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~ピスタチオカラーに、チョレギサラダの香りを添えて〜

「袋はどうしますか.」
「あ、結構です.」間髪入れずの即答。
たかが3円、されど3円。数分後に捨てると分かっているものにお金を払うのはなんとなく気がすすまない。

この選択は間違いであったと頭を抱えるとは、この時のわたしは夢にも思わなかった。

*~*~*~*~~*~~*~~*~~*~~

着る期間が短く、活躍の出番が少ないしなあ。
そしてどうせならあまり人と被らないデザインや色がいい。

そんなことが頭の隅にぐるぐると回るので、新調したいと思いつつもなかなか購入に踏み切れないものがあった。定番であるベージュ色はもう既に持っている。

そう、トレンチコートである。

今年の春、ようやく「これだ!」と思うものに出会えた。

するんと手触りの良いなめらかな生地。少しくすんだ黄緑、すなわちピスタチオカラー。琥珀色のボタンもなかなか素敵。

袖を通し、少しゆったりめのシルエットをきゅっと腰元で結ぶ。長い裾を翻しながら歩くと、風をはらんだ裾がふわっと浮き上がる。そしてわたしの気持ちも上を向く。

ピスタチオカラーのコートをなびかせるたび、いつもよりなんだかちょっとエレガントで落ち着いた女性になった気がした。

気が、した・・・・・・・・。


歩くたびに香るチョレギサラダのドレッシング。
ゴマ油を含んだ香ばしい香り。

あれ、先ほど買って食べて、、すでにお腹の中に落ち着いたはず。そんなに香りが残る……?

首をかしげつつ、ふと目線を首元に落とす。


絶句。
絶句という言葉はこの瞬間のためにあったのかもしれない。

まださほど着ていない、お気に入りの、コートに無残に広がる茶色い小池

……思考回路は、ショート寸前。今すぐ洗いたいよ。

れ、冷静になろう。何が起こったのか、時系列を追って思い出す。

お店でチョレギサラダを買う。ゴマ油を含んだドレッシングをかける。レタスのシャキシャキした食感とドレッシングがよく合っていたな。そうしているうちに乗るはずの電車の時刻が迫っていることに気づく。あとでホームのゴミ箱に捨てよう。ダッシュをキメる。さっき袋をもらっていないので、胸の前でパックを抱えて。

これだ。

たっぷりとドレッシングをかけるチョレギサラダを選んだ自分も、先ほど袋をもらわなかった自分も、胸の前で持って走った自分も、全部全部恨めしい。

わたしゃ、すれ違うたびにふわっとゴマ油の香りをさせる系女子になんか、なりとうなかったよ……。香るならこうフレッシュなシトラス系やさわやかなフラワー系の香りが良かったよ………。


すぐにでも、石鹸で洗い被害を最小限にくい止めたいが、駆け込んだのは電車。よりによって快速。しばらくは降りれない。

さてどうするか。
どんなピンチも何食わぬ顔で切り抜けるのが大人の女性というもの。鞄を探る。ハンカチ。あ、え、、、これは人にもらったちょっといいハンカチ。ゴマ油の香り×2は、勘弁願いたい。

ウ、ウェットティッシュ!!!ナイス自分。

揺れる車内で飲みかけのぺットボトルの水のふたを開け、ウェットティッシュに適量含み、上から軽く叩く。この間約5秒。

少し池の色は薄くなった。予想外の出来事に凹んだり、慌てたりするだけでなくて、限られたリソースをフル活用し迅速に動く。

・・・これぞまさに落ち着いた大人であるといえよう。

なわけあるかい。そもそも落ちつきのある人が盛大に襟元からゴマ油の匂いをさせるもんか。


大きな犠牲を払い、今回わたしが学んだことは、

・必要な時に3円の袋を惜しまないこと。
・不用意に走らないでいいように、時間に余裕を持って過ごすこと。



梅雨入りし、すっかり初夏の匂いがしてきた今日この頃、もうしばらく着ることのないピスタチオカラーを眺めながら、思う。

来年着る頃には、もうちょっとこのコートが似合う自分になっていたいな、と。


#エッセイ #トレンチコート
#最近の学び  


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