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喉ごしの良いゼリーのように気持ちいい映画「mellow メロウ」

今を時めく今泉力哉監督の作品「mellow メロウ」を観た。映画全編を通して劇的な盛り上がりも、涙を煽るようなエモーショナルなシーンもない。タイトルの通り、甘く柔らかくゆったりとした空気が流れる静かな映画だ。

それでは退屈な映画なのかと思われるかもしれないが、かなり面白い。
12月のある日、中学生の少女が町で一番おしゃれな花屋さんのドアを開ける‥大好きな人にあげる花束を買うために。おとぎ話に出てくるようなレトロで小綺麗な店内は、時が止まった花園のように美しい。

優しい声で少女を出迎える店主は若い男(田中圭さん)。この店主の夏目という男がまた、非常にファンタジックな男なのだ。男性特有の生臭さや気難しさがなく、どこか女性的な優雅さも持ちながら、生活臭はちゃんとある。少年と少女の中間、おじさんと若者の中間、あらゆるものの中性的な存在。それでいて魔法使いや妖精風ではなく、ごく普通の花屋の店員として存在している。こういう人物を生き生きとスクリーンに存在させることが出来たのは、田中圭さんに負う部分も多いのではないだろうか。

ストーリーは登場人物たちの片想いを中心に描かれる。みんな片想い。冒頭では両想いの男女すら、互いを想い合うゆえに別れてしまう。正に一方通行の想いを余すところなく描いた作品なのだが、不思議に悲壮感はなく明るい。

それは生々しい欲望を孕む前の、純粋な片想いだからだろうか。人妻役のともさかりえさんですら、少女のように透明感のある佇まいで、当然話の展開も不倫といった暗くドロドロとした行く末にはならない。

ただただ、美しい女性たちの純粋な片想い、感情の煌めきが美しい花たちと共に描かれる。それでいて彼女たちの葛藤が描かれない訳ではない。ヒロインの木帆は父を早くに無くし、細腕一本でラーメン屋を営む。しかし父の味を再現することはできず、客足は落ちるばかり。設定としてはかなり暗いのだが、彼女を明るく芯の通った女性として演じた岡崎紗絵さんの好演も光る。

そしてカメラが捉える光の美しさ。眩しい朝日の輝き、店内に差し込むゆったりとした日差し、夕暮れを迎えて暗くなった店内に灯される暖かなオレンジの照明など、光の表情が非常に繊細に撮影されている。

一番印象に残ったのはSUMIREさんが演じるヒロインの友人が、口にする「それじゃ、その片想いの気持ちはどうなるの?」という問い(セリフを正確に覚えていなくてすみません)。まるで人格を持った人間に対するように、想いを伝えることなく消えてゆく恋心を惜しむ言葉。

告白というのはギフトにも、凶器にもなりうるもので、特に卒業式など離別が決まっている場合にする告白は自己満足に近い。しかしこの映画では「そこにあった恋心」を大切に昇華させる為に、彼女たちは告白を試みようとする。

mellowとは「成熟した」「甘美な」「ゆったりとした」「芳醇な」といった意味があるようだが、まさに映画の登場人物たちはそれぞれの人生の転機となる時期を迎えて、それぞれの決断をもとに片想いを昇華させる。その媒介となる夏目という男もまた、芳醇な色香をほんのりと放つ柔らかな男。

この映画は甘美で喉ごしの良いゼリーの様に、いつまでも観ていたいと思わせる「気持ちの良い」作品。

ド派手な大作映画や、重厚な名作映画もいいが、疲れた心にそっと寄り添うこんな映画こそ、映画館という温かい暗闇の中で見ることをお勧めする。

もし残念ながら映画館のスクリーンで観ることが叶わなかった場合には、温かいホットミルクかおいしいワイン、またはウイスキーをちびりちびり舐めながら、まったりと週末の夜に観るのがぴったりな映画だろう。疲れたあなたに甘いゼリーがつるりと入り込むように、優しい気持ちを与えてくれる映画だ。

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