たまごちゃん

小学校一年生の珠子は、今日から珠子は死んだものとしてください。学校にもいきません。理由は聞かないでください。と宣言しました。パパとママは心配しました。困惑しました。「どうしたの?」

ママが珠子の好きなものを食卓に並べても、パパがその腕に抱いて諭しても、珠子の決意は固いようでした。諭されれば諭されるほど
頑なになる心。

そのうちに珠子の体に異変が起きました、背中から妙な弾力を持った固い糸状のものがシュルシュルと出てきて卵の殻のように珠子を包んだのです。珠子は日常生活を送ることを拒んだのでした。

慌てる両親を尻目に、卵になった珠子をケラケラと遊び道具にするものがいました。珠子の1歳の妹です。途端に、半透明だった卵は真っ白に変化しました。珠子は現実から逃げたのです。

真っ白な卵の中で珠子はママとパパ、そして忌々しい妹のことを考えていました。妹が生まれる前、珠子はお姫様でした。ママにだっこを求めれば暖かい両手を広げて待っていてくれました。
「ママはあなたが大好きよ」

パパのあぐらは珠子の指定席でした。
「おっ、きたか珠子。よーしよし」

妹が生まれると聞いた時は、珠子は自分に訪れた終わりのようなものを知って泣きました。ポタポタと涙を流しました。周りはそれを嬉し泣きと捉えました、それくらい珠子は精神的に大人な、おしゃまな子だと思われていたからです。

生まれた直後、真っ赤なお猿さんのような妹の姿を見て珠子は安心しました。珠子は自分がなかなかかわいいことを知っていたのです。自分のお株が奪われることはないと確信しました。

「なんだかお猿さんみたいでシワシワねえ」

そんな予想と違って現実は厳しいものでした。あっという間にムクムクと肥えた妹のために珠子のベビー服が、おしゃぶりが再利用されるとなると、珠子は泣き叫んでこれはわたしの物だと主張しました。ママは困りつつも珠子の願いより家計を優先しました。

あぐらの上で妹をあやす父を見てその上に乗ろうとした珠子は父にとても怒られました「優奈に何かあったらどうするんだ」

珠子は四六時中ママと一緒にいたいほどママのことが好きでした。

でもおぶい紐にぶら下がっていつも母の近くにいるのは妹でした。会社から帰ってきた父が最初に抱き上げるのも妹でした。

悲しくて寂しくて我慢がなりませんでした。

こんな世界で生きていけないと思ったのです
たまごになったときやっと気が休まりました。これで死ねると思ったからです。
つらくてしょうがない。若干6歳で生きている意味が見出せないと思っていました。

白い卵は無機質な卵形で、這えば移動もできました。
もっとも珠子はその場に座り込むだけでしたが。

絶望のどん底で丸まる珠子の前に映画のスクリーンのようなものが立ち上がりました。  

最初、何の映像を映しているか分かって珠子はもっと嫌な気持ちになりました。

妹です。

妹が生まれた時のムービーが、再生されているのです。

俯いて耳を塞いでいると、珠子という声がした気がしました。驚いて目をやると、病室にはいくらか若い両親と、母の隣にやっぱりお猿さんのような赤ちゃんがいました。母も父も泣いていました「珠子ちゃんやっと会えたね」「やっと、やっとだね」
場面はスライドショーのように変わります

はじめての授乳、幸せそうなママの顔

パパによる沐浴、その真剣さに隣のママがクスクス笑っています。

おどけるパパ、いないないばあはまだ理解できないでしょう? 

夜泣きをするわたしをゆすりながら公園まで散歩に行くママ 

保育園に行かないと泣き叫ぶわたしをおやつを餌に車に引っ張り込む策士なママ

遅くなってごめんね、と笑顔で迎えに来る父

いろんなわたしに一喜一憂する両親

聡明な珠子は気がつきました。

「わたしも妹と同じような時期があった」そう思うとたまごはびしりと音を立てました
「わたしは大切にされている。」そう思うと
卵はひとりでにぐしゃり、とつぶれました
「わたしは愛されている」そう分かった瞬間卵のからは周囲にバラバラと崩れ落ちました。

卵の前でこれからのことについて考えていた両親は、急に卵が崩れたのを見て驚いているようでした。

「ねえ、ママ、わたしが生まれた時ママは初めてママになったんだよね。だからわたしの誕生日はママの誕生日 」

「パパ、わたしが生まれた時、パパは初めてパパになったんだよね、だからわたしの誕生日はパパの誕生日。」

「あのねわたし、今日、お姉さんになったんだ、「珠子お姉さん」の誕生日なんだ。」

ママもパパもおめでとう。と静かに言って珠子を優しく抱きしめました。

「優奈を抱いてみるかい」

「うん」

優奈はじっとしていなくて抱くのは大変だったけれど、

小さな手が珠子の指を掴んだ時
つぶらな目と目があった時
珠子の中に新しい感情が芽生えました

その感情に名前がつくのはまだ先のお話です。

でも、

窓からは綺麗な夕焼けが見えて、明日は晴れるということを控えめに伝えていました。