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体育デザインに必要な3つのポイント

日頃より私の記事やTwitterでの発信をご覧くださりありがとうございます。最近、DM等で「アカデミック先生は体育でどんなことを意識していますか?」「先生の考え方を授業に反映させるとしたらポイントは何ですか?」などの問い合わせをいただく機会が増えました。数百文字の短いテキストで伝えることは困難だと感じたため、本稿に記すことにしました。尚、すでに過去noteにまとめた内容もあるので、下記リンクよりご参照ください。

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体育を「デザイン」するとは

さて、そもそも「体育のデザイン」といっても様々な切り口があるため、まずはその視点の整理から始めたい。いわゆる「授業づくり」の中には、
 A:主運動(メインゲーム)のデザイン
 B:運動以外の活動(話し合いや振り返りなど)のデザイン
 C:1コマの授業の流れのデザイン
 D:単元のデザイン
 E:補完アイテム(学習カード等)のデザイン
 F:評価方法のデザイン
など、様々な構成要素がある。これらの関係や役割を理解するために、私はよく「レストラン」を例に用いる(これに例えることへの賛否があることも承知している)。

上記のA~Fをレストランに例えた場合、私の中では次のように位置付けられる。
 A:ハンバーグ(メインディッシュ)
 B:付け合わせ(副菜)
 C:入店から退店までのサービス
 D:複数回の来店(リピート)時のサービス
 E:サービス提供時のオプション(メニュー表・カトラリーなど)
 F:満足度調査

レストランは、料理というメインプロダクトから、接客というサービスまで、様々な要素をデザインしながら、客(消費者)に外食という「体験」を提供している。ほぼすべてのレストランが標榜しているのは「幸福の提供」であり、そのために良質な体験をデザインして「リピーター獲得」を目指し、毎回のサービスの「満足度向上」のために細部までこだわっている。

この構造は、体育の授業にも全く同じことが言える。教師は体育という「体験」を提供し、子供はそれを「消費」する立場にある。多くの教師が目指すのは、子供が「またやりたい」と思える体育であり、学習指導要領でも「生涯スポーツにつなげること」が究極的な目標(=最上位目標)として定められている。すなわち、体育は子供たちをスポーツの「リピーター」にすることを目指すものであり、そのために毎回の体育授業の「満足度」を高めるべく、教師は日夜デザインに勤しんでいるのだ。

しかし、レストランではありえない問題が、体育では起こってしまうことは少なくない。それは「接客サービスは最高なのに、肝心の料理が全くおいしくない」という問題である。これを体育に換言すれば、「学習カードや話し合い活動は一見充実しているが、そもそもやっている運動がつまらない」状態である。まずいレストランには二度と行かないのと同様に、つまらない運動を強いられる体育では、スポーツがむしろ嫌いになってしまう。この問題が起こってしまう原因は、B~Fのデザインばかり注力して、Aのデザインが不十分なことである。

したがって、私がここでいう「デザイン」とは、A:主運動(メインゲーム)のデザインに特化したものである。体育は既存のスポーツを題材とし、それを子供向けに加工した運動として体験させる。その「加工」をどんな工程で行えばいいのかということを深く掘り下げていく。つまり、おいしいハンバーグを作るために、素材を理解し、どんな「味付け」をすればいいのかを考えることを指す。

私が意識しているポイントは3つ

では、いよいよ私が意識しているポイントを紹介する。結論から言えば、それは次の3つである。

①そのスポーツ・運動がもつ特性を理解する
②そのゲームの『エッセンシャル・スキル』をイメージする
③コピーではなく、シミュラークルをつくる

①そのスポーツ・運動がもつ特性を理解する
これについては、すでにnoteで紹介している。あらゆるスポーツを、そのゲーム特性から6つのカテゴリーに分類することで、各スポーツの「楽しさ」が宿るポイントを整理した。いわば、「素材を理解する」ことである。これによって、そのスポーツの「体験」に満足させるために、どんな要素を強調すればいいのかがわかり、「素材の味」を生かしたものを提供できるようになる。詳細は、以下を参照してほしい。

②そのゲームの『エッセンシャル・スキル』をイメージする
これもすでに別稿で詳細を述べている。『エッセンシャル・スキル』は、まだ馴染みのないワードだが、これは「そのゲームを楽しむために最低限必要とされる運動スキル」を意味する。技能レベルが満足度に直結しやすい体育において、その集団内で相対的に技能が低い子でも十分楽しめる(ただし、技能が高い子も十分楽しめる)ようなゲームをデザインすることは非常に重要となる。詳細は、以下を参照してほしい。

③コピーではなく、シミュラークルをつくる
3つめのこのポイントについては、本稿で詳細に記すこととする。前述のとおり、体育は既存のスポーツを題材にして提供される。つまり、スポーツこそが「オリジナル」であり、体育はその「複製」である。しかし、上記の①②を踏まえて考えれば、格闘技やラグビーのような危険なスポーツは扱えないし、サッカーのような技能差が出やすいスポーツも扱いにくい。バスケットボールやバレーボールも、そのままの形ではエッセンシャル・スキルが高すぎる。すなわち、体育ではスポーツの「コピー」をしようとしてはいけないのだ。では、どうすればいいのか。以下でさらに詳しく述べていく。

「シミュラークル」とは

ここでヒントになるのが、「シミュラークル」という概念である。シミュラークルとは、フランスの哲学者で思想家でもあったジャン・ボードリヤールが提唱したもので、「オリジナル」でも「コピー」でもない別の概念であるとされている。例えば、「これまでの〇〇の概念を覆す進化系」などと評される新商品が出ることがある。この商品は、これまでの商品から派生した、すなわちオリジナルから二次的に生まれたものであるにも関わらず、全くのコピーではない。さらに、その新商品の誕生がオリジナルにまで影響を及ぼしてしまう。このように二次的なものがオリジナルに「逆方向」の影響を与える事例は、現代では枚挙にいとまがない。この「オリジナル」でも「コピー」でもないものこそが、「シミュラークル」とよばれるものである。

では、スポーツの「シミュラークル」とは何か。これをよりわかりやすくするために、哲学者の東浩紀氏が著書『動物化するポストモダン』で示した「データベース」の概念を併せて持ち出したい。本稿ではより簡易的の紹介にとどめるため、解釈にいささかの齟齬があればお詫びしたい。

東氏は、何が「オリジナル」で何が「シミュラークル(二次創作)」かがわからなくなった現代において、我々は数多の創作物からあらゆる要素を抽出して「データベース化」しているとした。それを実感していただくために、私は『ポケモン』を例に出したい。

初代のポケモンでは、「イーブイ」は「水タイプ:シャワーズ」「電気タイプ:サンダース」「炎タイプ:ブースター」の3種類に進化できる。この用意された3匹の進化系は、色・姿・形などそれもバラバラである。しかし、私たちはそれらが「なんとなく似ている」ことは感覚的にわかるし、見た目から「イーブイの進化系」であることに納得できる。つまり、この進化後の3匹は、進化前のイーブイ(オリジナル)とは姿が違う(コピーではない)が、ある程度の共通項をもつ二次創作(シミュラークル)であると認識しているのである。実際に、その後の新シリーズでイーブイの新たな進化系が続々登場しても、それらがみな同じ共通項を有したシミュラークルであると認識できるため、初見でも「これが新しい進化系か」と思えるのである。

他にも、ルビー&サファイア版で「プラスル」と「マイナン」を見たときに、「ピカチュウ」を連想しなかった人はいないだろう。シリーズを通して、「デデンネ」や「モルペコ」など、既に存在する他のキャラクターを彷彿とさせる見た目のポケモンは数多く登場している。例えばこの場合、
 ・イエロー系の見た目
 ・頬の丸い斑点
 ・細長い耳
 ・丸い目
 ・丸みを帯びた胴体
 ・短い手足
など、多くの要素を共有していることで、それらが「似ている」と認識できる。実は、このような細かく1つ1つに分解された各要素のリストこそが、東氏のいう『データベース』である。シミュラークルが乱立している現代は、私たちは無意識に脳内にこの「データベース」を作り、共通項の多い・少ないを判断して、目の前に現れた多様なシミュラークル(二次創作)をカテゴライズしているのだ。

体育は「バスケ」ではなく「バスケっぽい」ゲームをする場

少々話が逸れたが、再び体育のデザインの話に戻る。この「シミュラークル」の概念が構築された今なら、3つめのポイントの意味がわかるだろう。社会の中で存在するオリジナルのスポーツは、何年もかけてスキルを磨いてきた人たちがプレーしているものである。それをたった数回の授業だけで「再現」するのは不可能であることは考えるまでもない。しかし、残念なことに学校現場では、体育においてスポーツの再現をする、すなわちスポーツの「コピー」をつくることに必死になってしまう教師が少なくない。それゆえに足りないスキルを補うための反復練習に多くの時間を割き、技能差が露骨に結果に影響するような運動体験ばかりが重なって、運動・スポーツ嫌いを生み出してしまっている。

では、「コピー」ではなく「シミュラークル」を創造するにはどうすればいいのか。それは、次の3つの手順になる。

1.まずは扱いたいスポーツの特性を「データベース化」する
2.データベースの中から、必要な要素だけを抽出する
3.「エッセンシャル・スキル」を考慮して、ゲーム内の要素を調整する

例えば「バスケットボール」を体育で扱いたい場合、まず知るべきは「バスケットボールと他の競技の違いは何か?」である。
 ・ゴールの位置や形状がどんなプレーを誘発するのか
 ・コートのサイズと人数の関係
 ・「ファール」と「バイオレーション」の違い
 ・攻守のパワーバランスとシュート成功率
などを、同じ「ゴール型ゲーム」であるサッカーやハンドボールと比較して、バスケットボールをデータベース化することが必要になる。そのゲーム構造を理解せずして、「ドリブルやシュートの練習が必要だ」と断言するのは、その人がバスケットボールの「コピー」をつくることにこだわっているに他ならない。

次に、それらのデータベースが用意出来たら、そこから必要な要素だけを抽出する。ここで重要なのは、要素さえ満たしていればよく、必ずしも「同じ形」である必要はないということである。具体的に言えば、「リングの中にボールを通したら得点」という要素は採用しつつも、リングの直径や高さ、向き、コート内の位置などは、必ずしもオリジナルと同じである必要はない。そこで判断基準となるのが②で述べた「エッセンシャル・スキル」となる。
 ・ゴールの高さを下げたらどうなるか
 ・ゴールを上向きではなく、フラフープで前向きにしたらどうなるか
 ・シュート成功率が上がれば、得点を取り合うゲーム展開になることが予
  想される。チーム内の得点バランスはどうなるだろうか
など、ゴールを1つ考えるだけでも、参加する子供の技能レベルとゲーム展開のバランスを考慮した最適解は多様になる。これをコートサイズや人数、ボールの素材や行動制約(歩数制限など)と、あらゆる要素について検討することが、スポーツのシミュラークルをつくる上で不可欠となる。

これらの検討をした場合、ほとんどの確率で「バスケ」そのものはできないと判断できる。しかし、短期間で即席のスポーツ体験をする体育においては、緻密にデザインされた「バスケっぽい」ゲーム(シミュラークル)を楽しませることが最善策なのだ。日本のジュニアスポーツは、部活動と体育の2つの接点で学校と強く結びついている。年単位で時間をかけて成熟させることができる部活動では、スポーツの「コピー」をつくることにこだわっていいと私は思う。しかし、体育においては、それは決して求めてはならないものであり、教師はそれらを混同してはいけない。

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このような理念に基づいて、私は体育のデザインをしています。少しでも参考になる点があれば幸いです。今後も多様な種目のデザインやアイデアを紹介していきますので、引き続きよろしくお願いします。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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