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1-1*出会い

大学生になり母親に促されてふんわり始めたアルバイト。今までは客として訪れていたスーパーが職場になった。
やっと一人でレジも打てるようになった頃、同世代のアルバイトが増えてきた。スーパーの夜は二、三回り離れたおばちゃまと少し気難しいおじさん、顔は厳ついけど愉快なマネージャー二人とじゃ年齢層が高いなぁと思っていたから同世代の人が増えることに嬉しさしかなかった。けれど、喜んでいるのもつかの間、私を採用してくれた店長が転勤になってしまった。

それから、1年がたった。春が来た。5月だからむしろ暑すぎて気分は初夏。この暑さで梅雨前とか信じられない。うっかりお腹を出して昼寝をかましてしまい風邪を引いた。来週には実習が始まるというのに本当にバカ。
「新しく入ったIくんだよ~」
パートのおばちゃんが教えてくれた。そういえば、副店長が22歳の前働いていた人がくるとか言ってたっけ?
風邪でガラガラの声で名前を名乗り会釈しといた。その頃のバイトは眼鏡に黒髪の19歳の女の子が私含めて二人いた。身長もほぼ変わらず。きっと彼は私ではないSちゃんと思っていたのかもしれないなんて思うと笑ってしまう。

1ヶ月弱の実習が終わり、ふたたび出勤する頃には彼は昼から私が働く夕方~閉店までの勤務時間へと変化していた。
Iくんのことを私やSちゃんはIさんと呼んでいた。そう、22歳と思っていたから。いや、実際歳上に間違いはなかったんだけれど…歳は1つ上、20歳だったらしい。ただ、見た目は22歳。
Iさんは、細身のわりに肩幅が広く、遠くから見るとかっこよく見えなくもない。接客の声は柔らかく、基本は話さないが話すと穏やかさが心地いい。頭の回転がいいし、前働いていたこともあって仕事面ではかなり頼りになるのに、彼が干したタオルは毎回しおしおなのが愛らしい。

しばらくして、SちゃんがIさんからアイスをおごってもらった話を聞いて少しドキリとした。ああ、もう、すきになってしまっていたのかもしれないね。
ちなみに、その話を聞いたあと、私もIさんからこれいる?ともらったものがある。ミントガム1つ。自分の口臭を疑った。
梅雨をこえて夏が来た頃にはSちゃんは別のバイトを始め、スーパーをやめてしまった。

夏も秋もすぐに去っていく。私はもっと、彼を、Iのことを知りたいと思ってしまっていた。いや、もしかしたら、思い込んでいたのかもしれない。

スーパーの閉店作業のなかで、冷蔵商品棚のカーテンを閉める作業がある。農産部を閉めていたとき、冷蔵商品棚の前に林檎のケースがびったり横付けされていて、身長148㎝の私には届かない。厳密に言うと、林檎のケースの横に回ってジャンプするなりなんなりすれば届かないこともないし、別段閉めなくても大丈夫ではある。私より身長が高い人はマネージャーとIさんと…私以外みんな高いや。
「Iさん、ちょっと手伝ってほしいことがあって…」
レジを落としてバックに戻ろうとしているIを引き留めて、カーテンを閉めてもらった。
ここぞとばかりに、身長を尋ねる私に「俺のことはいいよ」となかなか教えてくれない。
閉店作業も終わりエプロンも脱いで、タイムカードを切って、マネージャーに挨拶。
スーパーの裏口を閉めてから懲りずに聞いてしまう。
「それで、何㎝なんですか?」
「175cm。大人になってから3㎝伸びた」
身長よりも、伸びた3cmが気になる。
「伸びるんですか!!」
「伸びるよ。俺の母親も30代で伸びたらしいし」
「まじですか!え~じゃあ私も伸びますかね?」
「無理じゃない?」
なんでや。わしの身長の頑張ってくれや。
「え、でもなんで伸びたんですか?」
「…入院したら伸びた」
「入院?なんで…?」
「鬱で」
「……そうだったんですね」
なんとも言えない気持ちになりながら帰路についた。
どうして、鬱だったこと話してくれたんだろう。なんで?って聞かれても、ちょっとね、でいいじゃない。

そんな、すでに難解と思われる人をすきになってしまうなんて。行動してしまったこの日から急激に彼を意識していった。
とはいえ、元々奥手な私がガンガンいけるわけもなく。
段ボールを潰す彼に「これも潰しますか?」とか、シフト表見ればいいのに「明日出勤ですか?」とか、見ればわかることばかり聞くことしかできなかった。