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『冬の旅』アニエス・ヴァルダ~自由と孤独を選んだ女性の強い意志

(C)1985 Cine-Tamaris / films A2

札幌のクリエイティブスタジオで行われた「シネマシリーズ-6 映画へと導く映画」というイベントに参加した。『あのこは貴族』で注目された岨手由貴子監督が来札。岨手監督が選ぶ映画を2本セレクト上映して、その映画について語るというものだ。そのうちの1本がアニエス・ヴァルダの『冬の』という作品だ。ちなみにもう1本選んだ作品が、沖田修一監督の『おーい!どんちゃん』という自分の生まれた娘を登場させて作った自主制作映画。岨手監督が選んだ理由として語っていたのが、沖田監督の『おーい!どんちゃん』が、「不自由と共生」の映画だとすれば、『冬の』は正反対の「自由と孤独」の映画だということだ。

冬の南フランスの畑の側溝で、若い女の死体が発見される。凍死体と見られる女性の死体が妙に美しく生々しい。映画は、その若い女性モナ(サンドリーヌ・ボネール)がヒッチハイクしながらをして死ぬまでの数週間を、彼女に会った人々の証言を織り交ぜながら描いていく。カメラ目線で証言するドキュメンタリー風の映像が挿入されていく。モナはなぜをしているのか?彼女の人生に何があったのか?その生い立ちや過去は一切描かれない。出会った人たちに、「ここで働かないか?この土地を貸すから畑にして耕せばいい」と定住を勧められるが、モナは「楽に生きたい」と働き続けることを拒否する。「ただの怠け者だ」と非難されても、モナは自由と孤独を手放さない。男と出会い、古い屋敷で恋人同士のように一緒のベッドに眠り、大麻をやったりしながら自由気ままに暮らす。畑で働く移民の男にも一緒に働くことを勧められるが、彼の仲間たちに反対されてそこも出て行くことになる。木を蝕む害虫を研究している女性教授に気に入られ、彼女の車で寝泊まりして一緒にしばらく過ごす。別れた後も教授は気になって、助手にモナを探させるのだが、助手がモナを見つけたときは、彼女はろくでもない奴らと一緒で、酔って正体を失くしてゲロを吐き、助手は「関わりたくない」と教授に電話する。そんな彼女のダラダラとした放浪のが、ずっと続く。そしてある日、寒さで野垂れ死ぬ。

彼女の死は、モナの人生の悲しい結末として描いているのかといえば、そうではない。モナは自分の意志を貫いて死んだ。死はある意味、仕方がないものとして描かれている。悲劇ではないのだ。岨手由貴子監督は、「女性が不幸になる映画が多い」と言う。女性の役柄に求められるのは「ママと娼婦」(母性と性的魅力)ばかりで、そうでない「生意気な女性は不幸になる」ことを求められると語る。しかし、この映画はモナという女性の心の内を描いていない。何かトラウマや傷があってモナは放浪しているわけではない。わざわざ寒い冬に旅を続ける理由があるわけでもない。それはモナの自由意志なのだ。旅の途中で男にレイプされたり、不幸なことも起きるのだが、その結果の悲劇として彼女の死があるわけではないのだ。孤独と自由を求めるモナの強さが「冬の旅」にはある。安易な定住や男と一緒に暮らすことを求めない女性。男と恋をし、一緒に暮らすという型にはまった幸福を求めない女。そういう女の生き方をあえて肯定しようとする映画だ。金持ちの目の見えなくなった老婆と酒を飲んで意気投合する場面があるが、彼女が心を通わす唯一の場面かもしれない。

熊切和嘉の菊地凛子主演の「658km、陽子の旅」は、この『冬の旅』をやりたかったのかと思った。1970年前後のカウンターカルチャーとしてのヒッピーたちのような意志もなく、社会への反発や反抗があるわけでもない。汚い、臭いと言われても平気で、他者や社会に合わせず、ただ誇り高く自由を求めて、自分らしく生きて死んだ女がここにいる。


1985年製作/105分/フランス
原題:Sans toit ni loi
配給:ザジフィルムズ

監督・脚本:アニエス・ヴァルダ
製作: ウーリー・ミルシュタン
撮影:パトリック・ブロシェ
編集:アニエス・ヴァルダ、パトリシア・マズィ
音楽:ジョアンナ・ブルズドビチュ
キャスト:サンドリーヌ・ボネール、マーシャ・メリル、ステファーヌ・フレス、ヨランド・モロー、パトリック・レプシンスキ、ジョエル・フォッス、マルト・ジャルニアス

※参考
岨手由貴子監督が語りたい!傑作映画リスト

『おーい!どんちゃん』(2022年・日本)沖田修一
*『東京夜曲』(1997年・日本)市川準
*『東京兄弟』(1995年・日本)市川準
『めし』(1951年・日本)成瀬巳喜男
『浮雲』(1955年・日本)成瀬巳喜男
*『タンポポ』(1985年・日本)伊丹十三
『ヤンヤン 夏の想い出』(2000年・台湾/日本) エドワード・ヤン
『エドワード・ヤンの恋愛時代』(1994年・台湾)エドワード・ヤン
*『冬の旅』(1985年・フランス)アニエス・ヴァルダ
『ジャンヌ・ディエルマン ブリュッセル1080、コメルス河畔通り23番  
  地』
(1975年・ベルギー/フランス)シャンタル・アケルマン
『夜』(1961年・イタリア)ミケランジェロ・アントニオーニ
『エル・スール』(1983年・スペイン/フランス)ヴィクトル・エリセ
*『街の灯』(1931年・アメリカ)チャールズ・チャップリン
*『偉大なるアンバーソン家の人々』(1942年・アメリカ)
  オーソン・ウェルズ
*『ファニーとアレクサンドル』
 (1982年・スウェーデン/フランス/西ドイツ)イングマール・ベルイマン
*『前世紀探検隊』(1955年・チェコスロバキア)カレル・ゼマン
*『欲望の翼』(1990年・香港)ウォン・カーウァイ
*『ピアノ・レッスン』(1993年・オーストラリア)ジェーン・カンピオン
*『キングス&クイーン』(2004年・フランス)アルノー・デプレシャン

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