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【Review】2019年J1第30節 川崎フロンターレVS.サンフレッチェ広島「総力戦で乗り越えた普段通りではない試合」

はじめに

 2019年J1第30節の川崎フロンターレは、2-1でサンフレッチェ広島に勝ちました。
 3人の主力の出場停止に加え、精神的支柱の負傷交代の中でつかみ取った勝利は、総力戦模様のリーグ終盤を迎えるチームにとって大きな経験になりました。
 浦和のACL決勝進出による日程変更で、8日間で3試合を戦うことになった川崎。目の前の1試合を勝つことはもちろん、その先も見据えた采配が必要な難しい試合でした。

勝ち点3を目指した広島

 同じく日程変更の影響を受けた広島は中3日で今節を迎えたため、体力面ではハンデがありました。
 そんな広島は前半、システムの噛み合わせを利用して、川崎の最終ライン4人に対して前線5人を並べて攻めました。特に狙っていたのは川崎の右サイドで、連携に不安のあるマギーニョの周りに数的有利を作って攻めます

山村「前半はマギーニョの周りで相手が人数をかけてきて、あそこで三角形を作られて、少し足りない状況が出てしまった。そこももっとうまく対応出来れば良かった。」
(引用元:川崎フロンターレ公式HP「ゲーム記録:2019 明治安田生命J1リーグ 第30節 vs.サンフレッチェ広島」<https://www.frontale.co.jp/goto_game/2019/j_league1/30.html>)

 シャドーの2人がマギーニョの裏のスペースを使って相手陣地奥深くまで進入する場面を多く作りました。これによって決定機を作ることはもちろん、高さで分のある広島はCKを多く獲得することも狙っていたと思います(CK8本獲得、平均は4.1本)。
 川崎の対応や粘り強い守備に阻まれ、結果的にビハインドで試合を折り返しますが、広島としては狙い通りやれていた前半でした。しかしここで城福監督はレアンドロ・ペレイラの投入し2トップにする決断をします。

城福監督「もちろん我々らしさでゲームを運んだ時間が多かったとおう認識はしています。ただ現実的には勝点3を取るために2点を取らなければいけなかった。チャンスは作ったけれども、決定機に多くの割合でゴールネットを揺らせる選手をピッチに立たせる。これが自分の決断だったということです。」
(引用元:同上)

 優勝に向けて勝たなければならない状況ゆえに、順調な試合運びよりもゴールネットを揺らせる選手の投入を選んだのです。
 これによって後半の広島は相手陣地奥深くまで進入することよりも、クロスの優先度を上げました(22本、平均15.9本)。これは長身の2トップにチャンスを多く与えるためでしょう。
 またそれに合わせて中盤の役割も変わりました。前半はトップ下の選手が内から外の裏に抜け出すシーンが多かったですが、後半は川崎の跳ね返しに備えて中央に位置することが多く、これによってボールを回収し波状攻撃を続けました。これがボール支配率60%超えの一因です。
 同点弾直後の失点も勝ち点3を目指したことで攻め急いでしまったことが原因のように感じます。同点前であれば丁寧にビルドアップしていたところを、失点の場面では前線の選手はロングボールに備えたポジショニングをとっており、そのズレで生まれたインターセプトから失点につながっています。逆転を急ぐ気持ちがチームのズレを生んでしまいました。

割り切った結果の39.8%

 一方の川崎は普段の戦い方が出来ないと割り切って試合を進め、その結果がボール支配率39.8%に表れています出来ない理由は大きく二つ、一つは谷口と車屋の不在です。最終ラインからのビルドアップの精度を支えていたのは彼らで、特にボールタッチの回数が多い谷口の出来はチームの出来に直結します。
 彼らの不在により後方から繋ぐことが困難になった今節は、ゴールキックでショートパスを選択した場面はありませんでした。また途中新井のキックミスからあわや失点という場面があったように、後ろに安定感がありませんでした。
 もう一つの理由が家長の不在です。いつもはボールを保持しながら相手陣地に進入し、そのまま相手を押し込んで試合を進めます(押し込んだせいで点を取れないのが今季の川崎ではありますが)。そんないつものサッカーを担保しているのは高い技術でのパスワークではありますが、加えて家長の存在も川崎のサッカーを支える要因になっています。
 相手陣地でボールを回すためには選手を送り込む必要があります。しかしボール奪取後などは選手の移動に時間がかかり、選手が揃わないうちに奪われてしまいます。そうした時に、味方選手が相手陣地に移動する時間を稼いでくれるのが家長のキープ力でした。
 家長はカウンターの時でもキープを優先することが多く、それがマイナスの場面もありますが、一方で味方に時間を与えてくれるプラスの場面もあります。この試合ではその正負が逆に表れていて、素早いカウンターは多かったものの、ボール奪取からボール保持に落ち着く場面が少なかったです。

想定内と想定外

 こうした選手不在の要因から序盤以外は押し込まれる展開が続きました。ただこれは想定内だったと思います。選手不在がわかった時点で戦術変更は共通認識としてあったはずです。
 川崎の狙いとしてはカウンターで盤面をひっくり返すことでした。前半はいくつかそうしたシーンがありました。たとえば幻のゴールの場面がそうで、大島が前を向いた瞬間に中村、脇坂、小林が走り出していました。また山村から大島へのスルーパスもありました。大島や山村のようにミドルパスの出せる選手がボールを持った時は抜け出す共通認識があったのではないでしょうか。
 また守備でも押し込まれることは想定内で、広島の強みである左サイドの攻撃に攻め込まれることは折り込み済みでした。そこについては鬼木監督が近くて指示が出しやすかったこともあり、試合の中で上手く対応していたと思います。たとえば前半途中から脇坂の位置を下げ、柏に対してマギーニョと2人で対応していました。

鬼木監督「多少うちの右サイドのところで相手のコンビネーション、相手もあそこがストロングなので、どうしてもうちが悪いとかではなく、相手の良さを多く出されたなという印象でした。少し積極的に取りに行きたい気持ちはありましたけど、少し我慢しようという話を伝えました。」
(引用元:同上)

 とはいえ脇坂が守備に追われるなど、少し引き過ぎた部分はあると思います。クリア数が多かった(43回、平均21回)のも、守備位置が低かったことに起因します。マギーニョ単騎でもう少し抑えられる想定だったのでしょう。
 この試合の前線での起点の作り方は、小林のポストプレーに2列目が関与する形です。小林にボールが入るタイミングで中村や脇坂が近くにポジショニングしている必要があるのですが、守備に追われる時間が増えたことで起点を作れず、波状攻撃を許していました。
 途中で齋藤を入れたのはそうした状況を打破しようしたもので、中央のポストプレーだけでなく、齋藤のサイドでのドリブル突破で相手を押し返す試みでした。ボール奪取後にドリブルでハーフラインを超えてファールを獲得したシーンは狙い通りでした。
 前半は想定内で、相手への対応も事前に準備していたものが多かったでしょう。他方で後半は城福監督の決断に戸惑う場面も散見し、結果前半以上に押し込まれる展開になりました。それでも耐えれたのは奈良と山村が2トップに対して負けなかった(特に空中戦)からで、この試合のMVPといえるでしょう。

17年目の永年勤続休暇を

 サポーターにとってショックだったのが中村の負傷交代。チームにとって不幸中の幸いだったのは負傷が脇坂の交代前だったこと。中継によれば脇坂に替えて齋藤の投入が予定されていたようです。脇坂が上手く中村のタスクを担うことで対応しましたが、両名とも交代となればプラン変更を余儀なくされ、試合は大きく変わっていたと思います。
 接触後、即バツ印を出していた中村の怪我は左膝前十字靭帯の損傷で今季出場は絶望です。39歳になった途端の負傷で、さらに優勝への微かな望みのある中での離脱は相当悔しいことでしょう。精神的にチームを支える存在でもあるので、ベンチにいてほしいなと思います。
 とはいえ一方で何でも出来る時間が与えられたとも言えます。中村は「ここまでサッカーを考えない時間は今までほとんどなかったです」と述べているように、サッカーから長期間離れるような怪我の経験はこれまでありませんでした。昨年はアバラ骨折しながら試合に出てますしね。
 1回目は進めないけれど、ひでんマシン「なみのり」を手に入れて、それを使うためのバッヂを手に入れてようやく進める道がポケモンにはあります。同じように目の前の壁を超えるために、別な道でアイテムを拾わなきゃいけない時があると思ってます。リカレント教育や生涯学習といったことが言われるのもそうした理由からでしょう。
 これまで中村憲剛はサッカーの道を愚直に歩んできました。そんな彼が一旦サッカー以外のことを考える時間を得た時、どんなことを考え、そしてそれがサッカーにどう現れるのか。楽しみで仕方ないです。

おわりに

 川崎が勝利した裏では、上位陣も軒並み勝利。首位との勝ち点差は変わらず8差のまま試合数だけ残り4試合に減りました。いっそう優勝が遠のいています。
 とはいえ上位陣との対戦がまだ残っており、優勝争いを荒らすことは十分に可能です。混戦の中最後の最後で差す、そんな一縷の望みを期待して、残りを勝ち続けたいところです。

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