第14回: アレルギーもフードダイバーシティ

2020年8月26日掲載

インバウンド需要が消滅してしまっている日本の飲食業界ですが、フードダイバーシティ(食の多様性)に対応している飲食店には新しいお客様が増えています。日本人含む国内在住の食物アレルギーに悩まされている人たちです。ベジタリアン(菜食主義者)、ヴィーガン(動物性を食べない)、ハラール(イスラム教徒でも消費できる)に対応している飲食店は食のルールに詳しいため、特定のものを摂取できないアレルギーにも対応できているというわけです。今月はフードダイバーシティの中でも最も深刻な状況にあるかもしれないアレルギーについて考察します。

増え続ける「食べたくても食べられない」人たち

アレルギーは3種類の「吸引性アレルゲン(原因物質)」「接触性アレルゲン」「食物性アレルゲン」によって引き起こされます。吸引性は花粉やダニ、接触性は化粧品や貴金属、そして食物性は後述する鶏卵や乳製品などで、私たちはこうした原因物質に囲まれて生活しています。大気汚染、住環境の変化、ストレス、そして食生活の多様化など現代の社会環境がアレルゲンを増やしていると考えられており、今では日本の2人に1人は何らかのアレルギーに悩んでいるといわれています。

第14回(通算55回)_図1_スクショ

チャート1は群馬県の小中高校等で食物アレルギーを自己申告した児童生徒の推移です。これによると、食物アレルギーを持つ児童生徒の数のCAGR(年平均成長率)は5.4%で増加の一途であることがわかります。県は「40人のクラスに2人くらいいるイメージ」としていますが、私は肌感覚としてこれは実態に近いと思います。データは2年前までのものですが、仮にその後も同じスピードで増えているとすると2020年には自己申告者は全体の7%に至り、クラスにもう1人増えている可能性が高いと考えられます。

学校でのアレルギー対策といえば学校給食です。2012年に東京都内の小学校で誤食によるアナフィラキシー(アレルギーによる深刻な症状)による死亡事故が起こり、教育界ではアレルギー対応が強く叫ばれました。その後14年にアレルギー疾患対策基本法が成立してからは、アレルギー疾患者に関わる関係者の努力で環境は改善してきています。

一方、飲食業界ですが、店内のメニューにアレルギー情報を表示する義務はありません。そのためか、アレルギー対応するお店は増えてはいるものの、学校給食ほどは進んでいないのが現状です。「コンタミネーション(異物混入)を完全に排除できない」という理由で対応に慎重なお店が多く、あっても店内の案内で「お問い合わせ下さい」と表示したり、ホームページで最低限の情報を提供しているにとどまっています。

アレルギーの原因は加齢とともに多様化

ある調査報告書(※1)によると、特定原材料品目である7品目(卵、乳、小麦、エビ、カニ、落花生、ソバ)は調査したアレルギー全症例の77%を占め、特定原材料に準ずるものとされる21品目を含めると全症例の94.5%を占めたと報告されています。そこで気になるのは自分のお店のメニューではどの原材料に注意すべきかという点です。最初から全ての特定原材料を混入させないメニューづくりは難しいと思いますので、ここでは年齢別のアレルギーに着目してみましょう。

第14回(通算55回)_図2_スクショ

チャート2は年齢別の原因食物の上位五品目を示しています。全世代を通じて注意すべきは鶏卵、乳製品、小麦であることがわかります。鶏卵と乳製品は加齢と共に減少していますが、小麦は逆に増えています。また加齢するほど上位五品目の割合は減少していき、その他の割合が増えています。つまり年齢を重ねるにつれてアレルギーは多様化しているということです。

ではどうすればよいかですが、基本はお客様に判断していただくことです。これまで見てきたように、アレルギーは人によって千差万別、種類も強度も異なります。従って正しい情報を的確に伝えることが基本になります。そのためには使っている食材を熟知しなければなりません。長年使っている調味料でも情報をアップデートしておく必要があります。それには商品規格書(アレルギー情報や原産国などの情報を記した仕様書)をまめにチェックしておく必要があります。できれば製造工場でのコンタミネーションについてもチェックしてお客様に正しくお伝えして判断していただきましょう。

次に原因食物に多い鶏卵と乳製品を避けるためにはヴィーガン対応が、そして小麦を避けるにはグルテンフリー対応が有効です。現に昨今はベジタリアン・ヴィーガンレストランの多くはアレルギーを持ったお客様を新たに獲得しており、リピート率も高まっています。考えてみればアレルギーを持つ人にとっては、美味しくて体に問題がないのであれば、安心してリピートする強い動機になります。多くのお店ではまだベジタリアン・ヴィーガンは一部の外国人客のための特別食という固定観念がありますが、決してそうではないことは先行しているお店を見れば明らかです。

アレルギー疾患者にも人気のお店

コロナ禍はまだ収束していませんが、各国は経済活動の再開を急いでいます。日本も往来再開へ向けてビジネス客から入国制限の緩和を検討しています。本コラムの第12回でも触れましたが、ビジネス客や富裕層にとって混んでいない今の日本は訪れたい旅行先として非常に魅力的です。こうした上客からインバウンドは再起動することになりますので、次に世界のアレルギーの疾患者についても見ておきましょう。

第14回(通算55回)_図3_スクショ

チャート3は国別の5歳未満のアレルギー疾患者の割合を示しています。訪日客の4分の3を占めていた東アジア諸国の中国、香港、韓国、台湾。そして富裕層としていた欧米豪。いずれもアレルギー疾患者は日本以上の割合でいることがわかります。昨年はラグビーW杯が開催され、過去最高の欧米豪客が来日しましたが、果たして彼らは食に苦労していなかったかと今さらながら案じてしまいます。ベジタリアン・ヴィーガン並みにアレルギー対応食を求めていた人は多かったのかもしれません。

世界に眼を転じると、ヴィーガンレストランの数は増えています。ベジ・ヴィーガンレストラン検索サービスHappy Cowの調査結果(※2)によると、コロナ禍で閉店したヴィーガンレストランは世界で413軒、新規に開店したのは517軒で、結果104軒の純増になったとのこと。これはアレルギー対策が原因だとは思いませんが、食にルールを持つ人たちにとっては「何を食べているのかがわかる」状況は歓迎されているのでしょう。そして店舗側としては、今はどんなお客様にも対応するお店であれば商機はあると考えて開店に踏み切っているのかも知れません。

※1:平成30年度食物アレルギーに関す連する食品表示に関する調査研究事業報告書
※2:VegNews 2020月7月30日

掲載誌面: https://www.nna.jp/news/show/2085344


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