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猫のお地蔵さん

主な登場人物は小学五年生のリン、ヒナタ、カケルの三人組。ある日突然なくなった猫のお地蔵さんを探すゆる〜いファンタジーです。短編小説、約23400字。


1 猫のお寺

春休み。
小学五年生のリンと同じクラスのヒナタは高台にあるお寺へ向かっていた。

「リン待って。はぁ、はぁ、、僕もう石段無理だよ〜」

リンは石段の途中で立ち止まり、振り返ってヒナタが登ってくるのを待った。運動が苦手な男の子ヒナタは肩で息をしている。重い足を一歩ずつ前へ出す。

「ヒナタがんばって。もう少しで猫のお寺だから。」

「が、がんばってるよ…あれ?カケルは?」

「先に行ったよ」

リンは三つ編みにした髪をなでながら、石段を登ってくるヒナタの向こう側を眺めた。高台の上から見下ろす景色は屋根瓦、細道、電柱、線路、電車、更に遠くの海まで見渡せる。

リンの暮らす町は昔ながらの昭和情緒が漂う町。町の南側は海に面していて平地は少なく、ほとんどの住宅は山側の急斜面に建てられている。住宅地は細い路地と階段が張り巡らされ、地元の人間でなければ数分で迷ってしまうほど複雑だ。


リンとヒナタは一緒に石段を登りお寺に到着した。門を潜ると庭の奥に木造の古いお寺が見えた。その隣には小さな住居があってそこに和尚さんが暮らしている。このお寺はまち猫が集まることから子供達の間で〝猫のお寺〝と呼ばれていた。

境内にあるイチョウの木の下でカケルは待っていた。カケルもリンと同じクラスだ。リン、ヒナタ、カケルは家が近所で小学校に上がる前からずっと友達。つまり幼馴染みだ。

カケルは退屈そうな顔で青いジーンズのポケットに手を突っ込んでいた。リンは暑くなってピンクのパーカーを脱いだ。リンの隣でヒナタは脇腹を押さえながら息を切らしている。

「二人ともおっそいよー!」

「カケルが早すぎるのよ。石段を駆け上がるんだもん」

「俺サッカーしてるから、こんくらいすぐだよ」

ヒナタは緑色のカーディガンを脱いだ。

「はぁ、はぁ、やっとついた。あつい…。」

リンはお寺の正面にある木の階段を見た。階段の陽の当たる場所で猫たちがビヨーンっと背伸びしたり、だらんと横になって眠っていたり、後ろ足で耳元を掻いていたり。なんの警戒心もなく自由にくつろいでいた。リンはそっと近くまで行ってお座りしているキジトラの頭を撫でた。

「よしよし。今日は風が強くて寒いね。」

「ニャ〜」

ヒナタとカケルもやってきて猫の背中をやさしくなでた。ヒナタは階段に座るとリンに向かって言った。

「リン、ほんとになかったの?猫のお地蔵さん。」

「うん。昨日、友達と一緒に猫の細道通ったら、一つなくなってたの。」

カケルは猫の頭から手を離すとポケットに手を突っ込んだ。

「早く猫のお地蔵さんがあった場所へ行ってみようよ。」

リンを先頭に3人は寺の裏手に回った。寺の裏側には山の斜面があり竹林になっている。竹林には人が通れるくらいの細い道があって、地面はコンクリートで固められている。その道は下り坂で竹林の間を通り住宅街へ続いていた。

地元の人はこの道を〝猫の細道〝と呼んでいる。猫の細道には猫のお地蔵さん(石像)が道の脇にポツンポツンと置いてある。その数は全部で10体。お地蔵さんと言っても両手のひらに収まるくらいの丸い石だ。石には猫の顔が刻まれていて、それぞれ大きさも顔も違う。作者は不明で江戸時代からあるという噂だった。

リンは猫の細道に到着すると、最初のお地蔵さんを落ち葉の上に確認した。

「まずは一つ。私が数えるから二人ともついてきて。」

リンはゆっくりと歩きながら枯葉に埋もれそうな猫のお地蔵さんを数えた。

「五、六…七。えっと、八……九…。」

九体目以降、数メートル進んだが枯葉があるだけだった。

「ほらね、やっぱり一つ足りない。」

ヒナタも一緒になって数えていたが、やはり九体しかなかった。

「ほんとだ、一つない。なんで?」

カケルは目の前にある猫のお地蔵さんを両手で持ち上げてみた。

「これあんまり重くないな。子供でも持てる。誰かがイタズラして持って帰ったんじゃない?」

「そうかな。私だったらママに怒られるから持って帰らないよ。」

「じゃ、転がったんじゃない?」

リンは周りを見渡した。竹林とコンクリートの道以外なにもない。

「転がったらすぐにわかると思うけど…」

「君たち、どうしたんだい?」

リンの後ろから男の声がした。振り返ると坂道を和尚さんが登ってきた。袈裟を身につけ手には風呂敷を持っている。

「和尚さん、ここにあった猫のお地蔵さんが一つなくなってるんです」

「ああ、心配しなくていいよ。数年に一度そういうことがあるんだ。突然いなくなったと思ったら数日後に元に戻っている。誰かのイタズラかもしれない。」

「イタズラ?」

「世の中にはいろんな人がいるんだよ。猫のお地蔵さん好きなのかい?」

「はい。」

和尚さんはニッコリ笑って、手のひらを合わせてお地蔵さんを拝んだ。

「それじゃ、猫のお地蔵さんのお話を聞かせてあげようか。」



2 むかしの話

むかしむかし江戸時代の話。
お寺の近くで一人暮らしをしていたおばあさんがいました。おばあさんの息子は隣町に暮らしていましたが、会いにくるのは一年に一度、お正月くらいでした。

おばあさんは寂しくて庭に入ってきた猫に餌をあげるようになりました。野良猫ですから恐る恐る餌をくわえるとすぐに逃げてしまいます。でも何日かすると少しずつ慣れてきました。おばあさんの手の届くところまで寄ってきて餌を食べてくれるようになりました。最初は三毛猫一匹だけでしたが、子猫と母猫、その兄弟猫とだんだんと増えていきました。

そしてお正月。
息子が久しぶりに帰って来ました。息子は庭にいる猫たちを見るとキッとにらんで、猫に向かって石を投げました。

「俺は猫が大嫌いだ。都合のいいときだけゴロゴロと喉を鳴らす。」

息子が帰った後、おばあさんは猫たちに謝りました。息子が申し訳ないことをしたと。お詫びに焼いた魚の身をほぐして猫に与えました。

それからしばらくして息子は体調を崩し、おばあさんの家で何日か療養することになりました。相変わらず息子は猫が来ると大声を出して追い払ったり、冷たく接していました。

ある晩、深夜に猫がニャーニャーと大きな声で鳴いているのが聞こえました。よく聞くと一匹だけではなさそうです。いつもと違う鳴き声におばあさんは心配になって目を覚ましました。そして戸を開けて猫を探そうと庭に出ました。月光に照らされた青白い庭を隅々まで探しましたが、猫の姿が見えません。更にニャーニャーと鳴き続ける猫に息子も目が覚めて庭に出てきました。

そのとき突然ゴゴゴゴゴゴ…という地鳴りが響き、山の竹林の竹がメキメキと折れる音がしました。息子は山を見上げてハッとしました。竹をなぎ倒しながら、巨大な岩がこちらに向かってゆっくりと転がってきたのです。

ドォーーン!バキバキバキ!!

岩はおばあさんの家に直撃して止まりました。
朝になって確認すると住居は半壊。岩は寝室の畳を押し潰していました。息子はゾッとしました。あのまま寝ていたら二人とも死んでいたかもしれません。

「俺とお袋は猫に助けてもらったんだ…俺は猫にひどいことをしたのに。悪かった、悪かった、許してくれ。」

息子は深く反省しました。そして猫たちへの感謝の気持ちを忘れないように石屋に頼んで石の猫を作りましたとさ。

「そのとき作られたのが、ここにある猫のお地蔵さんなんだ。猫はね、自由気ままに生きているように見えるかもしれないけど、良くしてくれた人のことは決して忘れないんだよ。人が思っている以上に情の深い生き物なんだ。」

リンは和尚さんの話が終わるとお地蔵さんの顔を無言のままじっと見た。

「そんなお話があったんだ。この猫たちが人を助けたんだ…。」

その後、リンたちは和尚さんにお礼を言って別れると、猫の細道を下って住宅街へ入った。ふと空を見上げるとオレンジ色の雲が。いつのまにか夕方になっていた。

リンは石段を降りながら隣にいるヒナタに言った。

「不思議な話だったね。」

「そうだね。僕ぜんぜん知らなかった。小学校でも聞いたことないし。」

先に石段を降りていたカケルが振り向いて言った。

「俺ちょっとだけ、ばあちゃんに聞いたことあるよ。」

リンはなくなった猫のお地蔵さんのことが気になった。数年に一度なくなるってどういうことなんだろう?誰がなんの為に?

「ねぇ、なくなったお地蔵さんって今どこにいると思う?」

ヒナタは腕を組んで首を傾げた。

「うーん、どこって…誰かの家の中とか?」

「私、探してみたい。難しいかもしれないけど。」

「リンが探すなら僕も探すよ」

ヒナタがカケルの目を見た。

「え?俺も?」

「カケルもいたほうが心強いから」

「わかった、俺も探すよ」

こうして私たち3人は一緒に猫のお地蔵さんを探すことになった。


いつもの私たちは…

学校が休みの日は公園に集まって遊んでいた。
ブランコや滑り台、鬼ごっこは高学年になってからやらなくなった。そのかわりベンチに座り小さなゲーム機を囲んでゲームばかりしていた。同じ学校の子と5、6人で集まって。すごしやすい季節は時間を忘れて夕方まで公園にいることも多かった。

けれど私はゲーム機を持っていない。
ずっと前に「誕生日にゲームが欲しい」とママにお願いしたことがあった。ママはキッチンでお皿を洗いながら「一生懸命働いてるけど今は貯金がなくて買えないの。ごめんね。」と言った。私はママの背中を見たらそれ以上言えなくて、それきりゲームの話をするのはやめた。うちは私とママの二人暮らし。パパは私が小学校に上がるころ離婚していなくなった。

もっていないということは悪いことじゃないはずなのに、私の心はときどき一人ぼっちになった。人と比べて羨ましいと思うことはたくさんあった。比べると気持ちが落ち込んだ。

そんなときはいつもヒナタとカケルに会いに行く。二人は交代で私にゲーム機を貸してくれた。嫌な顔一つせず当たり前のように「リンの番だよ」って渡してくれる。三人で協力して強い敵をやっつけたり、獲得したモンスターを交換したり。二人と一緒にいると沈んだ気持ちが楽になった。

でも最近なんだか…

ゲームが鬼ごっこと同じように退屈になってきた。私たち三人は前ほどゲームに夢中になれなかった。ゲームの電源を切れば目の前にあるのは変わらない現実、平凡な風景。ゲームの世界でレベルを上げても最後に私たちは平凡へ戻る。きっとそのことに気付いたからだ。

そんなだから猫のお地蔵さんが一つ足りないことに気付いたとき、今までにない出来事にワクワクした。

警察でもない私たちが猫のお地蔵さんを見つけられると思えない。だけど、もしも見つけることができたら…と想像するだけで、マンガの主人公になれたみたいで楽しかった。案外簡単に見つかるかも。もしかしたら道端に転がってるかも。なんて思いながら、その日は家へ帰った。


3 猫の細道

その日の深夜。
男は誰もいない商店街をビール片手に歩いていた。ビールを飲み干すと空き缶を路上へ放り投げた。カラカラカラン、空き缶の転がる音が商店街に響く。大きくため息をつきながらタバコを取り出して火をつける。煙を肺の奥深くまで吸って眉間にしわを寄せて吐く。

「くそ…働いても働いても…。この街に来たのが失敗だった。」

男は脇道に置いてある自転車を蹴った。バランスを崩した自転車はガシャンと大きな音を立てて倒れた。近くにいた猫が驚いて走って逃げる。男は火のついたタバコをまるで紙飛行機を飛ばすように遠くへ投げた。虚ろな目でアスファルトに転がるタバコを眺める。

「燃えろ、燃えろ、なにもかも消えてなくなれ」



同じ時刻、醤油ラーメン店の店長は閉店後の後片付けをしていた。スープを入れる寸胴や中華鍋を丁寧に洗い、店内のテーブルを拭いたあと店の電気を消した。そのあと裏口近くにある更衣室に入りロッカーを開けた。そのとき店の外から猫の鳴き声が聞こえた。

「また猫か。スープに煮干しを使ってるから匂いに釣られてくるんだろうな。」

ニャーニャーニャー

「今日はやけに鳴くなぁ…。」

店長は私服に着替え終わると裏口のドアを開けた。暗い裏路地に街灯の白い明かり。人はいない。猫の姿を探してみたがどこにもいなかった。

「おっかしいな、あんだけ鳴いてたのに。ん?なんだこのにおい。こげ臭い。」

店長は外に出ると裏口の戸に鍵をかけた。それからビニール袋が燃えるようなにおいをたどってみる。店の裏に置いていた白いゴミ袋の周辺が怪しかった。

「ここからにおう。」

姿勢を低くしてゴミ袋の底を覗いてみた。一部が焦げて黒くなっている。その近くにタバコの吸い殻が転がっていた。細い煙とわずかに赤い火が残っていた。

「危ねぇな、こんなところにタバコ捨てんなよ」

店長はタバコの吸い殻を踏みつけて火を消した。


次の日の朝。
3人は猫の細道を通る人に話を聞いてみようと、猫のお地蔵さん近くに集合した。天気は良かったが風が強くて寒かった。竹の葉がサワサワと揺れている。リンはウインドブレーカーのファスナーを首元まで閉めた。

「寒い。朝から来ちゃったけど通る人いるかな?」

カケルは地面の小石をスニーカーの裏でコロコロ転がしながら言った。

「この道を通る人ってお寺に用事がある人くらいだよ。俺、死んだ爺ちゃんの法事のときに通ったよ。ばあちゃん、石段キツイから猫の細道のほうがいいんだって。」

「あ、そうだ!私、ママからカイロもらってきた。二人の分もあるよ。」

リンはポケットの中からカイロを出してヒナタとカケルに渡した。

「ありがとう。僕はお菓子持ってきた。ママが用意してくれたんだ。あとで食べよう。」

ヒナタは背中のリュックをポンポンと叩いた。
カシャカシャと菓子袋の音がした。他にもいろいろ入ってるのかリュックは丸く膨らんでいた。きっとヒナタのママが心配して詰め込んだのだろう。

ヒナタは小さい頃から体が弱く、風邪や熱で幼稚園のほとんどを休んでいた。小学校に入って少し落ち着いたが、他の子と比べると欠席が多かった。季節の変わり目は特に体調を崩しがちだった。そんな経験をしているからなのかヒナタは人の痛みのわかる優しい性格だった。困ってる人を見るとほっとけない、体調が悪いときでも太陽のように笑顔を忘れない。リンはそんなヒナタが昔から大好きだった。


猫の細道で三人は暇つぶしに指スマをして遊んだ。しばらくするとグレーのニット帽をかぶったお爺さんがやってきた。トン、トン、トンとゆっくりと杖をつきながら細道を登ってくる。

「おはよう。こんなところで何してんだい?」

「おはようございます。私たち猫のお地蔵さんについて調べてるんです。」

「ああ、ここの石の。」

「ここにあった猫のお地蔵さんが一つなくなってるんです。なにか知りませんか?」

「一週間前だったかな。一つ足りないと思ったけど。確か一番大きい三毛猫じゃなかったかな?」

「三毛猫?」

「一つだけ石にうっすらと模様が入ってるんだよ。あれはたぶん三毛だ。」

「他に何か気づいたことありませんか?」

「他か…ないねぇ。わしの差し歯が抜けて転がったくらいだよ、ハッハッハッ」

おじいさんはニッと笑って抜けた前歯を見せた。

「ほんとだ、抜けてる!」

三人は思わず笑ってしまった。

「抜けた歯を見つけたら教えてくれ」

「わかりました」

「寒いから気をつけて。がんばって。」

お爺さんは微笑むと寺へ向かって坂道を登った。リンは和尚さんの話を思い出した。

「三毛猫って和尚さんの話に出てきたよね。一番最初におばあさんの家に現れた猫だ。」

「そうだね。僕、本で読んだんだけど三毛猫ってほとんどがメスらしいよ。」

カケルは鼻をすすりながらヒナタに質問した。

「オスはいないの?」

「いたら奇跡に近いらしいよ。」

しばらくすると今度はおばさんがやってきた。エプロン姿で手には柄の長いほうきを持っていた

「あら。小学生?」

「はい。私たち、ここにあった猫のお地蔵さんを探してるんです。」

「探してる?なくなったの?」

「はい。」

「私、週に一回この先にあるお寺のお庭を掃除してるんだけど、気付かなかったわ。でも…ちょっと待って。」

おばさんは斜め上を見て何かを思い出そうとしていた。

「どこかで見たことがあるのよねぇ。似たような丸い石を。商店街だったかしら。」

「港の商店街ですか?」

「そう。どこだったかしら…コロッケを買っておつりを忘れて。つい最近のことなのに思い出せないわ。ごめんなさいね。」

「いえ。ありがとうございました。」

「かわいいわねぇ、がんばってね」

おばさんは手を振りながらお寺に向かって歩いて行った。

「港の商店街で見たって。ねぇ、どうする?」

ヒナタはカイロを振りながら答えた。

「商店街って広いよ。どうやってさがす?」

「だよね…どうしよう」

カケルがポケットから手を出して言った。

「考えるより先に行ってみようよ。なんとかなるって。」

「そうだね。」


4 港の商店街へ

3人は猫の細道を下って住宅街を抜け、港近くにある商店街に到着した。平日なので人はまばらだった。よく利用している駄菓子屋、うどん屋、手芸用品店、雑貨屋など昭和に建てられたお店が並んいる。

「僕、お腹すいてきた。探す前に少しだけお菓子食べない?」

ヒナタは空腹でお腹をさすった。

「いいよ。実は私もお腹すいてきちゃった。商店街の裏にあるフェリー乗場に行ってみない?あそこならベンチがあるし三人座れるよ。」

三人は商店街の細い路地を入って海へ向かって歩いた。商店街の裏路地は昭和時代の木造住宅が並んでいる。そこにはよくわからないガラクタがところどころに置いてあった。錆びた三輪車、自転車の車輪、割れた植木鉢、鳥かご。それとどこからかラーメンの美味しそうなにおいがした。ヒナタはクンクンと鼻から息を吸った。

「うわぁ、醤油ラーメンと唐揚げのにおいだ。」

リンも鼻から息を吸ってみる。

「唐揚げ食べたい」

「ニャー」

「ヒナタ、なんか言った?」

「僕じゃないよ、カケルじゃない?」

「俺じゃない」

「ニャー」

三人は顔を見合わせた。

「猫だ」

周りを見渡したが猫らしき姿がない。

「いないね、逃げちゃったのかな」

そのときカケルが指を差して言った。

「あれって…お地蔵さん?」

リンはカケルが指差した方向を見た。道の端に車のタイヤが積み重なっていて、その影に丸い石のような物が見えた。リンが近づいて確認しようとしたとき石がカタカタと動いた。

「動いた…お地蔵さんじゃないのかな?」

「ここで待ってて。俺が行く。」

カケルが走ろうとしたとき、石からピョコピョコっと二本の白い足が出た。

「え?」

そして更にピョコピョコと追加で二本。合計四本の足が石の胴体を支えてタタタタタタっと走って家の壁と壁の隙間に入っていった。

「え?え?え?いまのなに?」

カケルは走って石が入った隙間を見た。猫なら入れそうな細長い隙間に空き缶が一つ転がっていた。その奥は真っ直ぐ続いていて別の裏道に抜けているようだった。

「なにもいない…。」

ヒナタはびっくりしすぎて口を開けて硬直している。リンはカケルの近くへ走った。同じように隙間を覗いてみる。

「いないね。私、石から足が生えて走ったように見えた。」

「だよな、俺にもそう見えた。」

「ヒナタはどう思う?」

ヒナタは名前を呼ばれてハッとした。

「う、うん。なんかさ、フサフサしてなかった?猫の足みたいに見えたんだけど。」

リンとカケルは目線を合わせて同時に言った。

「猫?!」
「猫?!」

三人は裏路地周辺を探してみたが奇妙な石はどこにもなかった。仕方なくそのままフェリー乗場へ向かった。そこには船の到着を待つ人の為にベンチが4台設置されている。三人は一つのベンチに並んで座った。さっき見た不思議な石はなんだったのか、頭の中を整理をするために。

リンは大きく深呼吸した。目の前に見えるのは赤い桟橋と青い海、遠くの島々、潮の香り。座っているだけで気持ちが落ち着いた。ドゴゴゴゴというエンジン音と共に港にフェリーが到着した。最初に車とバイクが降りたあと乗客が桟橋を渡り始めた。

ヒナタはリュックから板チョコを出して三つに割った。それをリンとカケルに渡す。

「この板チョコの中にイチゴジャムが入ってるんだ。おいしいから食べてみて。」

リンはチョコを受け取って断面を見た。

「ほんとだ、うっすらとイチゴ入ってる。甘酸っぱい、おいしい!」

三人はとりあえずチョコレートを食べて気持ちを落ち着かせた。ヒナタがイチゴジャムを観察しながら言った。

「さっきのあれ…妖怪だったのかな?猫の妖怪なのかな?」

「私は猫のお地蔵さんだと思う。思うんだけど…足が生えてたんだよね。タタタっと走ってたね。」

「お地蔵さんのお化けってことかな。怖いよ、僕もうムリ〜。」

ヒナタは泣きそうな顔をした。カケルはチョコを食べながら冷静に言った。

「妖怪とかお化けとか。俺たちだけで考えてもわかんないよ。」

「僕、先生に聞いてみようかな。」

リンは残りのチョコを全部口の中に入れた。

「ごちそうさまでした。ヒナタ、先生は春休みだから会えないよ。」

「あ、そうだった」

カケルもチョコを食べ終わった。

「うまいなこれ。あのさ、俺のばあちゃんに聞いてみる?なにか知ってるかも。それにそろそろお昼だし、ばあちゃんに頼んで何か作ってもらうよ。」


5 カケルのおばあちゃん

カケルの両親は共働きで、カケルが一歳になったころおばあちゃんに預けられた。幼稚園のお迎えは毎日おばあちゃんが来ていた。小学生になると授業が終わったあとすぐにおばあちゃんの家へ帰った。三つ下の弟、カナタが先に幼稚園から帰っているので、その遊び相手をする為だ。

大きくなった今も学校が終われば兄弟でおばあちゃんの家で過ごしている。両親の仕事が終わるまでそこで待っているらしい。両親と離れて過ごす時間が多いからなのかカケルはとてもしっかりしている。面倒見もいいし、カケルから愚痴を聞くことは滅多にない。リンはそんなカケルのことも大好きだった。


カケルのおばあちゃんの家は猫のお寺の近くにあった。木造の家で玄関を開けると木とお線香のかおりがした。

「ばあちゃーん、ただいまー!」

カケルは奥の部屋まで聞こえるような大きな声で言った。するとスリッパの音がパタパタとしておばあちゃんがリビングから出てきた。ショートカットでひまわりのエプロンをしている。

「おかえり。あらリンちゃんとヒナタくんも一緒。」

「ばあちゃん、お腹すいた。なんか作って。リンたちのぶんもね。」

「もうお昼?時間がたつのは早いわね。焼きそばでいい?」

「いいよ。みんなあがって。」

リンとヒナタはお辞儀をして

「おじゃまします。」

と言ったあと靴を脱いで、玄関で靴を揃えた。

「俺、ちょっとトイレ。」

カケルは先に廊下を走ってトイレへ行った。
二人はおばあさんに案内されて奥にあるリビングへ入った。ダイニングテーブルに座ると温かいお茶を出してくれた。

「いつもカケルと仲良くしてくれてありがとう。」

リンはニコッと笑って答えた。

「カケルってしっかりしてるから、私たちいつも助けてもらってます。ね、ヒナタ。」

「うん。運動神経もいいし、僕にサッカー教えてくれるんです。」

「そうなの。あの子外でもしっかり者なのね。カケルはリンちゃんやヒナタくんに悩み事を相談することってある?」

「カケルが悩み事?私には言わないです」

「僕も聞いたことないです」

「そう…実は私や親にも悩み事を言わないのよ。それが逆に心配で。あの子の両親は小さいころから働いていて、弟もいるじゃない。だから無意識に自分がしっかりしなきゃと思ってるみたいなの。でも人ってずっとしっかりできるものじゃないでしょ?」

「カケルは頑張り過ぎてるってことですか?」

「そう、たぶんね。リンちゃん、ヒナタくん、カケルの悩みを聞いてあげてね。悩み事はない?って聞いてあげるだけでいいの。それだけで肩の力が抜けて、一人でがんばらなくていいんだって思えるから。」

「わかりました。私、忘れないように時々聞きます。」

リンはマグカップのお茶を一口飲んで間を置いて言った。

「私もカケルの気持ちわかります。うちは私とママの二人暮らしなんです。だから、自分がしっかりしてママを助けたいって思うし。親がいない時間は一人で解決しなきゃいけないこともあるし。きっとカケルも私と同じような気持ちだと思うんです。」

「僕もカケルの気持ちわかる。僕は体が弱くていつも両親に心配かけてるから、もっと強くなりたいしっかりしたいって思います。」

「二人とも優しくて強い子なのね。カケルには素敵なお友達がいるのね。二人が側にいるなら安心だわ。ありがとう。」

カケルがトイレから戻ってきた。

「ばあちゃん、焼きそばは?」

「はい、はい」

おばあちゃんはキッチンに立ってフライパンを出した。キャベツを切り手際よく焼きそばを炒めるとテーブルに白いお皿を三つ並べた。そして焼きそばを均等に分けたあとタコさんウインナーをのせてくれた。そして冷蔵庫からイチゴを出してテーブルに置く。

「はい、どうぞ。食べてもいいわよ。」

「いただきます。」

三人は湯気の出ている焼きそばをフーフーしながら頬張った。カケルは焼きそばを一口食べて感想を言った。

「ばあちゃん、今日の焼きそばも最高」

「そう?フフフフフ、やっぱり店出そうかしら」

「カナタは?」

「お友達といっしょにハンバーガー食べに行ったわよ」

「そっか」

おばあさんはカケルの隣に座って紅茶を飲んでいる。カケルは焼きそばを食べながらさっき見た不思議な石の話をした。

「丸い石に足が4本生えてさ、走ったんだよ。猫のお地蔵さんに見えたんだけどさ。すぐにいなくなったから結局なんだったのかよくわからない」

「フフフフ」

おばあさんは口元に手を当てて楽しそうに笑った。

「フフフ、まさかカケルも見るなんて。ばあちゃんもね、子供の頃見たことあるわよ。」

「え?!!」

「駅のホームでね。」


おばあちゃんはにっこり笑ってそのときのことを話してくれた。
それはおばあちゃん(サツキ)が10歳の頃。その日はお盆で駅は帰省する人たちで混み合っていた。サツキは母親と弟と一緒に親戚の家へ遊びに行く為、ホームで電車を待っていた。母はベンチに座るとショルダーバッグのファスナーを開いて何かを探しだした。

「帰りの切符はどこへ入れたかしら…えっと…」

しばらくすると隣町へ向かう電車がキキーっと音を立てて入ってきた。電車の扉が開き、乗客が降りるとホームで待っていた人達が電車に乗り込んだ。みな席に座って落ち着くと発車のベルを待っていた。しかしいつまでたっても扉は閉まらなかった。ふと見ると先頭車両の扉の前で車掌さんと駅員さんがなにかを話している。サツキは弟と手をつなぎ先頭車両まで歩いて二人の様子を眺めた。

「僕が運転席に座るとニャーニャーと鳴くんです。どこを探しても猫の姿がなくて、困りました。どうしましょう?」

「猫?俺が運転席を点検する」

年配の駅員が運転席の扉を開け中へ入った。しばらくすると出てきて首を傾げた。

「変だな、確かにニャーニャーと聞こえるが、どこにもいなかった。もしかしたら一両目のお客さんが飼い猫を持ち込んでるんじゃないか?出発しても問題ないだろ。」

「はい。」

そのとき駅のホームからアナウンスが聞こえた。

「ご乗車のお客様へご連絡申し上げます。この先の北山トンネル内で落石がありただいま点検中です。その為発車時刻がおよそ30分ほど遅れます。ご迷惑をおかけしますが、しばらくお待ちください。」

車掌と駅員は上を向いてスピーカーから流れる音声に注目した。そのとき、運転席の開いたままの扉から丸いものがジャンプしてホームに着地した。サツキは石が落ちてきたと思ったが、その石には4本の白い足があった。そしてタタタタっと走ると線路内に飛び込んで姿を消した。一瞬の出来事だった。

サツキは弟と一緒に走ってベンチに座っていた母親に伝えた。母親は「石?線路の石じゃない?」と全く信じてくれなかった。結局、その石を見たのは自分と弟だけで、後にも先にもそれっきりだった。大人になって弟は忘れてしまったが、サツキはずっと覚えていた。そして何十年もたった今、その不思議な生き物の話をまさか自分の孫から聞かされるとは思ってもみなかった。


「あのまま電車が発車していれば、大変な事故になったかもしれない。でも不思議な生き物、たぶん猫のお地蔵さんね。あのお地蔵さんのおかげで、みんな助かったのよ。おばあちゃんはそう思ってる。」


三人は昼食をすませたあと近所の公園へ行った。いつもの白いベンチに並んで座る。ヒナタはリュックからノートと鉛筆を取り出した。黙ってなにかを書いている。リンは気になってノートを覗き込んだ。

「なにしてるの?」

「お地蔵さんを見つけた場所を忘れないようにメモしてるんだ。」

「ふーん。」

「僕にできることってこれくらいしかないから。僕、体力がなくていつも二人に助けてもらってるでしょ。たまには助けたい、役に立ちたいんだ」

「ヒナタ…。私ヒナタにずっと助けてもらってるよ」

「え?」

「学校で嫌なことがあったときや寂しくて苦しくなるとき、ヒナタに会うと元気になれる。ヒナタはいつも笑ってるから。」

カケルもうなずいた。

「俺も。ヒナタが笑ってると笑っちゃう。楽しくなる。なんでかよくわかんないけど。」

ヒナタは向日葵みたいにパッと笑った。

「そ、そうなの?ありがとう。」

ヒナタがメモを書き終わるまでリンとカケルはブランコに乗って待つことにした。カケルはブランコを軽く揺らしながら話した。

「お地蔵さんが猫の細道から消えたのは、誰かのイタズラじゃなかったんだな。」

「そうだね。足が生えてたし、自分で歩いて移動したんだと思う。」

「なんで商店街にいたんだろう」

「私思ったんだけど、和尚さんの話に出てきた猫たちって人を助けたじゃない?カケルのおばあちゃんの話の中でも人を助けたみたいだし。今も誰かを助ける為に動いてるんじゃないかと思うの。」

「ってことは…商店街で人助けしてるってこと?」

「うん。」

「だとしたら商店街で猫の鳴き声を聞いて助かった人がいるかもな。」

「明日、もう一度商店街へ行ってみない?」

「オッケー。俺、明日も暇だし。」


6 火の用心

次の日の昼過ぎ。
三人は港の商店街の裏道へ向かった。お地蔵さんを発見した場所に到着するとリンは周囲を見渡して言った。

「昨日、ここにお地蔵さんがいたんだよね。この周辺のお店の人に話を聞いてみよう。」

三人はまずよく行く駄菓子屋へ入った。低い棚に小さなガムやチョコ、ラムネが色鮮やかに並んでいる。天井にはシャボン玉、風船、風車、水鉄砲などのおもちゃがぶら下がっていた。
リンはレジにいるおばちゃんに話を聞いてみた。ベレー帽に黒縁メガネを掛けたおばちゃんは言った。

「ね、猫のお地蔵さんが商店街に?見たことないわ。」

「それじゃ、ニャーニャーってずっと鳴く猫いませんでした?」

「この街には猫がたくさんいるからねぇ。私は知らないわ。」

「そうですか」

「ああでも、今日隣のラーメン屋さんで食事したとき店長が猫がどうのこうのって言ってたわね。夜に鳴いてたとかなんとか。」

三人は駄菓子屋を出て隣にある醤油ラーメン店へ入った。扉を開けると醤油ラーメのいい香りが。それと威勢のいい男の声が飛んできた。店内は昼のピークを過ぎていたのでお客さんは少なかった。

「はい、らっしゃーい!」

頭にタオルを巻いた店長がカウンター越しにこちらを見た。

「すみません。私たちラーメンを食べにきたんじゃなくて、お話を聞きに来ました。」

「ん?社会見学かなんか?」

「いえ、猫のお地蔵さんを探してるんです。」

リンは店長に事情を話した。店長は調理しながら「猫のお地蔵さんの石?、石、石…」と言いながら何かを思い出そうとしている。

「お地蔵さんかどうかはわからないけど、丸い石だったら裏口を出たところに一つ転がってたな。」

「あの、それと、猫の鳴き声聞こえませんでした?」

「鳴き声だったらおとついの夜聞いたよ。何度も鳴くからさ、気になって猫を探したんだけど姿が見えなくて。まあ、猫はいなかったけど、おかげでタバコのポイ捨てを発見したよ。火がついたまま誰かが捨てたみたいで、ゴミ袋が焦げて危ないところだったよ。」

三人はお互いに目線を合わせた。言いたいことはみんな同じだった。

「お地蔵さんかも」


それから三人は他のお店の人にも聞いてまわったが、これといってお地蔵さんに関する情報はなかった。でも最後に寄った雑貨屋さんで、またタバコのポイ捨ての話を聞いた。そこは猫の文房具やぬいぐるみ、マグカップ、ポストカードを扱ってる猫雑貨専門店だった。店長は髪の毛を頭のてっぺんでお団子にして猫のエプロンをつけていた。

「猫は知らないけど、最近この周辺でタバコのポイ捨てがあるみたいよ。夜にね、火がついたままのタバコを捨てる人がいるみたい。うちの店の外に置いていた玄関マットが少し焦げてたこともあったわ。交番に聞いたらうち以外にも被害にあったお店があったらしいの。夜になると変な人が歩いてるのね。君たちも気をつけてね。」

「はい。ポイ捨てがあった他の店ってどこですか?」

「噂なんだけど駅前のコンビニだって。怖いわよねぇ。」

三人は雑貨屋を出ると商店街を北に向かって歩いた。カケルはポケットに手を突っ込んでリンに言った。

「コンビニ行ってみる?」

「うん。コンビニにも猫のお地蔵さんが現れたかもしれない。話だけでも聞いてみようよ。」

ヒナタは商店街の出口を指差した。

「このまま商店街を抜けてまっすぐ進んだら駅があるよ」

三人は駅の南口にあるコンビニに到着した。店内に入ると一人の店員が本の整理をしていた。リンはその若い女性に話しかけた。

「あのすみません。聞きたいことがあるんですけど。」

店員は手にしていた雑誌を本棚に戻してリンを見下ろした。

「なに?」

「最近このお店でタバコのポイ捨てがあって火事になりそうだったって聞きました。そのときのこと聞いてもいいですか?」

「どうして?」

「え…えっと…」

リンが答えに困っているとヒナタがとっさに嘘をついた。

「火の用心の作文を書く為です。春休みの宿題なんです。」

「へぇ、そうなんだ。それで取材してるんだ。小学生も大変だね。」

店員さんは同情したような表情をしたあとタバコのポイ捨てがあった日のことを話してくれた。

「4日前の夜中にね、お店に一人の中年男性が入ってきてさ。ゆらゆら揺れながら歩いてたからお酒を飲んでたんだと思う。おつまみを何個か買って店の外に出ると喫煙コーナーでタバコを吸ってた。

それからレジで事務作業してたらさ、男の怒鳴り声がして。さっきの中年男性が黒いコートの男に向かって怒鳴ってた。なにを言ってたのかはわかんない。黒いコートの男は何も言わず走って逃げちゃった。

その後、誰もいなくなって静かになったなと思ったらニャーニャーって猫の鳴き声がしたんだ。

うちのゴミ箱を荒らす猫は結構いたから、またかと思って店の外に出たの。
そしたら店の裏側から妙に焦げ臭いにおいがして。行ってみると誰かが捨てたスーパーのゴミ袋に火がついててさ。びっくりしてすぐに裏の蛇口をひねって消火したの。灰になったゴミを調べたらタバコの吸い殻が入ってた。誰かがゴミ袋の中にタバコの吸い殻を入れて、その火がゴミにうつったみたい。ほんと勘弁してほしいわ。」

「猫は見かけませんでした?」

「ん?言われてみれば…あれだけ鳴いてたのに猫は一匹もいなかったわ。」

「そうですか。情報ありがとうございました。」

「作文書けそう?」

「は、はい。」

「よかった。がんばってね。」


三人はコンビニを出てフェリー乗場へ向かって歩いた。フェリー乗り場の到着するとベンチに座り、ヒナタが持ってきたポテトチップスの封を開けた。それを三人で食べながら頭の中を整理した。リンはコンビニ店員の話から自分が考えていた通り猫のお地蔵さんが人助けをしていると確信した。

「私考えたんだけど、猫のお地蔵さんはまだこの周辺にいると思う。」

ヒナタが水筒の麦茶を飲む手を止めてリンを見つめた。

「どうして?」

「商店街と駅前のコンビニでタバコのポイ捨てをした人って同じ犯人だと思うの。火がついたままのタバコをわざと捨ててるのかな。きっとまた近いうちに捨てると思う。猫のお地蔵さんはその犯人を尾行してるんじゃないかな。でないとタイミングよくニャーニャーと鳴けないもの。」

「確かに…タバコのポイ捨てが火事にならないよう見張るには犯人を尾行してないと間に合わないよね。」

「コンビニに来た酔ったおじさんが犯人なのかな。お店の外でタバコを吸ってたわけだし。」

「犯人ねぇ…お地蔵さんを見つけることができたらなぁ。その近くに犯人がいるはずだよね。」

「お地蔵さんの居場所を探す方法ないかな。ポイ捨ては夜に発生してるから夜は動いてるよね。昼間はどうなんだろう?どこかにじっとしてるのかな。」

「うーん、どうだろう…。」

ヒナタは斜め上を見ながら一生懸命考えている。カケルはベンチから立ち上がって遠くのフェリーを眺めた。傾きかけた太陽にキラキラ光る海面、その上を白いフェリーはゆっくりと島へ向かって進んでいる。

「お地蔵さんは猫なんだし、猫のいそうな場所にいるんじゃない?」

カケルの言葉にヒナタはハッとしてベンチから立ち上がった。

「カケルの言う通りだ!石になっても猫は猫だ!」

「そっか、単純に考えればいいのね。私この近くで猫が集まってる場所知ってる。」

カケルは手のひらを下に向けて前に差し出した。リンとヒナタはその上に自分の手のひらを重ねた。カケルは気合を入れるように張りのある声で言った。

「行こう!猫のお地蔵さんと一緒に俺たちの街を守ろう!」


7 猫はやっぱり猫

三人はリンを先頭に海沿いの歩道を歩いた。しばらくすると小さな港に漁船が数隻見えてきた。そこは静かな住宅地、昭和の木造の家が隙間なく建てられている。その中に雑草の生えた小さな空き地があった。その空き地には廃材が置かれていて、そこに数匹のまち猫が暮らしていた。

「この空き地に猫が集まってるの。ママと一緒に散歩してたときに偶然見つけたんだ。」

ヒナタは空き地でくつろいでいる猫を指差して数えた。

「いち、に、さん。三匹いる」

「俺こっち探すよ」

カケルは空き地の中へ入って廃材の裏側を。ヒナタは草むらの中を。リンは大きな古い木材が重なっている隙間を覗いた。
ヒナタは背の低い草むらの奥へと進んだ。冬の枯れ草と春の若葉が混ざっている。草をかき分けて地面を覗こうとすると何かが飛んできた。

「うわっ、なにか虫が飛んできた。こっちにはいないと思うよ。リンのところは?」

「えっと…。木材の隙間が暗くて見えにくい。」

リンはしゃがんで一番奥の大きな隙間を覗く。ぼんやりとだがツルンとした石の丸い輪郭が見えた。

「あった!いた、いたよ、お地蔵さん!」

リンは隙間の奥に手を伸ばしてお地蔵さんを触ってみた。お地蔵さんは丸い石のままだった。

「動かない、もしかして寝てるのかな?」

カケルも側にきてお地蔵さんを触ってみた。

「ほんとだ、普通の硬い石だ。夜活動してるから疲れて寝てるとか?」

リンはお地蔵さんに話しかけた。

「猫のお地蔵さん、私リンって言います。お地蔵さんはこの街を守ってるんですか?タバコのポイ捨てが火事にならないよう見張ってるの?」

数秒待ってみたが、なんの反応もなかった。ヒナタは草むらからフサフサした猫じゃらしのような雑草を取ってきた。そしてお地蔵さんの顔の前でチョコチョコと動かした。
するとお地蔵さんがカタ、カタカタと動いた。石からピョコっと長い尻尾が現れる。それは白と黒と茶の色が混ざっていた。ヒナタはびっくりして尻もちをつくと大声を出した。

「し、し、し、尻尾が出た!」

とっさにカケルがヒナタの口をふさいだ。

「静かに!」

更に石からピョコピョコピョコピョコと四本の足が出た。胴体の石を持ち上げるとタタタタと隙間から出てきて木材の山のてっぺんに飛び乗った。お地蔵さんは太陽の日差しを受けながら背伸びをするようにピーンっと足を伸ばした。すると石の胴体からふわふわの毛がポンポンと出て頭も胴体もどこから見ても立派な三毛猫になった。三毛猫は堂々と三人の前をテテテテと歩いて、なに食わぬ顔で空き地を出ていく。

三人はあまりに驚いてポカンと口を開けたまま動けなかった。カケルが一番最初に我に返って声を出した。

「お、俺たちも行こう!お地蔵さんについて行くんだ!」

「う、うん!」

三人はゆっくり歩くお地蔵さんの後ろをついて歩いた。しばらくすると商店街に入り〝やきとり一番〝の看板の前で止まった。そして店の前でお座りをして三人を見上げた。リンは見下ろして足元のお地蔵さんに質問した。

「お地蔵さん、ここになにかあるの?」

「ニャー」

「ここって大人がお酒を飲む店だよね」

カケルはドアにぶら下げてあるプレートを読んだ。

「只今準備中。店の営業時間は19時からって書いてある」

「夜か…。私たちじゃ調べられないね。このお店になにがあるんだろう。」

リンは足元にいるお地蔵さんに聞こうとしたが、いつのまにか石に戻っていた。

「お地蔵さんが石に戻ってる」

リンはしゃがんでお地蔵さんをつついてみたが反応がなかった。

「寝ちゃったみたい」

ヒナタはしゃがんでお地蔵さんを抱っこした。

「たぶん疲れちゃったんだよ。ここで寝たら目立つから元の空き地に戻してあげよう」


三人が引き返そうとしたとき、店の中から大きな声が聞こえた。扉の向こうで男が誰かと話をしている。他に声が聞こえないので、たぶん電話で話をしているのだろう。

「お願いします!もう少し待ってください、月末にはお金が用意できるんで。はい、はい、そうです。必ず返せます。それじゃ。」

「店長、大丈夫ですか?お金用意できなかったらこの店…」

「当てがあるから大丈夫だ。いつも心配させて悪いな。」

「いえ。あの僕にできることないですか?」

「金のことは俺がなんとかするから。」

会話が終わり静かになった。リンは中の人に聞こえないように小さな声で言った。

「お金を返すって言ってたね、借金があるのかな。」

ヒナタが静かにうなずいた。

「そうだと思う。この店つぶれちゃうのかな。」

突然、店の扉が開いて男が出てきた。無精髭に黒いジャンバー。目の前にリンたちがいることに驚いて目を丸くした。

「わっ!なんだ小学生か。心臓に悪いな。」

「すみません」

「こんなところでなにやってんの?この店、子供は入れないよ。」

「私たち火の用心について調べてるんです」

「火の用心?なんでうちの前に?」

「最近、商店街でタバコのポイ捨てがあるって聞きました。やきとり屋さんは大丈夫かなって心配になって。」

「俺の店はなんもないよ。」

「タバコを吸うお客さんって来ますか?」

「そりゃ、来るよ。どこの飲食店にもいるだろ。俺、急いでるんだ。もういい?」

「はい、ありがとうございました。」

「気をつけて帰れよ」

店長は店の前に停めていたバイクに乗ってその場を去った。ヒナタはお地蔵さんの丸い背中をなでながら言った。

「ここにはポイ捨てなかったみたいだね」

「うーん…じゃあどうしてお地蔵さんはここへ来たのかな。私たちになにか伝えたいはずなのに。」

「犯人がここに通ってるとか。ほらコンビニの店員さんが言ってたよね、おじさんはお酒を飲んで酔ってたみたいだったって…。」

「そのおじさんが犯人でやきとり屋で飲んでるってこと?」

「そうかなって。わかんないけど。」

カケルはヒナタからお地蔵さんを受け取って両手で顔を挟んでジッと見た。

「なにか言ってくれたらいいんだけど猫だからなぁ…」


8 猫の探偵

次の日の昼過ぎ三人はカケルのおばあちゃんの家へ集合した。リビングにはカケルの弟カナタもいた。四人でローテーブルを囲むとカケルは画用紙に鉛筆で文字を書いた。おばあちゃんが寄ってきて画用紙を覗き込んだ。

「カケル、なに描いてるの?」

「ポスター」

描くのに夢中になっているカケルの代わりにカナタが答えた。

「兄ちゃん、火の用心のポスター描いてるんだよ」

リンは火を消す猫の姿を描きながら説明した。

「猫のお地蔵さんが火事から街を守ってるんです。私たちにもなにかできないかなと思って。三人で話し合ってポスターを書くことにしました。」

「そう、偉いわね。三人で描くの楽しそうね。」

ヒナタはクレヨンで火の用心の文字に色を塗りながら言った。

「これ、できたらどこに貼る?」

カケルが手を止めて考えているとおばあちゃんがフフっと笑って答えた。

「おばあちゃんが知り合いに頼んであげるわよ。商店街の中に交番があるでしょ。あそこに勤めてるの友達の息子さんなのよ。その人にお願いしてあげる。」

ヒナタは目を輝かせて笑顔になった。

「やった、交番に貼ってもらえる!がんばって描こう!」

急にテンションの上がったヒナタにリンとカケルもつられて笑顔になった。

一時間後、三人は作ったばかりのポスターを持って交番の扉を開いた。中で事務作業をしていたお巡りさんがハッと顔を上げてニッコリ笑って近づいてきた。

「カケルくんたちだね、おばあさんから連絡をもらった佐々木です。」

「これ私たちが作ったポスターです。交番に貼ってもらえますか?」

「うん、いいよ。」

お巡りさんは丸めたポスターを受け取って交番の外にある掲示板に貼り付けた。

「火の用心か。よく描けてるね。」

「三人で協力して描きました。タバコのポイ捨てをなくしたくて。」

「ああ、最近商店街で発生してる件だね。このポスターを見たらポイ捨てなくなるかも。ありがとう。」

お巡りさんは三人にお礼を言って事務作業に戻った。リンは交番から少し離れて掲示板に貼られたポスターをじっくり眺めてみた。

「なんだか嬉しいね。私たちにもできることがあるんだ。私一人だったらここまでできなかったと思う。」

「僕も。そういえば三人で同じ目標に向かって協力したことってなかったよね。ゲーム以外で。」

「そうだよな。俺たちゲーム以外で協力したことなかったかも。しかも一緒に何かを作る作業って初めてだよな。」

「私、作ってるとき楽しかった。また何か作りたいな。」

リンはお地蔵さんにポスターのことを報告したくなった。

「ねぇ、今から空き地に行ってお地蔵さんの様子を見てみようよ」

「僕もそう思ってた」

「俺も」

空き地に到着すると、まち猫が数匹日向ぼっこをしていた。リンは廃材の隙間を覗いてみたが猫のお地蔵さんはいなかった。

「あれ…いない。お散歩に行ったのかな。」

「そうかも。僕会いたかったな、残念だなぁ。」

「次、どこへ行く?」

カケルは斜めがけしているボディーバッグからガサガサと袋を取り出した。

「フェリー乗場でおやつ食べない?俺、ばあちゃんからドーナツもらったんだ。」

三人はフェリー乗り場へ移動してベンチに座った。雲ひとつない空と青い海、春の暖かい日差しが気持ちよかった。みんなでドーナツを食べながら景色を眺める。

「おいしいね、これカケルのおばあちゃんの手作り?」

「そう。豆腐ドーナッツ。」

「お豆腐苦手だけど、これなら食べれる。」

ヒナタはドーナツの穴から景色を眺めている。

「ねえ、こうやって見ると望遠鏡みたい」

「俺もやってみる。お、いい感じ。」

「私も。アハハハハ、ヒナタの顔が見えた」

「ハハハハ、なんで僕見るの?」

ドゴゴゴゴゴとエンジン音を立てながらフェリーが港に入ってきた。リンはドーナツの穴をフェリーに合わせてみる。フェリーは港に到着すると桟橋とつながり、車や乗船客が順番に降りてきた。そのあと港でフェリーを待っていた人達が乗船していく。よく見る光景だった。でもその中に小さな生き物が見えた。

「ん?猫がいる…。」

目を凝らしてよく見ると猫のお地蔵さんだった。

「お地蔵さんだ。どうしてフェリーに?」

ヒナタとカケルもリンと同じ方向を見た。お地蔵さんは桟橋を渡って係員の前を通り過ぎた。リンは不思議に思った。お地蔵さんの周りには大人や子供がたくさんいるのに、誰も猫に気付かない。

「みんなにはお地蔵さんが見えないのかな。」

ヒナタはドーナツ越しにお地蔵さんを目で追った。

「見えてないみたい。お地蔵さん堂々と歩いてる。」

「俺たちにしか見えてないってこと?」

お地蔵さんは黒いコートの男のすぐ後ろを歩いている。男がフェリーに乗るとお地蔵さんもためらいもなくフェリーに乗ってしまった。リンはベンチから立ち上がった。

「あの男の人から離れないように歩いてる。あの人が犯人ってことじゃないよね…。」

「僕たち探偵みたいだね。」

「きっとなにかあるんだ。俺たちもフェリーに乗ろう。」


9 フェリーに乗る

三人は走ってフェリーに乗り込んだ。この船は街と近くの島を往復している。所要時間は片道15分。一階の駐車スペースには車が数台停車してあった。三人は階段を登って客室のある二階へ移動した。金属のドアを開けて客室に入ると座席が何列も並んでいた。席は乗船客で3分の1ほど埋まっている。リンは座席と座席の間の床を確認しながらお地蔵さんの姿を探した。客室全体をまわって一通り調べてみたがどこにもいなかった。

「ここにはいないみたい。どこへ行ったんだろう。」

「もしかしたら船の先頭にあるデッキにいるかも」

ヒナタは客室の先にあるデッキを指差した。リンは前に進んで客室とデッキを隔てるドアを開けようとして動きを止めた。ドアの窓から外を見ると三毛猫になったお地蔵さんと男の姿を発見したからだ。

「いた…。ドアを開けてデッキに入ったら男の人に気付かれてしまう」

カケルも窓を除き込んだ。

「一人しかいない。俺たちが入ったら目立つな。ここからこっそり覗いたほうが良さそうだ。」

三人は座席に座って窓からこっそり様子を伺った。フェリーが動き出すと男は手すりに肘をついてタバコを吸い始めた。黒いコートが風に揺れ男の横顔が見えた。リンは見覚えのある顔にドキッとした。

「あの人、やきとり一番の店長さんだ」

店長は顔色が悪く目の下にクマができていた。海を眺めながら独り言をつぶやいていた。

「金、金、金か…明日までに用意しないと…ハハハ、できるわけねぇか。もう終わりだ。店を閉じて借金だけ残って。生きていても仕方がない。これが最後の一服だ。」

リンは店長が何かをつぶやいているのはわかったが、その声はエンジン音で全く届かなかった。

「なんか様子がおかしいね。元気ないみたい。」

ヒナタもリンと同じように感じた。

「ほんとだね。悲しいことでもあったのかな。にしてもお地蔵さん、ぜんぜん動かない。」

フェリーは街と島のちょうど中央地点を通過した。ここは海の色が濃く潮の流れも早い。店長はタバコを海へ投げ捨てると両手で手すりを握り片足を手すりの上にかけた。カケルは叫んだ。

「あの人海へ飛び込むぞ!!」

リンとヒナタはカケルの言葉に驚いて座席から立ち上がった。その瞬間、店長は手すりから身を乗り出して海へ飛び込んだ。三人は急いで客室から出るとデッキの手すりから見下ろして海を見た。会場に店長の体が無気力にプカプカ浮いている。そして目を閉じて波に呑まれるまま強い潮の流れで、どんどん船から遠ざかっていく。リンは動きのない店長にゾクッとした。

「あの人泳ごうとしてない。死のうとしてるんじゃ…。」

「俺、船の人呼んでくる!」

カケルは一階の駐車スペースにいる船員を見つけて走って階段を降りた。残ったリンとヒナタは店長に向かって叫んだ。

「店長!がんばって!」

「体が沈んでる、少しでもいいから泳いで!」

聞こえているはずなのに反応がなかった。リンはどんな言葉を掛けたら店長の耳に心に届くのかわからなかった。でも、ふいにカケルのおばあちゃんの言葉を思い出した。

「悩み事ありませんか!誰でもいいんです、誰かに話してください!そしたら少しは肩の力が抜けて、一人でがんばらなくてもいいんだって思えるから!」

ヒナタも一緒になって叫んだ。

「ないものを数えたらダメです!あるものを数えるんです!僕はそうやって笑ってがんばってこれました!店長、あきらめないでがんばって!」

仰向けになって浮かんでいる店長の目がうっすらと開いた。口元が少し笑っているように見えた。でも次の瞬間大きな波がきて店長の体は海へ沈んで見えなくなってしまった。リンは大きく息を吸い込んで精一杯叫んだ。

「死なないで!!」

突然、リンとヒナタの後ろにいたお地蔵さんが

「ニャぉーー!!」

と威嚇するように強く鳴いた。リンとヒナタが振り返るとお地蔵さんの体はムクムクと大きくなって巨大な三毛猫になった。そして狩をするように前足に力を入れて身構えたあとジャンプした。風のように手すりを飛び越えると海へ向かって落下した。

「お地蔵さん!!」

お地蔵さんが海へ着地すると大きな水しぶきが上がった。お地蔵さんは水面に立つと音もなくタタタタと走って店長が沈んだ海面に顔を突っ込んだ。そしてずぶ濡れになった店長を口にくわえると子猫を運ぶように慎重に歩き、フェリーに飛び乗った。お地蔵さんと共に水しぶきが大きな波のようにフェリーに入ってくる。軽々と一階の駐車スペースに着地すると店長をそっと床へ下ろした。

リンとヒナタは急いで一階へ向かおうとしたとき、カケルが船員二人を連れて二階へ登ってきた。船員は慌てた様子で叫んだ。

「君たち海に転落したお客さんはどこへ?!」

「手すりから海に落ちたんですけど、今は一階の駐車スペースにいます」

「え?!誰かが助けたの?」

「えっと、それは…」

二人の船員は困惑した顔で眉をひそめた。そして確認の為、手すりから身を乗り出して一階の駐車スペースを見下ろした。ずぶ濡れになった男が床に倒れているのを発見すると急いで階段を降りて行った。カケルはなにがなんだかわからずリンに聞いた。

「どういうこと?」

「お地蔵さんが大きくなって店長を助けたの」

カケルが手すりから見下ろすと巨大な三毛猫お地蔵さんはフェリーから海へ飛び出した。そして振り返り海面にお座りすると二階にいるリン、ヒナタ、カケルに向かって

「ニャー」

とひと鳴きし水しぶきを立てながら空へ向かって走って行った。青い空に小雨を降らせながら高台にあるお寺の方向へ。そして徐々に体が半透明になり空と一体化するように消えて、お地蔵さんが走った痕跡が七色の虹になった。




数日後、三人は猫の細道にやってきた。春の日差しの中で猫のお地蔵さんは丸い石の姿でそこにいた。風に揺れる竹林の下で静かに眠っているように見えた。リンはお地蔵さんに話しかけた。

「お地蔵さんのおかげで店長さん助かったよ。これカケルのおばあちゃんから。」

リンは手に持っていた小さなチューリップのブーケをお地蔵さんの前に置いた。ヒナタはお地蔵さんの頭をやさしく撫でた。

「ほんとによかったよね。店長さん元気になって。商店街の組合の人からお金を借りてがんばってるって。」

カケルは猫のお地蔵さんに飴玉を一つあげた。

「それとタバコのポイ捨て。たぶん店長が犯人だったんだろ?あれからポイ捨てがなくなった。みんな安心して暮らしてるよ。サンキューお地蔵さん。」

お地蔵さんは石のまま静かにしている。するとお寺の方向から和尚さんが猫の細道を下ってきた。

「久しぶりだね、君たちまた来たのかい?」

「はい。猫のお地蔵さんを見に来ました。」

和尚さんはブーケのそばにいるお地蔵さんを見た。

「これは…いなくなったお地蔵さんが戻ってきたみたいだね」

「はい。あの…私たちお地蔵さんが三毛猫になって歩いてるところを見ました。和尚さん、お地蔵さんが数年に一度いなくなるって言ってましたよね。それって誰かのイタズラじゃなくて…。人助けの為にお地蔵さんが自分でこの場所から移動してるからだと思います。」

「ハハハハハ、そうかもしれない。そうだといいね。」

カケルはリンとヒナタに声をかけた。

「そろそろ行こう。たまった宿題やらなきゃ。」

ヒナタはガクっと肩を落とした。

「はぁ…そうだった」

リンは和尚さんに一礼して猫の細道を後にした。和尚さんは三人を見送ったあと猫のお地蔵さんに声をかけた。

「お勤めご苦労様です。あとで煮干しをお出ししますね。」

静かになった猫の細道で、お地蔵さんは小さな尻尾を出してゆらゆら揺らしていた。


おわり






※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。


ここまで読んでくださってありがとうございました😊春休みが近いので子供が主人公のお話を書いてみました。お話に出てくる街は尾道を参考にさせて頂きました。ノスタルジックな素敵な街ですね🐈




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