オマージュ:最終更新日
挨拶がひととおり一巡すると、松田さんが遠慮がちに近付いてくる。
「おめでとうございます。早くて、驚いています。」
私も驚いています。私があなたを好きになったばかりなのに。
「学生時代から付き合っていた人なので…」
あなたとお付き合いすることも叶いませんでした。
「それじゃ」
あなたは、今、何を考えていますか?
結婚というのは、生物学的にはなんの拘束力も持たないものらしい。
その夜、私は夫に抱かれながら、松田さんの喉仏を思い出していた。
数日前に、私は運転席ではしゃいでいた。仕事といえば仕事だった。でも、職場で2人きりになるのと車内で2人きりになるのとでは意味合いが違う。
松田さんは、口数が少ない。後輩の私にさえ、緊張しているようだった。女性と話し慣れていないというのは、私にとってポイントが高い。
「本当に運転が好きなんだな」
聞こえるか聞こえないかの呟きが、好意的に響く。そうです。女を強調すると、あなたは嫌でしょう?好きではなくても、付き合ってもいいと思ってくれていますか?口に出せない言葉たちが、私をますます饒舌にさせた。
退職してから、松田さんには会っていない。松田さんを思って、焦がれることはない。ただ、あの時、私と彼との間にあったかもしれない選択肢を惜しむときは、ある。
私は今、恋をしている。
昨日、初めて声を聞いた。想像よりも低い声。話しかけた人、グッジョブ!!と心の中で、叫んだ。
結婚というのは、生物学的にはなんの拘束力も持たないものらしい。
私の恋は更新されていく。
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