あなたが恋をした理由(後編)

前回、「変化盲」と「選択盲」の話をしました。

この作用によってわたしたちは、無自覚に恋に落ちてしまいます。そのため、「あれー、なんか超カッコ良いんですけどー、キャー」なんてことが突然起こるわけです。しかし、わたしたちが自覚的になったときにはすでに好きなことになっていて、それを疑うこともできないわけです。そのため、自分以外の他者に間違いを指摘されても認めることができないんですね。

では似たようなことでわたしたちは少しずつ自分以外の誰かを好きになっていくことはないのでしょうか。また、それを納得のいく説明をすることができるのでしょうか。

そんなものは・・・あるんです

みなさんは「単純接触現象」という言葉を見聞きしたことがるでしょうか。これは長時間接しているほど好きになるという脳の性質を示しているのですが、体感的に納得の納得のいく人も多いと思います。ほら、みなさんの周りで結婚している人の中に「職場恋愛」や「学生時代のクラスメイト」同士だったりしませんか。

「でも、それは適当な相手と出会う場が少なくて結果的にそうなったんだ」なんて思う人もいると思います。この現象の実験は、画面に並んだ二人の写真、①と②から好みの人を選んでもらいます。①と②を左右交互に見せます。ただし、①を②よりも長く見せます。①は0.9秒、②は0.3秒。そして最後に「はい、どちらが好みのタイプですか」と選んでもらうと、①を選ぶ人が②を選ぶ人よりも20%多くなるそうです。

この原理を応用すれば面識のない人よりも面識のある人の方が20%ほど好かれる可能性が高くなります。つまり他人でも無意識に相手の視界に入っていればポイントアップするわけです。しかし、20%の割増で恋愛成就できるのなら神頼みもいりませんね。つまり過信できるほどではないようです。しかし、別のことならわたしたちはこれを日々体感しているのです。

わかりますか?

そうです。TVコマーシャルやつり革広告や看板広告に至るまで、すべて「単純接触現象」を利用しているのです。いつも会社帰りにコンビニで買う商品に無意識にCMの影響を受けて手にとってはいませんか。最初は気にならなかったけど毎日つり革広告で目にしている間に愛着が沸いて新商品のペットボトルを手に取る。そのような時に「どうしてこれを選んだの」と訊けば、もっともらしい理由を話すでしょう。

まるで「選択盲」の実験の時にもっともらしい理由を話していた被験者と同じだと思いませんか。

また、先の実験では重要なポイントがあることがわかりました。①と②を見せるときには、左右に並べておいて交互に見せてもらった。それを今度は紙芝居のように、同じ場所で①を見せ、次に①を取り去って②に入れ替えて見てもらう、ということをしてみました。

するとこの場合、たとえ①を②より長く見せても、選ぶ確率は五分五分になりました。おかしいと思いませんか、一見行っている実験は同じように見えるのに明らかに結果に変化に表れた。つまりそこには重要な何かが隠れている。

それはこいういことです。左右の提示では視線の動きがありますよね。つまり自分から積極的に視線を動かして見に行かないといけない。能動的に見にいっているのです。一方、同じ場所で写真を入れ替えると、ずっと真ん中に視点を置いておけば、勝手に写真が入れ替わってくれる。こちらは受動的になる。つまり見させられている、と言ってもいい。

どうやら視線を動かすことで感情が引き出されるらしいのです。つまり脳的解釈としては「私が自ら視線を動かしたからには、さぞ貴重で価値があるのだろう」と思うわけです。まぁ、早とちりなんですが、行動が先にあり、事実が決定してしまった以上、事後的に理由を捏造するわけです。このようなことから視線を動かすことを伴なう単純接触現象によって数値が変動したようです。

あれ、このような勘違いを皆さんも知っている気がしませんか。

そうです「吊り橋の上で告白すると成功率が上がる」ってやつです。あれの仕組みは高所で身体が危機を感じて心拍数が上がりドキドキした状態になり、そのような時に告白をされると脳は「あれ、こんなにドキドキしているということは、わたしはこの相手に好意を持っているのかも」なんて勘違いをするわけです。つまり、高所平気症の人には何の効果もないわけです。

また、友人などに「あの人は危険だから付き合わない方がいい」などと忠告を受けた人が忠告とは逆により深くハマってしまうのも、この効果のせいだといいます。つまり、自分は友人の忠告に対し緊張してドキドキするわけです。その状態で相手のことを考えると脳的には身体がドキドキしているので、「きっと彼(彼女)は、とても魅力的なひとで、私の運命の人だ」と思うわけです。本人はそのことに無自覚であるわけだから事実をするはずもないのです。ちなみにスキー場で周りの人が魅力的に見えるのもおそらく同じ効果によるものらしいですよ。

ここから本質に入ります。

これまでの実験結果により、無意識に誰かに恋に落ちてしまうことは理解していただけたと思います。しかし、あるとき冷静になったときに「これはあまり良くないな」と感じてもそれを否定または回避できないのでしょう。

それはそこに何らかの快感があるからです。快感とは、文字通り心地よい感じですが、この快感から抜け出すのが難しいのはみなさんもおわかりだと思います。冬場の布団から出ることが難しいことや、大好きなアイスクリームを食べるとカロリーが高く気になるのに食べてしまったりと、小さな快感ですら回避するのは難しいですよね。

ましてや恋の魔法の魔力は麻薬並みに強いわけです。

またまた、大げさな・・・。

こんな実験結果があります。付き合い始めてまだ3カ月以内のラブラブなカップルの被験者に協力してもらい、交際相手の写真を見せると脳のどの部位が活性化するかを調べました。すると報酬系と呼ばれる脳部位の「腹側被蓋野」別名A10が活性化していることがわかりました。

そして、この部位が別の事例でも活性化することがわかっています。それはヘロインを服用しているときです。ヘロインは麻薬の一種でキングオブドラッグなどと呼ばれ、麻薬の中でもとりわけ強い快感を生み出す薬物です。

つまり脳部位の「腹側被蓋野」は快楽中枢なのです。ちなみに、ほかのドラッグやアルコールなども報酬系の神経回路を活性化させることがわかっています。

ネズミの実験で「腹側被蓋野」に電極を刺して弱い電流を流すと、人工的にこの部位を活性化できます。人が人工的に電流を流してあげるとネズミは気持ちよさそうにします。そこでこの電流を流すスイッチをネズミ自身に押すことができるようにしました。するとどうなったでしょう・・・。

ネズミは予想とおりボタンを押します。(それは押すわな)

いや、押し続けます。(いつまで?)

永遠に押し続けました(つまり死ぬまで)

ネズミにとっては生存するために食事をとらなくてはいけない。にもかかわらず、死ぬまでボタンを押し続けてしまった。とても恐ろしく感じますよね。ありえないと思うかもしれませんが、わたしたちは生きていくうえで快楽や快感を求めます。

それは綺麗なものを見ることもそうですし、美味な食事も感動もすべて快楽にを得るために行っていますよね。大げさな表現をすれば人は快感を得ようとして日々生きていると言っても過言ではありません。ならば、ネズミにとってはこれは生きる意味そのものと言ってもいい。そのため死ぬまで押し続けてしまったわけです。

人は幸せになるために、生まれ生きているといいます。しかし、目の前に幸せの源泉がある場合、そこから自己意思で逃れるのは非常に難しいことがわかります。快楽が目的だとして、食事も成功も偉業も努力も一つの手段でしかありません。

例えば身体を追い込んでいるマッチョの人が、いくら苦しいトレーニングを行っても理想の肉体にならないとしたら、トレーニングを続けられるでしょうか。まず不可能だと思います。彼らは自分の肉体を追い込むことで得られる強靭な肉体を得ることで得られる快感が欲しくて努力しているのです。このとき、トレーニングは手段で、得られた強靭な肉体(得られることで生まれる快感)は目的です。

このように快楽は人の本質的な望みである以上、その効果は非常に強く魅力的です。麻薬中毒者が自分の意志だけではどうにもならないのはこのためです。それと同様に恋愛における「恋をする」ことは、自分ではどうしようもなく制御不能なわけです。

しかし、制御不能な機能がなぜわたしたちに備わっているのでしょうか。

それは、この世の中にはあまりにも人が多く自分にとって完璧な人を選んでいては寿命が足りず恋愛適齢期を過ぎてしまうからです。わたしたちは、考えることができます。これは危険から回避するためのものです。例えば、食料がなくなり餓死してしまうことから回避するためだったり、落とし穴に落ちないためであったり、他者に陥れられて窮地に追い込まれないようにだったりと多様にあります。

しかし、その高度な知性は考えれば考えるほど、より正確に的確な答えを出そうとします。そこで無意識である【思考しない個】は過去の莫大なデータから及第点を探り一定の水準に達した相手を見つけると「この人が運命の人だ」と勝手にレッテル貼るのでしょう。

地球には70憶もの人がいます。その半分の35憶の人の中から自分により最適な人を選んでいたら終わらないことがみなさんにも分かると思います。

そう考えれば「恋」という仕組みも納得がいくのではないでしょうか。人は自分の行動に納得したい生き物です。また可能ならこれが最適だと考えたい生き物でもあるのです。

つまり結論をいえば、

あなたが恋をしたのは、無意識であるあなたからのプレゼントなのです。

よい恋をしてください。

                               おわり

参考文献:単純な脳、複雑な「私」 池谷裕二著

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no.41 2020.11.20





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