『メイ・ディセンバー ゆれる真実』トッド・ヘインズ~モデルと役者の鏡合わせ~
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トッド・ヘインズ監督は、『キャロル』が面白かった。ケイト・ブランシェットとルーニー・マーラーの美しい女性二人の視線の交錯のドラマだった。『ワンダーストラック』や『ダーク・ウォーターズ』も観た。悪くはないのたが、『キャロル』には及ばなかった。そしてそのトッド・ヘインズの最新作は、ナタリー・ポートマンとジュリアン・ムーアの過去の事件のモデルと演じる役者という関係の映画、二人の女優の競演は見応えがあった。「メイ(5月)・ディセンバー(12月)」とは、極端に年の離れたカップルを指すスラングだという。
20年前の事件、当時36歳だった女性グレイシーは、13歳の少年ジョーと恋に落ちた。グレイシーは未成年の少年と関係を持ったことで服役し、獄中で子供を出産したことで、大きなスキャンダルになった実際の事件が下敷きになっている。そしてグレイシーは出所後にジョーと結婚。そんな二人を題材にした映画が作られることになり、ナタリー・ポートマン演じるハリウッド女優のエリザベスが、幸福な家庭を築いているグレイシー(ジュリアン・ムーア)のところを訪ねてくる場面から始まる。事件そのものを再現する映画ではなく、再現する映画を撮るために女優がモデルを取材するというメタ構造になっているところが面白い。
事件から20年以上が経過し、たまに嫌がらせはあるものの、グレイシーとジョーは平和に暮らしていた。二人が出会った場所はペットショップで、店員と学生アルバイト(実際の事件では教師と生徒という関係だったらしい)だった二人。役作りのために、二人が当時関係を持ったとされるペットショップのバックヤードの倉庫にまで行って、セックスの想像をめぐらせるエリザベス。どこにでも顔を出すエリザベスは、元夫やその家族、弁護士など関係者を訪ね歩く。幸福そうに見えた家庭は、微妙なバランスの上で成り立っていることが分かってくる。冒頭は庭のバーベキューパーティーで、「ホットドッグのソーセージが足りないわ」とグレイシーが冷蔵庫を見て呟くなんでもないシーンで、いきなり不安を煽る大袈裟な音楽がかかり、ミスマッチな描かれ方をする。そんな奇妙なところも含めて、これは普通のサスペンス映画ではない。
二人が鏡の前でメイクをするシーンが印象的だ。実在のモデルになりきるために演じようとするナタリー・ポートマンの不気味さと、「私は何も考えないの」というジュリアン・ムーアの不気味さが、鏡合わせのようで恐ろしい。向かい合わせの二人が鏡を見ることで、一つの画面に正面を向いて二人の顔が並ぶ。鏡に並ぶ場面は2回ある。やがて鏡のように二人は重なっていく。ラストの子どもたちの卒業式の場面では、二人は瓜二つの白いドレスとサングラスという同じ格好をしており、その重なり具合がまた不気味だ。
エリザベスの存在によって、過去の事件のことを言葉で語ろうとするジョー。過去を封印して蒸し返したくないグレイシー。しかし、過去の真実のいきさつなど、映画は示してはくれない。年上であったグレイシーがジョーを誘惑したのか、あるいはジョーがグレイシーを誘惑したのか。はたまた二人の本当の愛があったのか。ひとつの真実など映画は示さない。あるのは、それぞれの過去の真実があるだけで、それは時間によっても変わっていったりもする。ジョーはエリザベスに対して、「これは物語なんかじゃない。これはボクの人生なんだ」と叫ぶ場面がある。あらゆる事実を物語として語ってしまう罠がそこにある。それこそが映画の虚構の罠であり、真実はいつだって揺れ続けるのだろう。その揺れを真実であるかのように演じる女優の恐ろしさと、実際の人生の中で生きていくために何かを演じ続けなければならない女性の恐ろしさ。グレイシーは不安定に突然泣いたりしながら、ジョーをつなぎとめている。それも演技なのかもしれない。
36歳になったジョーと息子が屋根を上で大麻を吸うシーンもいい。大麻が初めてだという父親のジョーがクラクラして、息子に支えられる。13歳の事件から、あらゆる人生の可能性を閉ざして少年のまま大きくなったジョーの哀しさ。ラスト、さなぎから蝶になった姿はジョーそのものの思いが託されている。ジョーは蝶のようにどこか(メキシコ?)に飛び立つのかどうかはわからない。
虚構を演じるはずのエリザベスは、最後である一線を越え、現実に介入していく。子どもたちの卒業式の朝、なぜかグレイシーが狩りをする場面が描かれる(狩りはジョーを捕らえたイメージなのか?)。それもこれも一つの物語に過ぎないだろう。息子が語っていたグレイシーの兄とのトラウマという物語も真実かどうか分からない。虚構と現実は共犯関係なのである。ラストで実際の映画撮影が始まってエリザベスが演じるグレイシーは、蛇をもちながら少年を誘惑していた。物語とは、どうやったって物語でしかないのだ。その物語の迷宮の中で、演じること、現実と虚構の境界が曖昧になっていくこと、映画づくりそのものの危うさと面白さを描いている映画でもある。
2023年製作/117分/R15+/アメリカ
原題:May December
配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:トッド・ヘインズ
製作:ナタリー・ポートマン、ソフィー・マス、パメラ・コフラー、クリスティーン・ベイコン、グラント・S・ジョンソン、タイラー・W・コニー、ジェシカ・エルバウム、ウィル・フェレル
原案:サミー・バーチ、アレックス・メヒャニク
脚本:サミー・バーチ
撮影:クリストファー・ブロベルト
美術:サム・リセンコ
衣装:エイプリル・ネイピア
編集:アフォンソ・ゴンサウベス
音楽:マーセロ・ザーボス
キャスト:ナタリー・ポートマン、ジュリアン・ムーア、チャールズ・メルトン
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