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【感想】王子様、S、シトロニア  :MANKAI STAGE『A3!』ACT2! ~WINTER 2023

 原作未プレイでエーステを通して物語を追っている、シトロンくんが好きなカントクの冬単2023の感想文です。

 冬組単独公演は、言葉にするのがむずかしい。
 劇中で、印象に残った台詞がある。ガイの「今の台詞はもっと繊細に、複雑に表現できた。」という台詞。複雑な感情を内に抱えた登場人物が吐き出す台詞なんだから、その場におけるその人の感情や、それを受けて動いた私の心のありようをひとつの形容詞で表すことなんてできっこないんだよなぁ、って思った。だから感想が書けないのかもしれない。「楽しい」でも「シトロンくんがかわいい」でも「ハッピーエンドで幸せ!」でもない、なんかぼやっとした感情が心の中を占めている。

 「王様にならなければいけない立場」というのがどんなものなのかを知りたくて、王政に関する本を読んでみたり、王室外交について書かれた本を読んでみたり、アラブの王様について調べてみたり、皇室ゴシップを眺めてみた。女性皇族とご結婚された男性のゴシップを無邪気に消費してきたことを思い出し、シトロンくんもそういう立場になるのか・・・と思ったりはしたけれど、結局、時間が足りなくて、ザフラの王様というのがどのような政治的な立場にあって、どういう権力を持っているのかを想像できるまでには至らなかった。それでも、エーステで語られる物語を実在する現在に生きる「王族」と地続きで考えれば考えるほど、シトロンくんの背負っている立場は途方もなく重いことがわかってくる。王様になったら国外には気軽に出られない。王様になることは決められたことで、シトロンくんの意志で手放せる未来じゃない。

 MANKAIカンパニーに入って、春組のみんなと舞台に立って、いろいろなトラブルを乗り越えるために絆を深めて、カンパニーを家族のように思えるようになったシトロンくんは、きっと、カンパニーでずっとみんなと一緒にお芝居をする将来を夢見たこともあったのだろう。劇団員と親密になればなるほど、劇団員として生きる自分の将来を具体的に想像できてしまったかもしれない。夢見るたびに諦めて、ひとつひとつの瞬間を思い出にしようと噛みしめるって、どれだけつらいことなんだろう。それだけの思いを心に秘めていてもずっと明るく笑っているって、どれだけすごいことなんだろう。

 シトロンくんは、王位継承権第一位という立場を無責任に放棄することができる人じゃないんだな、というのも、この公演で感じたことの一つだった。
 シトロンくんが無鉄砲であったなら、もっと昔に父である王に啖呵を切って、王位継承権を捨てていたかもしれない。シトロンくんが「王になる」ということの意味を軽く捉えていたのなら、「王になんかなりたくない!」と口にしていたかもしれない。
 王位についたら、日本に来ることはきっとない。MANKAIカンパニーのみんなとも二度と会えない。犯罪者に仕立て上げたガイと友達になることも叶わない。それでも、シトロンくんは、彼が言っていたとおり、王様になること自体には納得していたのだろう。・・・・・・「納得」という言葉がすごくしっくりくる。王様になりたいと野心を抱いているわけではないけれど、王にならなければならない立場にあることは理解している。オランジェは「王になる」ことを考えているけれど、シトロンくんは「王になってどう務めを果たすか」を考えている。シトロンくんにとって、王というものは「なりたい/なりたくない」で考えるものではないのかもしれない。
 シトロンくんからは、春組のことをすごく大切にしていることが伝わってくるし、真澄の騒動のときにもとても心を痛めていたはずで、何も言わずに消えてしまったら、みんながどれだけ悲しむことになるのかも十分に理解していたんだろうと思う。それなのに、何も言わずにザフラに帰ってしまった。シトロンくんは、王になることを納得していたし、義務を果たす意志も持っていたのだろうけど、日本を立つ前にみんなと話をしてしまったら、決意が揺らぐと思っていたのかもしれない。

 私は、シトロンくんっていやいや王座に就くわけじゃないと思いたいのだと思う。
 シトロンくんは、弟たちが王位を心底望んでいることを知っている。自分を王に据えるために尽力してきた臣下がいることも分かっている。近代国家なので王が誰なのかと民の生活は直結はしないのかもしれないけど(むしろ直結するのかもしれないが)、自分のために時間や労力を割いて、自分を王に望む人たちがたくさんいるのを知っている。自分が王になることで泣くことになる人がいることも。弟やその側近を含めただれかの将来を折る代わりに、王としての務めは立派に果たさなければならない。シトロンくんは、自分の足で王位に向かって進んでいく。「責任感の強さ」とかって表現だとちょっと違う気がするんだけど、シトロンくんからは、王に生まれついたもの特有の心の持ち方が感じられる。
 しかしまあ、こうしてあらためて考えてみると、シトロンくんがMANKAIカンパニーに戻ってきたことは、ほんとに、奇跡みたいだ。

 冬単の話をするならガイの話も外せないなと思うのだけど、シトロンくんがガイを想う気持ちについて考えるときには、冬単の物語よりもぜんまい仕掛けのココロが思い出された。Sについて、わからないことがあったから。

 私には、2019年の春組単独公演で演じられたSと、トルライで演じられたSとが、全然違って見えた。Sの存在感が変化したことによって、物語も違った印象で受け止めることになった。

 初演のSは動きが固くてぎこちなくて、一音一音を繋ぎ合わせるように話すのが印象的な機械人形だった。だからこそ、ココロが芽生えた瞬間は鮮やかで感動的だったし、奇跡的に感じた分、ルークとの別れは永遠の別れのようで、Sとルークが同じ時間の中を生きることは二度とないのかもしれないと思った。

 再演のSは、初演よりももう少し技術が進んだ国で生まれたアンドロイドのようだった。人工知能にある程度の語彙が搭載されていて、人間的な外観を損なわない程度に動いたり話をしたりできる。そして、ラストの空気はどこか晴れやかに感じた。ルークとSはまたどこかで出会えるのかもしれないという希望を抱いた。

 トルライのときには、再演のお芝居が違ったものとして届いた理由がわからなかった。原作をやっていなかったから、ガイとシトロンくんの関係性について何も知らないからわからないのだろうか、と思っていた。

 この冬、シトロンくんとガイさんの旅を見届けて改めて『ぜんまい仕掛けのココロ』について考えた。そして、初演と再演でSのお芝居や物語の印象が変わったのは、シトロンくんが演劇に希望を見出したからではないか、と思うようになった。

 ザフラにいたとき、シトロンくんは自分の感情が動くたび、ガイに「お前にも分かるだろう?」と問いかけていた。ガイはその度、わからないと答えた。その問答は、シトロンくんが子供から大人になるまでの間ずっと、何度も繰り返されていたはずで、それでもガイのココロは動かない。

 ガイを置いて日本に来たシトロンくんは、MANKAIカンパニーでお芝居を始めた。はじめは、日本語のセリフを言うこと自体に苦労しているようだったけど、そのうちすごく日本語が上手になって、素敵なお芝居をするようになった。

 日本語のセリフを話すという課題をクリアした後は、稽古を通して自分の心を見つめることがあったのだろうと思う。『不思議の国の青年アリス』でハートの王様を演じたときには、王様役を演じるにあたって、王様であるということについて、自分の立場と感情を整理したのかもしれない。『ぜんまい仕掛けのココロ』のときには、ルークに自分を重ねたり、綴の役作りを見ながらガイといた頃の自分を客観的に見つめ直していたかもしれない。

 そして、役者として板の上に立つとき、お芝居をしながら心が大きく動くのをシトロンくん自身が感じていたはずだ。他の組の公演をサポートしているときには、稽古期間を通じて、誰かが抱えている心の問題を仲間と一緒に乗り越えていく姿を見てきている。ザフラでのシトロンくんはガイのココロを動かすのを諦めかけたこともあったかもしれない。それでも、MANKAIカンパニーで、役者として、観客として、演劇に触れていくなかで、「ガイもこのカンパニーで演劇に触れたならもしかしたら・・・・・・」と希望を持ったのではないか。

 MANKAIカンパニーで過ごす時間が長くなるということは、日本にいられる時間が少なくなっていくということでもある。シトロンくんは、タイムリミットを迎えたときには、ガイが”ここ”までたどり着くと信じていたのだと思う。季節が巡って再演が上演される。ガイがMANKAIカンパニーに出会う日は、刻々と近づいていた。
 エーステで観て感じてきたことを重ね合わせてみると一層、ガイの心が動き出し、シトロンくんの友人として新しい道を歩き出すことが奇跡のように思う。

 こう考えを巡らせてみたところで、演劇を作る側にいる人達と私の意図が合致することはないのだろう。ただ、私は作り手の意図を”解釈”したいわけではなくて、エーステの上で語られてきた物語を受け取って、エーステの中で起こったことをエーステのシトロンくんの物語の中に還元する"遊び"をしたいのだ。
 シトロンくんを演じている古谷大和さんはかつて「演劇は大人の崇高な遊び」と言った。彼の意図したところはわからないが、私はこうしてMANKAI STAGE 『A3!』という作品から受け取ったモノたちから想像を膨らませて遊び尽くしている。
 MANKAI STAGE『A3!』ACT2! ~WINTER 2023 は本当に素敵な公演だった。エーステを通してシトロンくんへの好きを募らせていったカントクのひとりとして、と同時に観客として、この作品を作り上げた全ての人に心からの感謝と称賛を送りたい。

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