【Review】2018年J1第27節 川崎フロンターレVS.名古屋グランパス「鬼木フロンターレ:数多の歴史の上に今がある」

 2018年J1第27節の川崎フロンターレは、3-1で名古屋グラパスに勝利しました。目次は以下の通りです。

普段通りを出させなかった川崎
狙いはネット
ジョー包囲網
ピッチに入る前から試合は始まっている
自信の有無でこうも違う
鬼木フロンターレ

普段通りを出させなかった川崎
 等々力での無失点記録が6で止まったのは残念でしたが、8試合連続複数得点の名古屋を1得点に封じたことは素晴らしいです。

風間監督「立ち上りから普段と同じようなことが出来なかった。自分達のリズムが作れなかった。全体を通しては奪ったボールを奪われるということが非常に多かった。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2018明治安田生命J1リーグ第27節 vs.名古屋グランパス」< http://www.frontale.co.jp/goto_game/2018/j_league1/27.html >)

風間監督が述べているように、名古屋はボールを奪い返されることで自分たちのリズムを掴みきれず、主語を変えるなら、川崎は奪い返す部分で名古屋の普段通りを出させなかったことが勝因の一つでしょう。
 確かに先制点はオウンゴールというラッキーな形ではありましたが、そこまでの崩しの部分や、守備の強度、その後の追加点を含めた展開まで見れば、川崎の狙い通りの展開でした。風間前監督の遺産だけでなく、鬼木監督が昨季から作り上げたチームの姿を見ることができた試合でした。
握らずとも支配はできる
 さて川崎はいかにして名古屋の攻撃を封じたのか。この文言だけだと守備的、受身的に聞こえますが、実際のパフォーマンスは攻撃的かつ積極的で、まさに自分たちが主語のサッカーでした。
 まず川崎の選手から試合全体をコントロールする意図を感じました。名古屋相手にボールを握り続けることに固執するのではなく、ある程度持たれることも許容しつつ、しかし奪い返す準備はしている、といったように終始落ち着きが見られました。失点後も浮足立つこともなく、さらりと追加点を取って試合を決定づけました。

奈良「今日は、常に試合を支配しようとしなかったところがある。向こうの風間監督のサッカーはボールを持ってナンボのチーム。そういう相手にじれて、前に出すぎるところで我慢しながらやった。失点した時間帯は少し守備がゆるかったが、全部が全部、前から行けるわけではない。そこでうまく相手を引き出したり、いけるんじゃないかとあえて思わせたりと、選手の中では余裕はあった。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2018明治安田生命J1リーグ第27節 vs.名古屋グランパス」< http://www.frontale.co.jp/goto_game/2018/j_league1/27.html >)

 そうした意思を最も感じたのが奈良選手のコメントで、数試合の欠場(謹慎?)を経て大人になった印象です。はじめの「常に試合を支配しようとしなかった」というのは、試合全体を俯瞰していなければ出ないコメントで、言葉とは裏腹に、結果的には試合を「支配」していたと思います。

狙いはネット
 この夏移籍したネットが名古屋のパス回しの中心であることは、外から見ていてもわかることで、川崎の選手もそこを抑えようとします。

中村憲剛「ネット(エドゥアルド ネット選手)は名古屋のキーマンの1人。ネットが触ることから始まるのは映像で見ていた。うちがネットにいてやられて嫌なことをやってやろうと思っていた。意図的にポジションを取った。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2018明治安田生命J1リーグ第27節 vs.名古屋グランパス」< http://www.frontale.co.jp/goto_game/2018/j_league1/27.html >)

中村は執拗にネットを意識してポジションを取り、彼にしては珍しく、足を削るプレーも多く見られました。試合後に笑顔でネットと談笑している姿を見て、少し恐ろしさを感じてしまいましたが…。
 中村に限らず、川崎の選手はネットにボールが入ることを一つの基準に名古屋のビルドアップを阻害しますが、名古屋はその点の対策をあまりしていなかったように見えます。これはおそらく風間監督にすると、自信を持ってやれば問題ないという判断だったと思いますが、この試合は難しかったようです。

エドゥアルド・ネット「相手の監督が自分の特長を把握していたので、自分でもそう予測していました。今日の自分はゲームを作ることが全然できなかったと感じています。それが現実ですね。」(引用元:名古屋グランパス公式HP「試合レポート:明治安田生命J1リーグ 第27節:川崎フロンターレ vs 名古屋グランパス」< http://nagoya-grampus.jp/game/result/2018/0922/report__27vs_1.html >)

 名古屋はまだネットを理解しきれていないのが現状でしょうか。彼はこの試合では厳しいマークもあって、フラストレーションを溜めてしまい、終盤は消えてしまいました。しかし本人に取ってはフリーでもパスが出ないシーンが多くあったこともその一因で、周りのサポートがあればこの試合は違っていたと思います。例えば周りからのパス、特にCBが余裕を持って出すパスにもかかわらず、右足に出してしまうのは配慮が足りないです。そうした細やかな部分が地味に風間監督のサッカーには大切で、「止める」「蹴る」「外す」などの風間哲学の根幹ではないでしょうか。

ジョー包囲網
 名古屋のもう一人のキーマンであるジョーを無得点に抑えたこともポイントです。現地で見ていて、彼の強みはDFとの駆け引きにあると感じました。川崎の失点シーンは、ジョーがフリーでボールを受けたところからでしたが、その前の谷口との駆け引きは秀逸で、正直谷口はノーチャンスだったと思います。
 さてそんなジョーですが、川崎はもちろん警戒しており、奈良や谷口の体を張った守備ももちろん評価すべきですが、ここでは前からの守備を取り上げます。名古屋があまりロングボールを放らないこともあり、川崎は地上でジョーへのパスコースにフィルターをかけます。その一つが前述のネットへの守備でしたが、他には下田の守備位置も効果的でした。

下田「リスク管理は常に気にしながらやっていたが、失点シーンは自分がボールホルダーにもう少し寄せたかった。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2018明治安田生命J1リーグ第27節 vs.名古屋グランパス」< http://www.frontale.co.jp/goto_game/2018/j_league1/27.html >)

 コメントの通り、失点シーンこそジョー(ボールホルダー)へのプレスが弱かったものの、それ以外のシーンではリスク管理は、特にボールを奪われた瞬間、川崎の守備を助けました。常に背後にいるジョーへのパスコースを意識したポジショニングで、彼へのパスコースのフォルターとして機能していました。そうした前の貢献もあり、CBの二人は有利な状況でジョーと対峙でき、ほぼ完封することができました。
 名古屋としてはネットが抑えられたことが攻撃の歯車を狂わせました。パスの潤滑油であり、攻撃のスイッチ役であった彼が封殺された結果、自ずとパスは小林裕紀に回ってきます。前半終了時、両チーム合わせて小林が最多パス本数を記録していたことがそれを物語っています。川崎はネットに照準を合わせた分、小林は比較的自由にプレーできましたが、攻撃にアクセントを付けることはできませんでした。普段攻撃のタクトを振っているシャビエルの欠場も名古屋の敗因と言えるでしょう。

ピッチに入る前から試合は始まっている
 下田は前節に続いてまだ2試合目ですが、大島中村の交代を横目に初のフル出場を果たしていることは鬼木監督が信頼している証でしょう。プレーからもチームにフィットしてきたことを感じますし、守備やセットプレーなど自分の強みも発揮できていると思います。
 今節を見る限り、下田はピッチ内での連携にあまり不安を持っていないように見えます。むしろいかにこのチームで自分の色を出すか、そんな積極的なことを考えていると思います。それくらいパフォーマンスからは先発2試合目ほどの違和感を感じませんでした。
 下田は前節の初先発時、序盤はまだ戸惑っており、自信なさげにプレーをしていました。おそらくこれはピッチ内ではなく、ピッチ外の新しい環境に適応できていなかったからでしょう。前節のキックオフ直前の写真撮影で戸惑っていることが最もそれを表しています。外から見ているとわかりませんが、新しい環境に慣れるのは時間がかかるもので、それはプロのアスリートにとっても同じです。そしてその環境とはプレースタイルなどのピッチ内だけでなく、組織の文化や暗黙の了解などピッチ外の環境も含まれます。そうした目に見えない文化や空気に馴染めないことがパフォーマンスにも影響するのは当然のことで、前節の下田はピッチ外にも苦しめられていたと思います。(太線部引用元:朝日新聞「注目!下田北斗 初ゴール浮かれず貫く自分流」2018/9/22付,等々力版(14).)
 一方で先発2試合目の今節は、スタメンとしての振る舞いもわかってきたのでしょう。きっと事前のアップから写真撮影もすんなりとこなしたことでしょう。そうした慣れが、下田のプレーが良くなった要因だと思います。自信を持ってプレーすることが求められる川崎では(もちろん川崎に限らずですが)、ピッチ外の要因でさえ、その自信を左右しうるのです。

自信の有無でこうも違う
 自信を持ったことで、落ち着いてビルドアップに参加できていました。序盤から怖がらず、ボールを受けていて、大島に頼り切ったプレーではありませんでした。プレーを見る限り、チームの動きは理解していると思います。もちろん理解しているからといって行動に移せる訳ではありませんが、迷いながらプレーすることは少なかったですし、大島の動きをよく見て、被らないようなシンプルなポジショニングをとっていました。そのためCBからも多くパスが供給されていて、徐々に信頼されています。
 一方で下田本来の強みも発揮していて、その一つが守備への切り替えでしょう。湘南仕込みの豊富な運動量と切り替えの早さから、川崎の大きな特徴になった守備への早い切り替えにはすぐに順応しました。上述の通り、ジョーを抑えたことに大きく貢献していました。今後への期待はセットプレーのキッカーです。すでにCKを任せられていますが、まだあまり事前に練習はできていないでしょう。速くて重い、中村とは異なる球筋はチームの一つの武器になるはずです。
 この2試合で下田は川崎でやっていく自信を手に入れたと思います。自信の有無がこんなにもプレーに影響するのか、というのを感じた2試合でした。当然ながら本人はまだまだ不満でしょうが、それでも間違いなくスタートラインに立ちました。ネットの去った後、守田大島で固まっていたボランチ争いに一石を投じて欲しいです。それが優勝争いの原動力になるので。

鬼木フロンターレ
 巷では「風間ダービー」とも呼ばれたこの試合ですが、その呼び名はもうふさわしくないと感じました。今年は風間監督の凱旋ということもあり、私自身も胸が高鳴りましたが、実際の試合を見ればわかるように、もうすでに別のチームです。
 もちろん根幹にある哲学のようなものは同じですし、風間前監督が率いた4年半は将来語り継がれると思います。しかしそれを言い始めるとこれまでの監督の想いはもちろん生きていますし、それらがあっていまの「攻撃的な川崎」のイメージが出来上がっていることを忘れてはいけません。数多の先人の想いを受け継いで、2018年シーズンの川崎を率いているのは鬼木監督です。
 もし風間さんがまだ川崎の監督だったとしたら、いまのようなチームにはなっていないはずです。だからこそ昨季の優勝チームを作り上げた鬼木監督を尊重して、鬼木フロンターレと呼ぶべきだと思います。そんな多くの監督や選手の積み重ねの上に、現在の川崎フロンターレが立っているのだと改めて感じた一戦でした。


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