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2016年6月の記事一覧

四択

 朝食を摂りながら、隅から隅まで繰り返し朝刊に目を通すのが俺の日課。今朝の紙面には、「ゲーム世代」「アニメ世代」という言葉が躍る。ここ数年で増加の一途をたどっている、若者による残忍な事件に関する特集だ。アニメや映画などで人の命を奪うというシーンを頻繁に目にすることに起因する、ゲームのように人生もリセットボタン一つで何度もやり直しがきくと思い込んでいるなどという意見が目に付く。確かに、影響はあるのか

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「お電話、ありがとうございます。A社お客様センター、担当の上田です。」

 小さな部屋の片隅にある電話は、休む間もなく稼働している。

「おたくのドライヤー、一時間使ってたら煙が出てきたの。」

「申し訳ございません。お客様にお怪我はなかったでしょうか?」

「えっ? 私は大丈夫だけど……。」

「それをうかがって安心いたしました。お部屋やお洋服の損傷もございませんでしょうか?」

「それも大丈夫

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母と私と

 築四十年の市営団地。薄暗いエレベーターホールでエレベーターを待っていると、幼いころの思い出が蘇る。母の乗っているエレベーターを、息を切らしながら待つ私である。

 この団地ができたのは、私が小学生になった年だ。この辺りで初めてのエレベーター付き集合住宅だった。完成と同時に私達家族も引っ越してきたので、ここは私の人生の拠点とも言える。

 幼かった私にとってエレベーターはとても不思議な乗り物で、毎

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表彰台のてっぺん

 夢に見た表彰台の一番上。ここから見える景色は、やはり格別だ。今までの努力が報われた。頭の中を、これまでの様々なことが走馬燈のように駆け巡る。辛い練習を乗り越え、長く苦しいスランプとも闘った。時にコーチとの関係すら危ういものとなり、常に古傷が再発する恐怖とも向き合った。自分自身をも信じられなくなり、ひたすら辞めたいとだけ思っていた時期もあった。その全てを乗り越え、自分に打ち勝ち、ようやく手に入れた

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アイ

「なんでもやってもらえるのが、当たり前だと思ってるんでしょ?」

「別にそんな風に思ってないよ。」

 これまでの人生、実家から出たことのない二十代半ばのI子。大学も二時間かけて実家から通い、社会人となった今も実家からの車通勤だ。そんな娘の生活態度に、母親は時々爆発した。

「お母さんは、家政婦じゃありません。」

「だから、そんな風に思ってないし。」

「どうせ一人じゃ、何もできないくせに。」

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