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#63ズルをしてでもバスへ乗り込め! ノーベル賞編(前編)


ロザリンド・フランクリンの帰納的アプローチ


ロザリンド・フランクリンは1920年に、イギリスの裕福なユダヤ人家系銀行家の家庭に6人兄妹の長女として生まれた。厳格な両親のもと彼女は9歳から寄宿学校に入れられ、当時与えうる限りの最高の教育を受けることとなった。

聡明な彼女は、早くから理数系の学科に興味を持ち、ケンブリッジ大学に難なく進学した。当時、ケンブリッジ大学は女子の入学とユダヤ人の入学を認めてしばらく経った頃だったが、多くの因習が男子学生と女子学生とを隔てていた。そのため、女性が自由に研究に没頭する環境になかった。

それでも、彼女は自身の勉学に勤しみ、成績はトップクラスだった。その後大学院に進学し物理化学で25歳の時にケンブリッジの博士号を取得した。

彼女の専門分野はX線結晶学だった。未知物質の結晶にX線を照射する。すると、短いX線は物質の分子構造に応じて錯乱する。その、錯乱パターンを感光紙に記録する。これを特別な数学によって解析すると、錯乱が引き起こした物質の分子構造についての手がかりを得ることが可能になる。

フランスでの留学生活の後、第二次世界大戦が明けてからの1950年、彼女が30歳にロンドンのキングカレッジに研究職のポストを得た。そこで彼女に任された研究のテーマはDNA結晶の解析だった。

当時、DNAこそが遺伝物質であることが広く認められるようになり、次のターゲットとしてDNA自体の構造に注目が集まっていた。

とはいえ彼女はそのようなことに興味も抱かず、与えれた研究テーマとして淡々と物質の構造解析としての仕事に向き合っていった。なぜなら、X線結晶学は、地道な営みの繰り返しでしか進み得ない仕事なのだから

おおまかな作業手順はこうだ。

まず、試料としてできるだけ純度の高いDNAを集める。次に、それを結晶化させなければならない。しかし、結晶化にセオリーなどない。試行錯誤を繰り返し、結晶化条件を探る。X線を照射し、データとして十分な錯乱パターンを得るためには、大型でなおかつ美しい結晶を作り出す必要がある。

そして、錯乱パターンを解析するのだが、極めて大変な数学的な作業が待っている。困難な計算は今日ではコンピューターが代行してくれるようになったが、当時の彼女はすべて手計算でこなしていた

この過酷な作業を日々淡々と繰り返していった。

彼女はただ帰納的にDNAの構造を解明することだけを目指していた。彼女は着手してから1年ほどの間に、DNAには水分量の差により「A型」「B型」二種類の形態が存在することを明らかにし、それを区別して結晶化する技法を編み出した。

さらに微小なDNA結晶に正確にX線を照射し、美しい錯乱パターンの写真撮影にも成功していた。彼女はそれを未発表データとして誰にも見せず数学的解析をひとり進めていた。


ワトソンとクリックの演繹法的アプローチ


ロザリンド・フランクリンがロンドンのキングカレッジの研究所でX線によるDNA結晶学の解析に着手した頃、20代前半のジェームス・ワトソンは一攫千金を夢見て、ケンブリッジ大学に到着していた。ワトソンはそこでクリックと出会い意気投合した。彼らが熱を上げ語り合っていたのはDNA構造についてだった。

当時の数少ない情報では、ヌクレオチドの組成に関するシャルガフの法則が唯一のヒントだった。

シャルガフの法則

DNA中のプリン塩基(アデニンとグアニン)の分子数とピリミジン塩基(シトシンとチミン)の分子数は等しい.またアデニンとチミンの分子数も相互に等しく,グアニンとシトシンの分子数もそれぞれ等しい.さらに6-アミノ塩基(アデニンとシトシン)の分子数は6-ケト塩基(グアニンとチミン)の分子数に等しくなっている.

引用:コトバンク

彼らは典型的な演繹的アプローチによってDNA構造に迫った。とはいえ、画期的なアイデアがあったわけではなく、ボール紙や針金を組み合わせて作った分子モデルを動かしながら、あーでもない、こーでもないと日夜、議論を繰り返していた。

彼らはこう考えていた。

DNAは生命の遺伝情報を担っている以上、必ずや自己複製を担保する構造をとっているはずで、シャルガフの法則を満たす規則性を持っているはずだと。そして、彼らはいずれ自分たちに画期的なアイデアが生まれ、飛躍的に確信に迫る日が来ると楽観的に考えていたのかもしれない。

そのため、彼らは思考をジャンプさせたり補強する役割をなす、実験や実験データの収集をそれほどしなかった


考えの相違


ロザリンド・フランクリンはキングカレッジでの、自身に与えられた研究であるDNAのX線結晶学による解析を、自身のプロジェクトだと考えていた。自分で結晶化の方法を探り、検証し精度を高め、数学的作業により解析するという作業を粛々と行っていたので当然だろう。

しかし、彼女が所属する前からロンドン大学キングカレッジでDNA研究に携わっていたモーリス・ウィルキンズという人物の考えは違った。

彼は自分がDNA研究プロジェクトの統括者と考えており、キングカレッジに所属するロザリンド・フランクリンは自分の部下だとみなしていた。

DNA研究に携わっていたもののX線結晶学に疎いウィルキンズは、ロザリンドフランクリンの活躍により自分のDNA研究が推進されることを期待していた。

しかし、ロザリンド・フランクリンは、研究に妥協や曖昧さを許さず、ウィルキンズと頻繁に衝突した。考えの相違からロザリンド・フランクリンはウィルキンズに対してDNAの研究から手を引くべきだとも言ったという。

そのため、ウィルキンズにとって、ロザリンドフランクリンは優秀な研究者ではあるが、扱いにくい人物でもあり頭を悩めた。

ウィルキンズとロザリンド・フランクリンが所属しているロンドン大学キングカレッジと、ワトソンとクリックの所属しているケンブリッジ大学キャベンディッシュ研究所はDNA構造解明を巡りライバル関係にあった。

それでも、私的なレベルでは友好関係にあり、ウィルキンズとクリックは年も近く古くからの親友だった。

そのため、ウィルキンズとクリックは時折食事を共にして、ウィルキンズがロザリンド・フランクリンの愚痴をこぼしていた。彼はその時、ロザリンド・フランクリンをダークレディと呼んでいたという。

重要な戦力ではあるが目の上のたん瘤のような存在でもある。ウィルキンズには彼女の研究で撮影されたX線写真の価値を理解できるほどの見識を持ち合わせてはいなかった。

しかし、ウィルキンズは彼女には内緒で、研究成果であるDNAの三次元形態を示すX線写真を複写していた。それは単なる嫌がらせだったのかもしれないし、プロジェクトの統括者である自身の権限でもあると感じて行った行為かもしれない。

ある日、ワトソンはロンドン大学を訪問した際、ロザリンド・フランクリンと論争になった。その論争の内容は、研究についてなのか、私生活なのかは定かではない。

しかし、そのことによりワトソンはロザリンド・フランクリンと嫌悪になり、それがきっかけで研究所統括者と自認するウィルキンズと意気投合し、被害者同盟を結んだ。

同盟の間柄もありウィルキンズは、ワトソンに彼女の研究成果であるDNAの三次元形態を示す写真を複写し持っていると打ち明けた。

するとワトソンは興味を示し、そのX線写真模様はどのようなものなのかと質問した。ウィルキンズは自身の部屋から写真を持ってきて彼にそれを見せた。

そこには黒い十字の反射はらせん構造からしか生じえない画像が映し出されていた。


ダイヤと水晶とキュービックジルコニア


宝石の王様と呼ばれるのはダイヤモンドであるが、同じ透明な石である水晶と何が違うのだろうか。

まずダイヤモンドは屈折率が高いという性質から水晶より輝きが高い。水晶は世界中で採掘されるが、ダイヤモンドは限られた場所からしか産出されない。また、ダイヤモンドはモース高度が最も硬い石であることも特徴的だ。

水晶のモース硬度の数値は7でダイヤモンドのモース硬度は10といわれる。
そのため、ダイヤモンドは傷がつきにくい宝石ともいえる。

素人でもダイヤモンドと水晶は、一目で見分けがつくという人がいるかもしれない。ではキュービックジルコニア(模造ダイヤモンド)はどうだろうか。見分け方が難しく、見た目だけではまったく違いが判らないほど本物とよく似ている。

宝石の専門家は先にも述べた屈折率やモース硬度または、油分になじみやすい性質などを利用し、息を吹きかけたり、線を引いた紙の上にのせてみたりするなどして本物かどうかを見極めたりする。

しかし、どんな分野においても専門知識がなく憶測やひらめきだけでは本物を本物として理解することは難しい

また医療でいえば、何気ないレントゲン写真に映る影が危険なのか安全なのかは医者の経験が豊富でなければ読み取れないものもある。

そのため、素人にはぼんやりとした霞のような白い影も、経験豊富な医者からいわせれば初期のガン細胞だったりもするのだ。

そこにはあるべきものがあり、ないはずのものがないという、その世界のセオリーがあり、その世界のフィルターを通すことで初めて理解できるのである。

つづく


参考文献「生物と無生物のあいだ 福岡伸一著」

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no.63 2021.4.23










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