ベースボール型の中でも「野球」が特殊なワケ

体育の授業でも毎年必ず扱う「ベースボール型」とよばれるゲーム。最も代表的というべきはやはり「野球」だが、他にも「キックベース」、「クリケット」、「Baseball5」など多様にある。これらはサッカーやバレーボールなどの他の球技とは違う「型」として区別されているが、一体ベースボール型とは何が特徴なのだろうか。そして、その中でも「野球」という一大スポーツがベースボール型の中でも特殊であるとはどういうことか。

「攻撃」と「守備」

まず、スポーツに限らず「ゲーム」とよばれるもの一般について記述する。ゲームとは、プレイヤーに課された「目標行動」を達成した回数や達成するまでに要した時間などで優劣をつけるものである。目標行動とは、「ゴール地点まで移動する」や「指定されたエリア(=ゴール)の中にボールを運ぶ」などである。

プレイヤーが目標行動の達成に向けてコミットすることを「攻撃」とよび、他のプレイヤーがそれを妨害することを「守備」とよぶ。陸上や水泳などの一部のスポーツは、他の選手の妨害(=守備)をすることが許されていない。サッカー監督の河内一馬氏は『競争‐闘争理論』の中で、守備が許されていないスポーツを「競争」、守備が許されているスポーツを「闘争」と定義し、競争や闘争かゲームの様相が大きく異なることを指摘している。

本稿で中心的に取り上げるベースボール型ゲームは、他の球技と同様に守備が認められている「闘争」に属するスポーツである。

攻撃と守備の「強制」と「選択」

攻撃と守備がともに存在する「闘争」ゲームの中でも、この2つの行為をプレイヤーがどのようにとるかでさらなる区別ができる。闘争ゲームのプレイヤーは、攻撃と守備をどちらも行うことができる(サッカーの「ゴールキーパー」やバレーボールの「リベロ」は、役割上は守備専門だが得点を挙げることも許されている)。ここで重要なのは、ゲームのある瞬間に攻撃または守備のどちらを選択するかプレイヤー自身が決定できるという点だ。ほとんどの闘争ゲームでは、プレイヤーにこの選択の可能性が残されているが、「ベースボール型ゲーム」にはそれがない。

ベースボール型には、「表」と「裏」があり、どちらのチームにも「攻撃」または「守備」のどちらかしか与えられない。つまり、攻撃するか、守備をするかの選択はできず、ゲームによって「強制」されるという点が、この型最大の特徴である。ゲームの目標行動が「得点を取ること」にも関わらず、相手の妨害だけで自分の得点につながる行動が一切とれない時間があるのは、ベースボール型のみである。

ゲーム進行の「ポイント制」と「時間制」

ゲームが進むとは、試合開始から試合終了に向かっていくということである。これには大きく2つのタイプがあり、「ポイント制」と「時間制」に分けられる。

まず「時間制」からみていこう。サッカーやラグビーなどのゴール型スポーツは試合時間が決まっており、一定時間が経つとそこで強制的に試合終了となる。バスケットボールのように秒単位でカウントダウンをしていく競技もあれば、サッカーのように「アディショナルタイム」という追加時間が設けられるなど、その厳密さには多少の差があるが、ゲーム進行を時間でコントロールしているスポーツは数多くある。

つぎに「ポイント制」であるが、これは「ポイントを一定数とることでゲームが進む」というものである。例えば、バレーボールやテニスなどのネット型スポーツはこのタイプである。バレーボールは25点をとると「セット」が獲得でき、先に3セットとった方が勝ちとなる。テニスはおよそ4ポイントで「ゲーム」、6ゲームで「セット」、そして最終的に3セット(または2セット)をとると勝ちとなる。

ポイント制を採用すると、ゲーム時間が読めずに長くなる可能性があるという懸念はある。今では「ラリーポイント制」という毎回のラリーが必ずどちらかのポイントになる形式だが、以前は「サーブ権制」というサーブを打った側にしかポイントの権利がない形式だった。そのためまずラリーを制してサーブ権を獲得し、その次のラリーもとって初めてポイントになるため、「連続ポイント」が取れないとゲームが進まないという状況だった。試合を中継するというエンタメビジネスの観点からも、ある程度の試合時間の見通しが必要となり、現在のラリーポイント制が導入された背景がある。

ベースボール型はあまり統一されていない

では、ベースボール型はどのようにゲームが進むのか。まずはベースボール型スポーツの中で世界的に最も競技人口の多い「クリケット」からみてみよう。

クリケットは、野球のように攻撃側と守備側に分かれ、表と裏で1つのイニングとなる。今回の論点は攻守の「チェンジ」がどのように起こるかであるが、現在最も一般的とされているルールでは、①守備側が10アウトを取る、または②ピッチャーが120球投げるでチェンジとなる。クリケットの詳細なルールはここでは割愛するが、1試合が1イニング(表裏1回ずつ)で終了するにも関わらず、その試合時間が2~3時間になるということは、いかにアウトが取りづらいかがわかるだろう。そのための救済措置として球数指定が設けられ、実質的な「時間制」となっているというわけだ。

次にベースボール型スポーツのアーバン化ともいえる「BASEBALL 5」をみてみよう。(これも日本ではまだなじみのない競技だが、すでに世界大会も行われており、昨年メキシコで行われた第1回ワールドカップで日本代表は銀メダルを獲得している。)BASEBALL 5での「チェンジ」の方法は、いたってシンプルで「守備側が3アウトを取る」だけである。一見すると野球となんら変わらなさそうだが、5イニングやっても30~40分程度で終了する。そのわけは、実はもう1つの大きな特徴にかくされているのだ。

妨害から始まる変則的なスポーツ

序盤で述べた「守備とは、相手の目標行動達成を妨害することである」という視点を改めて思い出してほしい。河内氏のいうところの「闘争する」スポーツでは、守備という役割が存在し、それは相手にやりたいことをさせないための妨害行為を指している。シュートを止めに行く、スパイクをレシーブする、進行方向に立ちはだかるなど、基本的に攻撃側のアクションに反応してリアクティブに動くのが守備である。つまり、ほとんどの場合「攻撃→妨害」の順になっている。

では、野球はどうだろうか。リアクティブに動いているのはむしろバッター(攻撃側)の方であり、ピッチャー(守備側)による妨害からプレーが始まっている。つまり、「妨害→攻撃」という逆の順になっているのだ。これが野球やクリケットだけがもつ大きな特徴である。

BASEBALL 5は、実はピッチャーが存在しない。バッターが自らハンドトスをして打つことでプレーが始まるため、守備側は内野のフィールディングに徹すればよい。すなわち、一般的な「攻撃→妨害」の順を保っているベースボール型スポーツなのである。さらに、バッターは「打球がバウンドしてからでないと走りだせない」というルールがあるため、必然的にゴロを打つようになる。ゲーム進行のテンポがよくなるような工夫もされているのだ。

妨害優位でないと進まないジレンマ

ここまでの検討を整理しながら、野球というゲーム構造の特殊性をまとめていく。
まず、野球というゲームの目的は「相手チームより多く得点すること」である。これが唯一の勝利条件にほかならない。しかし、攻撃回と守備回が明確に分けられ、守備だけをする時間が強制させられるという特徴があった。

この特徴は他のベースボール型スポーツにも共通しており、アウト=妨害成功を重ねることで攻守のチェンジが実現する構造となっている。この点は「ポイント制」と似たようなシステムだが、自分たちの得点には何の影響もなく、意味合いとしては異なる。むしろ本来のポイント制は攻撃側の成功でゲームが進むという意味であり、ベースボール型は「守備側が成功しないとゲームが進まない」という特殊な構造であることがわかった。

「攻撃が成功すればするほどゲームが終わらない」というジレンマを解消する手立てとして、それぞれのベースボール型スポーツは工夫がみられている。まずクリケットは、球数制限を設けることで実質的な「時間制」を採用している。どんなに妨害が失敗に終わっても、いずれはゲームが進むようになっている。対してBASEBALL 5は、長打が出にくいルールにすることで、守備のハードルを下げるだけでなく、試合のテンポを上げるような設計となっている。また、妨害から始まるという逆転構造を元に戻すことで、ゲームの主導権を攻撃側に復活させることにも成功している。

では、野球はどうだろうか。野球ではゲームの主導権はピッチャーをはじめとする守備側にあり、かといって攻撃が成功し続けているときの”時間切れ”も存在しない。つまり、野球は「守備側が力技でねじ伏せるまで終わらない」という構造を維持しており、根本的なジレンマの解決には至っていないのだ。序盤で多くの点差がついた場合はコールド勝ちとして試合を打ち切るが、これは「これ以上試合も続けてもおもしろくない」といわれるようなものである。元巨人の名ピッチャー桑田氏が「野球はストライクとアウトがとれないと成立しない」という言葉を残しているが、まさに野球の構造を指摘した一言である。

攻撃が成功してほしくないというパラドクス

したがって、野球はとにかく「守備優位」な状態がつくられ、「攻撃成功率をいかに下げるか」という視点でゲームが構成されている。3割バッターはすごいと称賛されるが、裏を返せば70%は失敗しているのである。中には80%以上の確率で攻撃が失敗するバッターも少なくないが、攻撃成功率が全体としてここまで低いのは極めて異様である。

すべてのプレイヤーは目標行動の達成を目指す。その指標が得点であり、ポイントである。当然ながら、達成の確率は高い方がよい。ラリーポイント制なら必ずどちらかに得点が入るため、自分の攻撃が成功する確率は50%である。バスケットボールの3ptシュートさえ、平均して30%程度であり、2ptのシュートなら50%を超えることもめずらしくない。サッカーは0ー0でどちらも未達成に終わることもあるが、きちんと時間制が設けられている中での話である。

こう考えると、野球は「得点を取り合うスポーツ」であるのに、「攻撃が成功するとゲームが進まなくて困る」というパラドクスを抱えていることが分かる。これは他のベースボール型スポーツにはない特徴で、野球特有のものである。どうしてこのような構造になってしまったのか、それについてはまだ見えていない部分が多いので、稿を改めたい。(当初は①バッターが要求した場所にピッチャーが下手投げでトスをする、②打球をワンバウンドで補給されてもアウト、③先に21点取った方の勝利などのルールだったそうだが、競技性を追求した結果このような逆説的なルールになってしまったと推察する)

体育に野球の構造は向いていない

体育でゲームを扱うときの注意事項は数多くあるが、中でも無視できない要素は
・1試合がさくっとできる(複数試合できる長さ)
・かんたんに得点できる(攻撃成功率の担保)
・だれでも得点できる(攻撃側の有利状態)
の3つである。しかしこれまでの議論からもわかるように、野球というゲーム構造はこの3つのすべてに反している。このため体育で扱うには非常に相性が悪いのだ。

だからといってベースボール型ゲームそのものがダメなわけではない。クリケットのような「球数制限」を設けたり、2分間で攻守交代などの「時間制」を設けたりしてもよい。それによって新しい戦術が生まれてくるかもしれない。また、ベースボール型の醍醐味は「毎回変わる状況(ランナーやアウト数、打球の方向など)に反応して最適な行動選択をすること」であり、その多くは「バッターが打った後」に発生する。ならばBASEBALL 5のようにバッターからプレーを始めても十分に可能である。確実に打球が飛んでくるので、野手が長時間待つ必要がない。

とにかく野球のような
・ピッチャーが放ったボールをバッターが打ち返す
・アウト数が重ならないとチェンジできない
という2つの構造がそろってしまうと、極めて特殊なゲーム構造となってしまい、体育には向かないのである。本稿はそのことを細かく紐解くことを目指してきた。その分節化の中で、毎年必ずあるベースボール型の授業づくりへのヒントが1つでもあれば幸いである。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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