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悔やんでも悔やみきれない。

人生でもっとも後悔していることは、大学のサークル選びである。大きな失敗をおかしてしまい、今でも悔やんでも悔やみきれない。そんな気持ちを鎮魂するために、その顛末をここに書き記しておきたい。

私は地方から大学入学を機に上京した。期待に胸を膨らませて、新生活を迎えようとしていた。
学業を立派に修めて、人の役に立つような仕事に就き、東京中いや世界中を飛び回って活躍するような人間になりたいという希望があった。
というのは嘘でただただ華やかな東京で、面白おかしい学生生活を送りたいと思っていた。

大学受験が終わり大いに遊んでやろう、あわよくばかわいい彼女を作って童貞を卒業しようと不埒な希望を抱いていた。
いやむしろ童貞を卒業するために東京に来たと言ってももはや過言ではなかった。
かわいい彼女を作り童貞を卒業するために、故郷を捨ててこの遠い東京まではるばるやってきた。

そんな中で、どんなサークルに入るかということ童貞卒業の大きなポイントになってくると私は考えていた。
なぜなら世の中はサークルは男女関係において天国のようなところだという言説に溢れていたからである。

サークルの合宿、飲み会、サークル仲間とのドライブ、夏は海に行き、冬はスキーかスノボをするのだろう。当然その中で男女の仲も深まってくるわけで、童貞が卒業できるチャンスもそこかしこに転がっているだろう。
学生生活を謳歌するのならばサークルに入らない手はないだろう。できれば女の子が多いサークルに入れたらと夢想していた。

そしてはじめて大学に行く日がきた。
入学式前に簡単な手続きがあるということで、軽い気持ちで出かけた。しかしこの日を境に私の運命が変わった。人生の分岐点であった。もし私が人生をやり直すなら、確実にこの日に戻る。そう思えるくらい私の人生を左右した一日だった。

軽い気持ちで大学に出かけたものの、大学に到着すると驚いた。おびただしい数のサークルが勧誘活動をしているのだ。自分が上級生になってから分かったのであるが、この入学式前の手続きの日とは、サークルにとって新入生を青田刈りする大チャンスの日なのだ。

私はそんなことも知らず、その新歓の光景に圧倒されながら手続きをするためにキョロキョロしながら目的地に向かっていた。
そこへ声をかけてくるおしゃれでかわいい女性がいたのだ。私の出身地である三重ではまず見ない種族の生き物だ。そして「私たち花見をやってるだけど来ない?」と言う。
今の私であれば、こんなふうに声をかけられたら100%逃げる。怪しさしかないからだ。しかし地方から出てきて純真無垢で、学生生活に甘い夢を抱いている童貞はいちころであった。

ただ当時はものすごく真面目だったこともあり「あっあっあのっまっまだ手続きが…」と私がつかえながら話すと女性はすかさず「私、2年なんだけど去年やってて分かってるから、一緒に行ってあげる」と言うのだ。

今だったらどう考えても強く断るが、当時は弱気な童貞であったので断りきれず一緒に行くことになった。そして困惑しつつも、あわよくばこの女性と仲良くなれるかもと一縷の望みさえもってさえいた。

手続きの列に並んでいる間、女性は積極的に話しかけてくる。出身はどこ?などという問いに「みっみっ三重です」と童貞丸出しの返事をする私であった。

そして手続きが終わると花見の会場に連れて行かれた。学内の桜の木の下に多くの男女が座って、話に花を咲かせている。童貞の私にはその様子がキラキラして見えて仕方なかった。
これこそ私が夢見ていたキャンパスライフ!とこの時は大きな誤解を抱いてしまった。

そこで何人もの男女の先輩と話をして、連絡先を交換したのだ。楽しい時間はあっという間に過ぎて夕方になり帰宅することになった。
これは私にも春が来たと、浮かれ気分で家路についた。

しかし浮かれた童貞ほど始末におえないものはない。
ここで私は心の奥底に幾つかの疑問を抱いていたのだが、案外すぐに童貞を卒業できるかもしれないという期待が強すぎて、その疑問たちに気が付かないように自分の気持ちに蓋をしてしまったのだ。

その疑問とは、先輩たちはサークルというものの、どんな活動をしているかということを聞くとはっきり言わないのだ。「いろいろやってるよー」と濁してくる。

二つ目の疑問は私を花見の場に連れて来た女性は、一旦は花見の席に着いたのであるがすぐにどこかに行ってしまった。この女性と仲良くなりたいと思っていた私は肩透かしをくらった。しかし、その後いろんな先輩が入れ替わり立ち替わり話しかけてくれるので、そんな気持ちをすぐに忘れてしまったのだ。

三つ目の疑問はそこには私のように勧誘されて、花見に参加している新入生が何人かいるのだが、新入生同士が話がしづらいような雰囲気になっている。新入生一人につき、何人かの先輩がついていて、他の新入生と話すような隙がない。

冷静に考えればおかしいことはいくつもあったが、まったく冷静とは程遠い私は浮かれるのみだった。
そして次の日から連絡先を教えた先輩たちから頻繁に電話がかかってきて、ご飯に誘われる。東京に知り合いがいない私は、のこのこと出かけていったのだが先輩たちの話は面白く洗練されていて、さすが東京の学生といった感じであった。

新入生歓迎バーベキュー、新入生歓迎コンパなどそのサークルが主催するイベントにも参加してすっかり先輩たちと仲良くなった。

しかしサークルの活動内容は謎のままという大問題は残っていたのだ。その話題になると先輩たちは誤魔化すし、次第に私が気を遣ってその話をしないようになってすらいた。

何度も奢られ、イベントにも参加することで先輩たちに何かを返さなければいけない気持ちになり、そして何よりも親近感を抱くようになってしまったのだ。これが危険だし、このサークルのやり口なのである。

そして訳もわからぬまま、気がつけばサークルに入るという書類にサインをしていた。こんなに先輩たちによくしてもらったのだから、今さらサークルに入らないなんて言えなくなっていた。田舎出身の童貞をだますことは容易い。

そしていよいよある日「活動日」が今度の土曜日にあるから大学のスタジオに必ず来るようにという指示があった。

そこに行くととても驚いたのだが、先輩たちが何か民族衣装のようなものを着ている。サンバのように露出度はまったく高くないが、色は派手だ。私を含めて「活動日」に呼び出された新入生たちは度肝を抜かれた。

そしてリーダー格の先輩に「私たちは民族音楽をいろいろやってるサークルだったんだよね。怪しくないからちょっと聴いてよ」と言われた。

いや充分怪しいし、これが怪しくなければ世の中のどれを怪しいと思えばいいのだと思いつつ、これまでお世話になっている先輩たちにノーとは言えない。何曲か変な曲を聴いたあと、有無を言わせぬ感じで私たち新入生も民族衣装に着替えさせられた。そして先輩たちから「似合う!似合う!」と今世紀最大に嬉しくない褒め言葉をかけて貰った。

奇妙な衣装に着替えさせられた私たちは無理やり打楽器を持たされて、「一緒にやってみよう!」というありがたい言葉を先輩からいただいた。

私は民族的な音楽に合わせて、両手に持たされた卵形のマラカスを頭上で響き鳴らして「何しに東京に来たんだろう」と呆然とした気分だった。

先輩の「怪しくないから」という言葉は奇跡的に本当で幸いこのサークルは、カルトでもマルチでも危険思想の団体でもなかった。

サークルに入って徐々に分かっていたのだが、ここは純粋に民族音楽を奏でる団体だったのだ。歴史は当時で50年以上あった。
設立当初は純粋に民族音楽を楽しみたいという人たちが集まっていたらしい。

しかし次第に民族音楽を全面に出すと人が集まらなくなったようだ。
そこで独自の新入生をサークルに入れる技術が磨かれたらしい。

まず勧誘の時に活動内容は明かさない。

そして私が花見の時に疑問に感じた、私を花見まで連れて来た女性はなぜすぐにどこかに行ってしまったかということは、彼女は声かけ役だったのだ。垢抜けたかわいらしい女性はとにかく童貞っぽい新入生を勧誘しまくる。そして花見の場の盛り上げ役に引き渡して、その女性は新入生が集まる場所にまた戻っていく。ちなみに男性の声かけ役は、女性の新入生を勧誘する。

花見の場で新入生同士に話をさせないのは、新入生同士で仲良くなり、このサークルに疑問をもたせないためである。

そしてその後とにかく毎日のように食事に連れて行き奢り、サークルに入ることを断りにくくする。マニュアルはないものの、このやり方は脈々と受け継がれていて、私の先輩たちもこの方法で勧誘されてサークルに入っている。

こう書くと悪徳サークルのように思われるが、本人たちは新入生を勧誘して一人でも多く入れたいという気持ちでやっている。

そして歴史のあるサークルだからか妙に真面目で体育会系の雰囲気があった。「活動日」はかなり真面目に民族音楽を奏でることが求められる。
肝心のサークル内交際については否定的な雰囲気があり、私の童貞卒業は遠のくことになってしまった。

ただ民族衣装を脱げば先輩たちは気さくでありかなり仲良くなったので、民族音楽に興味はもてなかったものの私はこのサークルにどっぷりとはまることになる。

しかしこのサークルを私は途中でいろんな事情により離れることになる。あんまりいい辞め方をしなかったので身バレが怖く今日までnoteにサークル話は書かなかった。
でも書いてみると童貞だったあの頃、あのサークルであったことなど記憶が湧き上がってきて楽しかった。

長くなったので今日はそろそろおしまいにするが、このサークルではおかしなことがいっぱいあった。今後もそれらを書いていきたい。
そして肝心の童貞についても、どのような結末を迎えるかいつか書けたらと思っている。

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