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なぜAIを育てることを「教育」といわないのか?

近年AI(人工知能)の発達が予想をはるかに上回るスピードで進んでいます。AIが人間の知能を上回る「シンギュラリティ」と呼ばれる状態が、かなり近い将来に現実となると主張している研究者もいます。

そもそもAIは、入力されたデータからある法則を導き出し、方程式(アルゴリズム)を作り出していくものです。アルゴリズムという”道筋”が一度できてしまえば、人間が計算するよりも圧倒的に速いスピードで計算ができてしまいます。さらに、入力データが増えると、自動的にアルゴリズムを修正し、その精度をどんどん高めていきます。このことを「ディープラーニング」と言います。

このデータのインプットプロセスを自動化するシステムも開発されていますが、多くの場合、人間が”意図的に”AIに情報を入力していきます。このことを俗に「食わせる」などと言いますが、情報のインプットを行うことでAIを育てています。

しかし、人に情報をインプットして育てることを「教育」というのに対し、AIに情報をインプットして育てることは「学習させる」といいます。AIに対して「教育」を使わないのはなぜでしょうか。「学習させる」と「教育」は同義で使われているのでしょうか。

「学習」と「教育」の意味の違い

まずは言葉の意味の違いを辞書で確認しました。「学習=Learn」「教育=Educate」として、それぞれロングマン英英辞典で引くと、

learn = to gain information
educate = to give information to someone

とありました。つまり学習は情報を獲得すること教育は情報を与えることになります。しかし、この定義に従えば、AIに対しても「教育」が使えることになってしまいます。両者の違いをもう少し深く捉えてみます。

こちらは過去に書いたnoteになりますが、この内容を発展させて書きたいと思います。(ぜひこちらもあわせてご一読ください。)
ここでは記事中の『学び=現象』という立場に立って考察します。辞書の定義のとおり、「学習」とは外部環境にある情報の獲得を意味します。しかし、個人にはそれぞれの興味関心や認知能力の差があるので、必ずしもすべての外部情報が学習されるとは限りません。このように情報の獲得の際には様々な認知バイアスがかかります。したがって、実際に獲得した情報は元々外部にあった情報とは異なった状態で学習される場合があるということになります。

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それを踏まえて「情報を与えること」との関係をみると次のような図式になります。情報のやり取りをするには、互いをつなげる「接続空間」があり、情報を与える側はその空間内に情報を置くことしかできません。そして受け取る側は接続空間に出された情報の中から、認知バイアスのかかった状態で学習します。すなわち提供した情報と学習した情報が一致しないのです。これは学習だけでなく、人とのコミュニケーションの基本構造となっています。

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一方で、AIに情報を与える場合はどうでしょうか。AIは与えられた情報をすべて学習します。つまり、情報を与える側が接続空間を介さずにAIの中に直接情報を置くことができるのです。そのため認知バイアスも一切かかりません。提供した情報と学習した情報が完全に一致します。

この違いが、「教育」と「学習させる」の言葉の違いにどのように反映しているのでしょうか。

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学習を意図的に起こせないのが「教育」

このように考えると、AIが行う学習は、(今のところ)すべて人間がコントロールできるということになります。このAIを人間の支配下に置いているという観念から、「学習”させる”」という強制のニュアンスを用いて表現していると考えられます。

対して人に情報を与える時は、必ずしもすべてが学習されるとは限りません。すなわち、相手の学習をコントロールすることはできないということです。それでも「教え(情報を与え)、育てる(学習を起こす)」という言葉が使われています。意図的に起こせないのに、それが起こることを目指すという大きな矛盾を達成しなければいけないのが教育だということです。

教育においては、意図した情報を、意図したタイミングで学習させることは不可能です。しかし、結果的に学習させることを目指すのだとすれば、教育者にできることは自ずと見えてきます。それは、①接続空間への情報提供の工夫、②学習者の認知バイアスの軽減です。

①は、学習者がその情報に触れる機会をより多くするために、何度も接続空間に提供し続けることです。あるいは、そこにある情報に手を出してもらうために配置を工夫することも必要になります。ショップ店員が商品を購入してもらうためにディスプレイの調整や装飾をするのと同じイメージだと思います。
②は、目指す情報の獲得につながる予備情報を獲得させたり、学習へのモチベーションを高めさせるような手立てをとることです。店頭を美しく飾るだけでなく、来客の購買意欲を直接かきたてることも重要になってきます。

AIに「教育」を使わない理由を考察すると、「学習」のプロセスと「教育」の定義についてより一層深めることができました。皆さんの中にも、思考の種が蒔けたなら幸いです。最後までお読みいただきありがとうございました。

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