マガジンのカバー画像

音楽のレシピ

19
音楽制作に関する覚書
運営しているクリエイター

2020年10月の記事一覧

音楽のレシピ(その13) -ギター-

かつてギターを毛嫌いしていた時期がある。どう弾いても先達の築いたスタイルから逃れられず、…

音楽のレシピ(その11) —存在と不在―

実はずっと倍音のことについて述べようとしていたのだが、どうも文で表すと胡散臭くなってしま…

音楽のレシピ(その10) ーオマージュ・カヴァー・パクリ ―

自分ではオリジナルなメロディを歌ったり奏でたりしたつもりでも、後で既存の曲中に全く同じモ…

音楽のレシピ(その8) —記憶ー

「あなたは何曲、今までの人生の中で聞いてきましたか?」なんて問いかけられたら、音楽が好き…

音楽のレシピ(その9) ー続・記憶ー

前編で書こうとして忘れていたことを一つ。 『頭の中で鳴っている音』ってなんだろう? 小学…

音楽のレシピ(その7) —コピー・模倣ー

先日、相方のホサカさんが「ジョン・コルトレーンの ”ジャイアント・ステップス“ 、好きな曲…

再生

音楽のレシピ(その6) ー聴取者と演奏者ー

『誰もいない森の真ん中で木が倒れたとき、その音は存在したことになるのか』 今夜、サッカーJ1リーグ 浦和レッズ×セレッソ大阪の試合をちらりとTVでみたのだが、攻撃に転じたとみるやそのプレーのテンポに合った四つ打ちの手拍子を送り出し始める浦和サポーター達の様子を見て、「やっぱサッカー観戦ってライヴ並みにイイもんだよなぁ。オンガクだよなぁ」と思ったのであった。 そう。“お客さん”の存在って、音楽にとって必要なもの? そりゃ必要でしょう! だけど、オレはかつて中坊だった頃に恩師がいったこんな言葉を未だに憶えている。とあるチェロ演奏家が「私は聴衆との交感を演奏動機の一番のエネルギーとしています」とTVで語っていたのを見ての一言。「この人、世界でただ独りの人間になってしまっても、まだ演奏するのかなあ」‼‼‼‼!!‼‼!‼‼! 「たとえそうなっても演奏する人になってやるぞ」と心に決めたオレだったが、何のことはない。演奏者は常に自身の一番の聴衆でもあるのだから、そうなったって全然大丈夫! でも、やはり、お客さんがいれば嬉しい。貼り付けた画像は、最早主客一体となったライヴの好例として参照されたい。

音楽のレシピ(その5) ーノイズと話し声ー

何度でもしつこく言うが、51歳にしてオレは音楽についてまだ何も理解していない。ただ知識が頭…

音楽のレシピ(その1) ー鍵盤の弾き方ー

2020/06/22 12:07 [右手にふたつの音、左手にもうふたつの音。右手はそのままキープ。左手は右…

音楽のレシピ(その2) ー作曲の端緒ー

2020/06/29 07:11 いつも曲を作る時には、何かグッとくる音の響きを見つけ出すことが、大前提…

音楽のレシピ(その3) ー旋律と転調ー

「ハーモニーは要らないっつったって、メロディ吹けば当然そこにハーモニーがひとりでに出てく…

音楽のレシピ(その4) —空腹と音楽ー

京都市の西部、苔寺の近くにアパートを借りて貧しく住んでいた若い頃に、朝起きて、満たされぬ…