見出し画像

【Review】2021年J1第8節 川崎フロンターレVS.サガン鳥栖「退場から見えるCBのタスク負荷と、失敗を積み重ねてきた谷口・ジェジエウの頼もしさ」

はじめに

 2021年J1第8節の川崎フロンターレは、1-0でサガン鳥栖に勝利しました。昨シーズン2引き分けの相手に勝利し、開幕から9戦負けなしとなりました。
 一方の鳥栖は開幕から6戦無敗と好調だったものの、中断明け2連敗で7位に順位を落としました。退場者が続くなどで漂う嫌な流れを早めに断ち切りたいところです。

左右を入れ替えた弊害

 まず鳥栖の開始時の配置ですが、ここまで左サイドを主戦場としていた中野伸哉が右サイドに位置していました。金監督の試合後インタビューから、通常とは左右の戦い方を入れ替えてこの試合に臨んでいたことが分かります。この作戦には川崎の強みである左サイドに鳥栖の強みをぶつけたい、そして普段と異なる選手の配置で川崎に混乱を与えたいといった意図が感じ取れます。

── 左右のサイドのメカニズムを変えたと思うが、ファン ソッコ選手がいなかったためか。それとも、川崎のストロングである左サイドを押し込みたかったのか。そこの狙いと手応えは?
金監督「そういう狙いはあったが、それとは別に、川崎のプレッシングを剥がすための準備で配置を転換しました。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2021 J1リーグ 第8節 vs.サガン鳥栖」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2021/j_league1/08.html>)

 一方で左サイドの特徴として、小屋松がタッチライン際に位置することが多かったです。この理由としては守備時の川崎を横に広げたい、そしてボールを運ぶ起点にしたかったからでしょう。実際守備時に山根が中央に絞りきれずに、真ん中のスペースを使われることがありました。また、右サイドに川崎の選手が寄ったタイミングでサイドチェンジすることで、攻撃の起点にもなっていました。
 ただ小屋松は守備時にもサイドに広がることが多く、対照的にダミアンのケアのために中央によるエドゥアルドとの間がぽっかりと空いていました。前半は特に山根と小林がそのスペースに侵入し、チャンスを作っていました。左右を入れ替えたことで生じたデメリットへの対応が甘く、総合的には受けに回っていた印象でした。

自陣低い位置からボールを運ぶ理由

 鳥栖のビルドアップで印象的だったのが、ボールを回す位置が自ゴールに近いことです。低い位置で回す狙いとして、一つはリスクを減らすことでしょう。ボールを持った選手よりもサポート選手が低くポジショニングすることで、パスは自ずと自チーム方向になります。こうすることで相手選手にパスカットされるリスクを減らすことができます。
 もう一つが川崎の中盤、特にシミッチを鳥栖陣地に引きこみたかったのだと思います。鳥栖がビルドアップの出口として狙っていたのがシミッチとCBの間のスペースで、シミッチを前に誘き寄せ、その裏に仙頭が侵入するのが一つのパターンでした。実際に上手くいったのが前半10分40秒頃のシーンで、仙頭から本田へのラストパスに至るまでの流れは理想的だったと思います。
 また理想通りとまで行かずとも、川崎の中盤を自陣に引き込み、CBと中盤を間延びさせることで、ロングボールのこぼれ球を回収することも裏の狙いでしょう。川崎が前からのプレスを強めた時間帯、ロングボールを酒井が競り、そのこぼれ球を松岡や樋口が拾うことで、攻撃のきっかけを作っていました。

田代の退場の遠因

 どちらに傾くかわからない試合展開でしたが、天秤が動いたのが後半20分の田代の退場。退場以降は鳥栖が立て直すために引き気味になり、それまで一進一退のスリリングな試合だっただけに、一観戦者としては少しもったいなく感じました。
 退場のシーンに触れると、結果論で言えばファールせずとも止められたように思います。ゴールまでの距離もあり、ダミアンとのスピード差を考えてもハーフライン付近で焦る必要はなかったでしょう。
 ただこの日の田代は攻守ともにタスク負荷が重く、冷静なプレーはこんなんで、焦らざるを得ない状況だったように見えます。まず守備ではダミアンの対応を任せられていましたが、周りのサポートは薄く、一対一で守る場面が多かったです。これは個人能力の問題ではなく、ダミアンを抑えるにあたってのチームの対応として少しリスクが大きいように思います。
 一方で攻撃においても、鳥栖のポジションが動く特殊なビルドアップに対して、苦労している印象を受けました。最も気になったのがトラップで、ボールは止まっているものの、相手のプレスから距離を撮るために体を右サイドに開き、右足でボールを受けています。たしかにプレスから距離を取れるものの、パス方向が限定されたり、味方が深い位置まで降りる必要が生まれるため、デメリットも大きいです。あの持ち方だと視野もパスコースも狭くなるため捕まる可能性が高まり、実際何度かパスカットからピンチを招いていました。
 全体を通して田代に与えられたタスクは、前節J1デビューした選手に対しては重すぎたのでしょう。2試合連続でCBが退場していることからも、CBへのタスク負荷が疑われます。今後はこの理想と現実をどう埋めていくのかが金監督に求められるでしょう。
 実際には川崎もCBへのタスク負荷は大きいです。ただその裏には積み重ねがあり、徐々に出来ることを増やし、タスク負荷を上げてきました。谷口もジェジエウも最初はあたふたすることやミスが多かったですが、今ではチームの屋台骨です。田代もこれでめげずに、経験を積み重ねていってほしいです。

90分手堅かった川崎

 川崎としては攻めあぐねてはいたものの、90分通して手堅く試合を進めていました。鳥栖のハイプレスはパスワークでいなし、左右入れ替えによる混乱も早々に整理するなど、鳥栖の戦い方を把握し、丁寧に対処していました。
 特に印象的なのが前からのプレスの強弱です。序盤はダミアンを筆頭に、FWとMFの6人でハメに行くいつものスタイルを取っていましたが、鳥栖の深いビルドアップで躱されたことを受けて、プレッシャーを弱めていました。しかもただ弱めるわけではなく、鳥栖の中盤の選手のパスコースをあらかじめ塞いだ上で、じわじわと追い込む形で守っていました。
 鳥栖としてはおそらくいつも以上にロングボールが増えたと思います。そうした戦い方も見据えて競り合いに強い酒井を最前線に置いていたのだと思いますが、そこには谷口とジェジエウが立ちはだかりました前からプレスをかけるリスクをCBの個人スキルの高さで吸収できるのが今の川崎の強みです。上述の通り、この2人へのタスク負荷も十分に重たいですが、それをこなせるだけの失敗を彼らはしてきました。この経験も含めて川崎の強みと言えます。
 他方でプレスをゆっくりにすることで、シミッチが上がったスペースの対応も可能にします。通常川崎はシミッチが前からプレスをかける際、IHもしくはSBが中央に絞ることでスペースを埋めますが、毎回間に合うわけではないです。またサイドに張っている選手へのケアも必要なため、中央スペースのケアで後手を踏むこともあります。
 ですがこの日は素早いプレスをあえて止め、中央のスペース自体を先に埋める、もしくは中盤の選手の配置でパスコースを消すことで、そこから鳥栖に運ばせません。そのため、鳥栖としては最終ラインでボールを持てる時間は増えたものの、結果的に選択肢は減っていました

ミスへの対処の質の差

 川崎が手堅く試合を進められた要因として致命的なミスが少なく、かつミス発生時の対応に慣れてきたことが挙げられます。鳥栖も戦い方としては厄介ではありましたが、この点で川崎が優った試合だったと思います。
 まず前者は技術へのこだわりが支えています。風間監督以降、練習からパスの質やボールを奪われないことへの執着心は、チームの文化として根付いていると思います。この観点で実は気になっているのが三笘で、守備でもハードワークできるようになっているものの、試合終盤のパスミスが多いように感じます。セレッソ戦では2失点のきっかけにもなっていますし、鬼木監督も気にしている点でしょう。
 後者については、鬼木監督が整備を続けてきた結果が現れています。就任以降取り組んできた「奪われた後はすぐボールに寄せて選択肢を消し、ロングボールを蹴られても最終ラインでボールを回収できるシステム」が機能しています。これは個人スキルの高さもありますし、それを目指して継続的にトレーニングしてきた賜物でしょう。
 特にミスをした後の対処は、川崎に一日の長があったように見えました。パス成功率に大きな差がなかったことを考えると、パスミスの質、そしてミス後の対処の差が、勝敗を分けたのだと思います。

おわりに

 この勝利でJ1通算300勝を達成した川崎。2000年から積み重ねてきた重みを感じます。また鬼木監督の通算勝利数は92となり、今シーズン中の100勝到達に期待がかかります。
 次節はアウェイでの多摩川クラシコです。ここまでリーグ得点トップの2チームの戦いとなりますが、4試合連続のクリーンシートとなることに期待したいです。

いつもありがとうございます。サポート頂いた資金は書籍代に充て、購入した書籍は書評で紹介させていただきます。