見出し画像

子供が体育を満喫するために必要な目標設定とは?

体育では、同じ授業に参加していても子供によって目標が異なる。
例えば、「持久走」の授業において
 ①あの子に勝ちたい(相手中心)
 ②自己ベストを出したい(自分中心)
 ③○○分以内に走りたい(課題中心)
など、個人で様々な目標設定をする。
また、「ベースボール型ゲーム」の授業においても
 ①ゲームに勝利したい(相手中心)
 ②活躍してチームに貢献したい(自分中心)
 ③ヒットを打ちたい(課題中心)
などの目標設定がある。

実は、これらの目標設定の種類によって、その時間の体育を満喫できるかどうかに差が出てくるといわれている。それはなぜなのか?そして、どのような目標設定にすれば、より満喫しやすくなるのか?

体育での「フロー体験」

最近は、活動の経験価値すなわちその活動をどれだけ満喫できるかが重要とされており、その中で「フロー体験(flow)」の注目度が増している。フローとは、その活動に完全に浸り、精力的に集中している感覚になる精神状態として心理学者のチクセントミハイによって提唱された概念である。似たような状態を指す言葉として、「ゾーン」や「忘我状態」ともいわれる。

特に運動やスポーツ場面でこのフローを体験することで、次のような効果が得られるとされている。

①次の身体活動への意欲増進
②ストレス軽減
③自己有能感の向上
④内的報酬(達成感や喜び)の増大とパフォーマンス向上

このような効果が期待できることからも、体育の活動中にフローを体験することは非常に望ましいと考えられる。しかし厄介なのは、フローに入っているかどうかは誰にもわからないということである。フローとは精神状態であるため、外から客観的に見えるものではない。また、「忘我状態」ともいわれるように無我夢中で活動にのめり込んでいる状態であるため、「あ、今俺フローに入ってる」のように自己を客観視した時点で、それはフローではなくなってしまう。実際にフローだったと”自覚した”経験があるアスリートも、活動後に当時を振り返っての想像による自己認識でしかない。

そのため、本当にフローだったかはわからないが、活動に完全に入り込んで無我夢中になり(かといって周りが見えなくなってしまうわけではない。むしろフロー中はすべての現象を把握してコントロールしているかのような感覚になるという。)、活動後に大きな満足感と自己有能感を味わうような体験を「フローに近い体験(flow-like experience)」とし、どうすればそのような体験ができるのかを解明しようとする研究がされている。

その中で、活動に対する目標設定とそれによるモチベーションが1つのキーポイントであることが言われている。以下、これについて詳しく述べる。

目標設定の3つの視点

冒頭で述べたように、体育の参加者は様々な個人的目標を掲げて活動に臨む。それらの目標は、「課題中心(task-based)」「自分中心(self-based)」「相手中心(other-based)」の3つに大別される。

さらに、「コンピテンス」と「パフォーマンス」を定義しておく。

コンピテンス=課題に必要な能力を備えていること
パフォーマンス=自己の持つ能力を発揮すること

つまり、ある高さのハードルを越えるときに、
● ハードルを越えられるかどうか(コンピテンスの検証)
● 越えた時にハードルからどれだけ高い位置にいたか(パフォーマンスの検証)
となる。これを踏まえて、3つの目標設定を説明する。

1.課題中心(task-based)

画像1

この図のように「目の前の課題そのもの」に焦点を当てる目標設定である。テストであれば「80点以上をとる」のようなものになり、体育では「二重とびを連続20回する」のようなものになる。
この目標設定のメリットは、
・成功/失敗のフィードバックがすぐに直接的に得られる
・一度成功すれば、次から自信をもって同じ課題に臨める
などが挙げられる。目の前の課題に必要な能力を持っているかどうかだけが焦点となるため、「コンピテンスベース」ということもできる。

2.自分中心(self-based)

画像2

この図のように「過去の自分のパフォーマンス」が基準になる目標設定である。テストであれば「前回よりいい点数をとる」のようなものになり、体育では「自己新記録を出す」のようなものになる。
この目標設定のメリットは、
・自分の能力に見合ったチャレンジができる
・過去の自分と比べることで、成長が実感できる
などが挙げられる。しかし、その一方で、
・過去と今が同じ難易度の課題とは限らない(テストなど)
・過去と今が同じコンディションとは限らない(体調など)
という点から、一概に比較することはできない。つまり、これは「パフォーマンスベース」の目標設定なのである。

3.相手中心(other-base)

画像3

この図のように「相手のパフォーマンス」が基準になる目標設定である。テストであれば「平均点以上をとる」のようなものになり、体育では「対戦相手に勝利する」のようなものになる。
この目標設定のメリットは、
・相手への競争心からモチベーションが上がる
・1人でするよりパフォーマンスが上がる(走るなど)
などが挙げられる。しかし、その一方で、
・課題の達成基準が変わるし、終わってからでしかわからない
・自分の能力に見合ったチャレンジにならない場合がある
など、これも「パフォーマンスベース」の目標設定であるため、正しい自己認知が難しくなる。

Approach型目標 と Avoidance型目標

さらに、同じ視点での目標設定にも2種類あるといわれている。例えば、4人で競走をするときに「相手に負けないように走る」という相手中心の目標設定をするが、その中で「1位になるように頑張る」と「ビリにならないように頑張る」という2つの目標設定があることが想像できる。

前者のようにポジティブな結果を期待し、その可能性を高めるために努力するモチベーションに基づいた目標を「Approach型目標」という。この型の目標設定は活動への希望や興奮からくるものであり、積極性や多様な関わりを促すとされている。
一方で、後者のようにネガティブな結果を予想し、その可能性を小さくするために努力するモチベーションに基づいた目標を「Avoidance型目標」という。この型の目標設定は、活動への不安やおそれからくるものであり、集中力の低下や気分高揚の阻害などにつながるとされている。
この2つの側面は、3つのうちどの視点の目標設定にも当てはまるものである。

A 3x2 Achievement Goal Model

これまでの話をすべて含めたものが、Achievement Goal Theory(達成目標理論)の 3x2 Modelとして Elliot, Murayama, & Pekrun (2011)によって発表された。

画像4

この表が示すように、目標を6つのカテゴリーに分け、異なるカテゴリーの目標を持つ者同士の心理傾向を比較する調査が行われた。その結果、次のようなことが明らかとなった。

● Aの目標設定をした人は、活動への内発的動機が高く、学習効率も良く、活動に集中しやすくなることが示唆された。
● Cの目標設定は、活動への活力になることが示唆された。ただし、Aのような効果は見られなかった。
● Dの目標設定は、活動への意欲を低下させることが示唆された。
● Eの目標設定は、パフォーマンスを促進させる効果が示唆された。
● Approach 型は、Avoidance 型よりも活動への意欲を高める効果がある。

さらにフロー研究では、フローやflow-likeな体験をしやすくなるための要因として以下を挙げている。

● 先の不安を心配するよりも、今に目を向ける
● 自分志向よりも課題志向な目標設定
● 課題に積極的に取り組む集団の雰囲気
● 活動に対して内発的に動機づけられている
● 活動への自信がある

これらの指摘を総合的に判断すると、最もフローやflow-likeな体験に近づきやすいのは「A:課題 Approach 型」であると考えられる。しかし、跳び箱や縄跳びなどの個人種目ならいいが、体育やスポーツでは対人での活動場面も多くある。対人ゲームにおいて課題中心の目標設定などできるのか?

目標を「目的」と「理由」に分ける

この問いに対して、3x2 Model を開発したElliot et al. は、目標を「目的」と「理由」に分け、それぞれにモデルを当てはめることが重要であると指摘している。

例えば、4人で競走をする際に皆「E:1位になりたい」と考えていても、
・(C:前回負けていてリベンジしたいから)1位になりたい
・(D:前回も勝っているから今回も)1位になりたい
・(F:負けてバカにされたくないから)1位になりたい
など、同じ「1位になる」ことが目的でも、その理由は様々考えられる。この理由の方がモチベーションの根底にあり、対人ゲームにより活発に参加するには、CやEに該当する理由があることが好ましいと考えられる。

また、フロー理論では、①自己の能力と課題の難易度が適切である、②課題を達成できるという自信がある時にフローに入りやすいとされている。自己の能力に見合ったチャレンジをするには自分中心(self-base)、課題への自信を持つには「コンピテンスベース」の課題中心(task-base)がよい。

したがって、「C:自分 Approach 型」の理由で「A:課題 Approach 型」の目的を設定すると、最も体育を満喫しやすいと考えられる。
例えば、サッカーなら
・「C:チームに貢献したい」から「A:シュートを止める」
・「C:練習の成果を確かめる」ために「A:シュートを決める」
というような目標設定の仕方になる。

まとめ

以上、体育の活動でフローやそれに近い体験をしやすくなるための目標設定やモチベーションについて考察した。最後は、望ましいと考えられる目標の例を挙げたが、それを全員に強要しても達成されないと思われる。なぜなら、体育やスポーツには個人がそれぞれのパーソナリティを持ち、体育に求めているものや楽しめるポイントはそれぞれ違うからだ。重要なことは、目の前の子供の目標が本稿で紹介した 3x2 Model のどこにあてはまるのかを把握し、ふさわしい支援をしていくことである。理論とは「答え」ではなく、答えを導き出す「ヒント」でしかない。本稿も、ヒントの紹介とそのヒントの活かし方を伝えるものとして、皆さんの参考になれば幸いである。

最後までお読みいただきありがとうございました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?