達に中まで入れさせたw」

ああ…そうだ…
ここは妹の友人の、離婚して別に暮らしていた母親が住み込みで働いていたんだった…
その友達のお父さんが再婚するから、友達はお父さんの家から出ないといけなくなって、住み込みスタッフをやっているお母さんの所に行ったと…妹はその友達を凄く気にしていた…
本当に迂闊だった。
妹がどうしても丹沢村に来たがった理由はこれか…

「女に素っ裸のまま逆立ちしろって言ったら、弱いくせに正論で反抗して来やがって、良い育てられ方した感じのムカつくガキだなと思ったから殺す前にイジメてやりたかったのに、土車が首折って即殺しちゃってさw
ざーんねんwww」

「あ……
ああ……!?
あ、あああああああ!!」

妹の仇が推定ではなく確定となった。
我を忘れて俺は迦楼亜に飛びかかり、奴を殴ろうとしてしまった。

■身贔屓
これは完全に悪手で、迦楼亜に俺の手がかかるより速く俺の脇腹にいつの間にか近くに来ていた土車の大金槌がヒットした。
普通の人間が食らったら胴が文字通り爆散する打撃を食らってしまった。
コイツらと同じ、普通の人間では無い俺でもアバラが折れ、脇腹辺りにある内臓と筋肉がイカれてその場にぶっ倒れてしまった。
筋骨隆々とした2mの恵体、怪力と姿を消す異能、自在に顕せる大金槌。
分かってはいたが、俺は戦闘力で土車に遠く及ばない。

「何してくれてんだ、この野郎…」

明らかに怒っている。吐き捨てるような、不機嫌で低い土車の声。
普段の馴れ馴れしくて軽い、気の良い兄ちゃん風の演技を捨て去った、本性丸出しの乾いた暴力的な声。
笑えるな、こんな奴でも仲間を傷つけられかけたら激昂するのか。

「やめなよ、土車。
俺なら平気だよ。
なんで急に襲って来たのかはわかんないけど、彼も俺達の仲間だろ?」

迦楼亜がかなり必死に土車を止めている。
よりによってコイツに庇われるなんてな。
笑えたら笑いたいが、表情筋すら動かせない。
意識もおそらく近々飛ぶだろう。

「今も昔もコイツは仲間じゃねえ。
コイツは『逃げた奴』だ。
この宿の戸締まりがやけに厳重だったのも、多分コイツのせいだ。
俺達の事が動画でネットに出回ってる。
ニュースになるのも時間の問題だろうよ。」

「ええ…!?でも……それでも殺す事は無いだろう?」

よりによって迦楼亜に粘り強く庇われた。
そして、どうも迦楼亜に対して大分甘いらしい土車がそれに折れて、二人のテロリストと一匹の化け物は俺を置いて去って行った。
お前らみたいな奴らでも身内には優しいんだなあ。
滑稽すぎて笑えないけど笑えるよ。
ああ、意識が飛ぶ。

■おぞましい血統
追跡も正体もバレていたのか…
まあ、俺が得ていたような情報は土車も化け物のミイラから得ていたんだろうな。

そう、俺は飛鳥時代に鬼として退治された異形異能の野党蛭子の三人の息子である槌熊、英鼓、迦楼亜の誰の子孫でもない。
蛭子の元から逃げ果せた娘が密かに産んだ子供。
蛭子の誘引から逃れる事ができた、伝承に名を残してない蛭子の5人目の息子の系譜だ。

ただし、俺以外の他の家族は違う。
俺は18年前に母親を襲った糞野郎の子種でできた子供で、育ててくれた父親とは血が繋がっていない。
血液型と容姿の違いで母親も父親もおそらく妹も気付いているが、普通に家族として大切にされて来た。
彼らは紛れもなく善人中の善人だ。

妹の仇に庇われ屈辱的に命をつなぎ、超回復能力で潰された体を修復した俺は、動けるようになり次第、宿の周りを徘徊し、素っ裸で地面に放置されていた妹の亡骸を発見した。
俺が隠れていたのと反対側の庭に、隠すつもりもなく、おそらく土車に首を掴んでへし折られ、用済みのゴミのように放り投げられたそのままの、苦しそうな体制で地面に転がされていた。

ひとまず妹に自分のダウンコートを着せてまともな格好で寝かせた。
1月にアウター無しの軽装で雪山に行くのは人間なら自殺行為でしか無いが、他に妹の体を隠す物が何も無いし、俺は体温を自在に上げられる。
本当はもっとちゃんとしてやりたいけど、時間がない。
意識が飛んでから回復するまで1時間はかかっているし、奴らは多分、次は両親がいるスキー場に行く。

ボディバッグに入れていたスマホは画面が割れて起動もしない。
バッテリーが爆発したりしなかっただけ運は良かったが、もう動画を撮ることもネットに上げる事も外に連絡する事もできない。
残りのチョコレートを全部口に含んで溶かして飲み込み、水も飲み干した。
人間離れした事が色々できるこの体だが、それには相応の熱量の供給を要求される。
新しい食料と水を確保できなければ、数時間で動けなくなるだろう。
バッグの中の壊れたスマホを含む余分な物は全て捨てたら、荷物は寺から盗んだ蛭子の思念が宿った木製の仏像だけになった。
俺はスキー場目指して駆け出した。

■因果応報
スキー場近くの山に到着した。
ところどころ岩場が顔をのぞかせている雪山。これの峰を越えた先にスキー場と宿がある。
迂回と蛇行を繰り返して作られた山道の車道を行く時間的余裕は無い。
俺は雪山の岩場から岩場へ跳んて渡り、峰を登った。
雪にダイブして雪をかき分けて進むよりその方が疲れなくて済む。

峰を超えたところで、いきなり氷の霧に突っ込んだ。
ただ視界が不明瞭になるだけでなく、細かい氷の粒で目や呼吸器を傷つけかねない。
危険を感じて地面に伏せ、辺りを伺った。

蛭子様

1Kmほど先にあの化け物がいるのが見えた。
この霧は、奴が激しく暴れ撒き散らしている雪が山の風に煽られ更に細く散らされてできた物だった。
ヤツはビルの2階分…5、6mくらいの体長にまで育ち、巨大な鰻のような不気味な胴に人間の手足でできたフリンジがいくつもついている珍妙なフォルムになっていた。
更に体の前方に巨大な焦点の定まらない目がいくつも付いている。
あれはちゃんと物が見えているのだろうか?
感応力があるから物を見る器官としての目は必要無いのだろうが。
(手足と目が欲しかったのは分かるが、お前の望みは本当にその姿でいいのか?)

だが良かった、化け物は足止めを受け、まだ両親のいるスキー場に着いていなかったのだ。
化け物と土車、そして迦楼亜は鏡を掲げた中年男性と日本刀を振り回す青年の二人組と戦っている。
あれは土車や迦楼亜の天敵、当麻王子とその従者の子孫だろう。
彼らと俺達はそもそも同じ一族の出身で同じような力を持つ。

しかし、肝心の当麻王子の子孫が弱い。
年齢的に彼は血筋からリポップされた繋ぎで正当な後継者ではないのだろうなと思った。

一瞬、当麻王子に加勢しようかと言う考えが浮かんだ。
俺の手にある蛭子の執念の宿った仏像を化け物に取り込ませれば或いは…

…俺は静かに戦場から離れ、スキー場へ急いだ。
あの王子はそう長く持たないだろう。
俺の命は正義の負け戦の為ではなく、家族の為に使うのだ。
一刻も早く両親を避難させなければ。

山に作られたスキー場、宿泊施設、駐車場、それらを繋ぐ広場に俺は駆け込んだ。
そこに全く人は居なかった。

リフトも動いていないし、広場やホテル周りに全く人が居ない。
施設が閉められている訳では無いが、営業しているには人気がなさすぎる。
見える場所で化け物が暴れているし、ネット経由で村で異変が起きている情報が入って皆避難したのかも知れない。
良かった、両親がここから避難したのならもう用はない。
俺もさっさとここから逃げよう。

「真一?お前、なんでここに居る!?」

逃げようと思ったその瞬間、覚えのあり過ぎる声が聞こえた。
信じられない、信じたくない、…父の声だ。
(なんでここに居る?は俺のセリフだ。)

思った通り、スキー場の利用客も宿泊者も数十分間前に退避していたそうだ。
しかし、宿所有の送迎用バンも客や従業員の車も定員一杯になったため、自分の席を具合が悪くなった従業員に譲って他の数名の従業員と共にここに残ったのだと父は言う。

何と言うことだ…

…いや、大丈夫だ。
俺がいるじゃないか。
父一人なら俺が抱えて走り抜けられる。

能力の説明をしている暇も無いため、有無を言わせず父を抱き抱えた俺は、そのままスキー場の駐車場を抜け、山中へと伸びる車道に突き進んだ。

雪の壁が両サイドにできている山間の道路を父を抱えてひた走る。
男二人分の体重をかけたスパイクシューズで薄く氷が張っているアスファルトを激しく蹴りながら走る。
時折スリップするたび軽く体勢がブレるがすぐに立て直す。
それでも人間にはかなりの衝撃だろうな。
俺はともかく父には凄いストレスだろう。
早く降ろしてやりたい。

全力で20分も走ったら先発の避難者達の車に追いついた。
前方500mくらい先に車体が見える。
母もあそこに居るはずだ。
なんとか父も乗せて貰えないだろうか。

そう考えた矢先、車の更に少し前方にあの化け物の姿が見えた。

俺は踵を返して来た道を戻った。
急激なG変化。
父には大変な負担をかけてしまったようで、うぅっ!と苦しそうに呻いた。

…俺は瞬時に母を諦める選択をした。
あの化け物と土車に俺は勝てない。
わかり切っている事で俺は悩めない。
既に行った選択について無駄な後悔も感傷も持てない。

スキー場ホテル前の広場から雪が固くなっている所や岩場を足場に雪山の中へ突っ込んでがむしゃらに元来た方向へ進んだ。

もうすぐ峰だと言う場所で急に寒さを感じた。
危険を感じてその場で動くのをやめ、父を岩場に下ろした。
動けなくなってしまった。
認識力、思考力の低下。
まずい…ガス欠、ハンガーノックだ。

「真一?」

まともに食べていないのに、寒冷地で薄着で予定外の激しい動きを散々してしまっていたからな…

「真一、どうした?」

落ち着け…大丈夫だ。
父さんは雪山に耐えられる装備をしている。
土車達は生贄が父一体しか無いここに来る事はまず無い。
来てもせいぜい数人の従業員が残っているスキー場までだ。山の中には来ない。天候は数日もつはず。
最悪、救助が来るまで数日ここに大人しく居れば父さんは助かる…

「大丈夫か?真一…?」

深呼吸して落ち着きたかったが、今冷えた空気を肺に入れるのは拙い。
父と最後の話をするため、浅く呼吸しながら息を整えた。

「父さん。ごめん、俺はもう動けない。
力を使い過ぎてもうまともに体温を維持できない、後少ししたら死ぬだろう。
奴らが去ってからスマホで救助を呼んで、救助が来るまで一人で大人しく待っていてくれ。
大丈夫だ。確かめたが天候は数日持つはずだから…」

「………
…真一…
ありがとう…
父さんのためにいっぱい頑張ってくれて…
もう父さんの事は良いから、お前が生き残ってくれ。
真奈を守ってやってくれ。」

父はそう言いながら自分のベストと帽子とダウンを脱いで俺に着せた。

(何してるんだ?父さん…?
やめろよ、普通の人間の癖にこんな所で上着脱いだら死んじゃうだろ…?
真奈…?真奈はもう…)

そして父はいきなり下の岩場めがけて飛び降りた。
こんな状態じゃなければ、岩場を蹴って飛び降り、父がどこかに当たる前に父の身を抱き寄せ抱えて、足元が岩場だろうが安全に着地できた。
でも今の俺は父が数メートル下の岩にぶち当たってさらに転がり落ち、血袋になるまでなんの反応もできなかった。

■伝承の終わり
丹沢村から現れた怪物がどんどん巨大化し、移動しながら日本中を蹂躙しているそうだ。
避難所で炊き出しの握り飯を口に運びながらラジオから流れてくるそんなニュースをボーッと聞いていた。

土車と迦楼亜が蛭子様と呼んでいたあの化け物は蛭子本人じゃない。
産まれてすぐ母親に殺された蛭子の子だ。
父親とそっくり同じ力があるアイツは父親と同じやり方で兄弟の子孫を操って自分を復活させた。

俺が守りたかった人達も俺の人としての心も何もかも無くなった。
俺の元に残っているのは蛭子の悔いと執着が刻まれたこの木彫りの仏像だけだ。

 -終り-

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