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2-1*キスは突然に

白黒つけたいと勇気を出したおかげで、初めての恋人ができました。

孤独死がこわいと漠然と焦っていたのは確か。だからこそ、告白する前日まですきと認めていなかった。こんな気持ちをすきと言っては全宇宙の恋するかわいい乙女に失礼じゃないだろうか。私は、彼の事をちゃんとすきと言えるんだろうか。もっと知りたくて、もっと仲良くなりたくて、厚かましくも、特別な存在になれたらなんて思ってしまうけれど。
私は恋人という存在が欲しいというだけの、欲で彼を見ていないか。不安だった。

けど、孤独死に怯える気持ちは、恋人が欲しいという邪な気持ちは、すきになる人を見つけるための、もっと言えば彼を見つけるためのきっかけにすぎない。
それくらい、彼がすきだ。

これからどんなことがあるんだろう。彼の隣にいる自分を想うとくすぐったくて、嬉しくて。

きっと、甘えちゃう。と彼に言うと「すきにきたらいいよ」と返ってきた。

甘えたい気持ちとは裏腹に現実は1つも甘えられなかった。
バイトでは周りから恋人同士だなんて微塵にも感じさせないくらい。
話すでもなく、一緒に帰るわけでも、こっそり手を繋ぐなんてありえない。
むしろ、付き合う前の方が恋人要素があった。
私はマネージャーと話してから食堂の中にあるロッカーに向かうことが度々あった。
彼は先にロッカーに向かったのを見つつ、私はマネージャーとの話が盛り上がってついつい遅くなった。裏口から駐輪場に一緒に向かう、その短い時間がすきなのに、と悲しくなりながらロッカーに向かった。
食堂のドアを開けると、椅子に腰掛け、やっときたと言わんばかりにスマホから顔をあげる。私の事待っててくれたんだと嬉しくなった。

それが、続くと思っていたし、むしろ一緒に帰ろうって声をかけてくれることを心待にしていた。
けれど、付き合ってからは一切待ってくれなくなった。

世間は初夏からしっかりとした夏に移り変わっている。
勤務中に食堂で次のシフト表をつくる彼へ地元の神社のお祭りに行かないかと誘ってみる。今作っているシフト表を眺めて
「んー、難しいかな」
私の顔など見ずに彼は答える。そっか残念!とだけ空元気に言ってその場をあとにした。
けれど、寂しくて、帰ってからLINEで手持ち花火をしようと提案。
別にいいけど、どこでする?と返ってきた。難航しながら私の家の裏ですることになった。
サンダルを新調して、服も1週間前に決めていた。
明日はついに初めてのデート。

『ごめん、明日無理かも』
『ギックリ腰になった』
LINEが飛び込む。心配と笑いしかない。
結果、花火は流れて、彼は仕事を1週間くらい休んだ。
その療養期間にシフト表を作らなければならなくて、どうにか力になれないかともがいたのは言うまでもなく。
『埋め合わせはするから』
喜んでもらえるかはわからないけど、とLINE。
気にしなくてもいいのにと思いながらも、公休日を一緒にしてくれるのかなとか何してくれるのかなとか青い期待をしていた。

トキメク心を落ち着かせながらできあがったシフト表を見ると公休日は1日も被っていないどころか、閉店時に私一人という鬼のようなシフトだった。
期待しすぎたんだと、現実が呟く。うっすら涙が目を覆う。
通りがかったパートのNさんに心配されてしまった。

この夏は、スーパーでバイトしながら地元の保育園でもバイトを始めていた。朝から自転車で保育園にいく。5時まで保育園で過ごして、そのままの足でスーパーに向かう。6時からはスーパーで10時までバイト。
スーパーと保育園どちらか一方のみを一日にいれることもできるけれど、自転車でスーパーのバイトにいく口実ができるから敢えて一緒に入れていた。
とはいえ、久しぶりに彼と最後が二人になった。
「久しぶりに一緒に帰ろう」
彼から言ってくれるなんて。ゆるりと一緒に帰り始めた。
いつも彼とは違う道で帰っているけれど、一緒に帰ろうと言われてしまえば、彼のルートをついていくしかない。
街頭の少ない裏道から見渡すかぎり田んぼの道へと2台の自転車がポロポロ話ながら進んでいく。

左折するとIの家。
彼はおもむろに立ち止まり
「埋め合わせなんだけど」
「こんなところで、ムードもないんだけど」
と、後ろ頭を掻きながらもごつく。私が静かに頷くと、彼は近づき
「いい?」
と優しく問いかける。うん、と声にならずに頷き目を閉じる。
彼は私の顎にそっと人差し指を添えて、私の顔を上に向ける。彼の指は夏にはあまりにも冷たくて。
押しつけられた唇に許可したくせに戸惑いながらも、もうなにも考えられなかった。

ああ、私、彼とキスをしたんだ。
蒸し暑い夜を漕ぐたびに鼓動がドキドキとうるさかった。