見出し画像

大学時代の奇妙なサークルの新歓マジック

私が大学時代に入っていた民族音楽サークルは慢性的な部員不足だった。理由は簡単で大学に入って民族音楽をやろうと思っている人は、ほぼ存在しないからである。

大学に入ったら、広告研究会や映画研究会や写真部やテニスサークルやイベントサークルに入ろうと思う人はたくさんいて、そのようなサークルはわりと新入生の方から入りたいとやってくるだろう。

しかし、民族音楽サークルは待っていたら基本的に一人も部員が増えないのだ。
だからどうしても新入生勧誘には熱が入る。
特に私たち民族音楽サークルは、入学式より前の新入生がはじめて登校する各種手続き日に、私たちが主催する花見に誘って早いうちから新入生と仲良くなっておくことに力を入れていた。

上京したての新入生はまだ仲がいい人がいない場合が多く、最初に声をかけられた人に気を許し、信頼関係が結びやすい。ちょっと例えが悪いがアヒルの雛が最初に見た物を親鳥だと思うような感じだ。かくいう私もはじめて登校した各種手続きの日に、民族音楽サークルの先輩に声をかけられてお花見をして、その後ご飯を奢ってもらったり、遊びに連れて行ったりしてもらい先輩たちと仲良くなりついには何の興味もない民族音楽サークルに入った。
この前そのことを詳しく書いた。

最初は騙されて入ったと思っていたのだが、先輩たちによくしてもらううちに、このサークルにどっぷりハマってしまった。
変な先輩たちが多くて、楽しいことが多く、民族音楽サークルはいつしか私の生活の中心になっていった。

そして先輩たちと遊んでいるうちにあっという間に一年が経ってしまった。そのころは私はすっかり民族音楽サークルのメンバーとしての自覚をもちつつあった。しかし、上京する時に抱いていた最大の目標である童貞卒業はいまだにかなっていなかった。これではいけないと思いつつ、サークルの居心地の良さに現状で満足してしまっていたのだ。

そんな状況で私は2年生の四月を迎えた。いよいよ今度は私が新入生を勧誘する番だ。すっかり民族音楽サークルに入れ込んでいた私は人をたくさん入れなければと謎の使命感をもっていた。新入生の時にサークルに入ったときは騙されたような気持ちになっていたにも関わらず、二年生にもなると新歓に燃えるようになっている。

一年の間にすっかり民族音楽サークルに馴染み、このサークルに忠誠を誓う、悲しき童貞民族音楽サークル戦士が出来上がっていた。この最高のサークルを維持するために新入生を一人でも多く入れなければならない。そしてこんないいサークルなので、どのような勧誘方法でも入ってもらえさえすれば、新入生にとっても必ず幸せに繋がるとすら思っていた。

またたくさんの新入生を勧誘して、大好きな先輩たちに喜んでもらいたいという気持ちもあった。

例えはあまり良くないが、カルト宗教などで勧誘を頑張ってしまう人もこんな気持ちだったのだろう。私たちの教義は素晴らしいのでたくさんの人に知って欲しい。そして多くの人を勧誘して、教団の立場が上の人に認めてもらいたい。

どちらも構図としては似ているのかなと思った。

ともかく私は新入生が各種手続きをする日の新入生勧誘イベントの花見に新入生勧誘員として参加した。
この花見の新入生勧誘員には大きく分けて二つの役割がある。
一つは花見の場で新入生の話を聞いたり、大学生活について面白おかしく話したりする、花見を盛り上げる役である。
もう一つは、各種手続きをするために学校内をうろうろしている新入生に声をかけて花見の場に連れてくる、声かけ役である。

私は童貞ながらなんと声かけ役をするように先輩から指令があった。
童貞に声かけ役を任すとは、先輩たちはどうかしてしまったのではないかと私は思った。

そのへんの駐車場で昼寝をしている猫をサバンナに連れて行きガゼルやヌーを狩ってこいと言っているようなものである。

私は動揺していた。

しかし数学科の井上先輩は「統計学的に君のような童貞丸出し童貞強制露出人間は声かけの成功率が高いということが証明されている。我が民族音楽サークルは長い歴史(当時で創部50年)から、多くのデータを蓄積し、それを分析した上で君に声かけ役を任せている。臆するな」と言ってくれた。

よく考えてみると派手な男の先輩から誘われると新入生は警戒心のようなものが生まれるのであろう。
しかし虫も殺せないような人畜無害の童貞感丸出しの先輩なら、ついて行っても大丈夫という判断をくだすことが多いのかもしれない。私のようなまごうことなき童貞フェイスに悪いことができるはずもないと新入生は思うのだろう。

私は覚悟を決めて新入生の声かけに命をかけることにした。

私は童貞を卒業することを唯一の目標のはずなのに、それを忘れて新入生歓迎に自分のもてる力を最大限に注ぐことになってしまった。

これはおかしい。

「母さん、行ってきます…新歓に…行ってきます…」
「たかし!あんたは童貞卒業するために上京したんじゃなかったの!目を覚ましなさい!」
パチン。母さんがたかしの頬を平手打ちする音。
「母さん、俺がやらなきゃいけないんだ。俺が新歓をやらなきゃこの国は守れない。俺が新入生に声をかけるんだ。そしてこの国の未来を変えてやる。みんなが幸せに過ごせる明日を作る。俺はそれを実現するために生まれてきたんだ」
「たかし…たかしはいつのまにか成長していたのね…よちよち歩きのころが懐かしい…こんな立派な青年になるなんてあの頃は思ってもみなかったわ…でもたかし!なんて顔してるの!笑いなさい。そんな顔してたら、母さん気持ちよくたかしを新歓に送り出すことができなくなっちゃうじゃない。笑って!たかし」
「母さん…絶対に帰ってくるから…母さん。(母さん今までありがとう。育ててくれて感謝しています。どうか母さんは長生きしてください)」
「帰ってくる日は連絡してね!たかしが大好きなアスパラガスの肉巻きをうんと作って待ってるからね!」
「母さん、ありがとう。行ってきます!」
ガチャ。ドアが閉まる音。それまで笑顔だった母さんの顔がドアが閉まるや否や崩れる。
「たかし…たかし…だがぁじぃぃぃぃー!行っちゃいや!だがじー!」

これくらいの壮大な覚悟を決めた私は新入生に声をかけるという一大事業に取りかかった。どこに出しても恥ずかしくない生粋の童貞である私に、初対面の新入生に話しかけるということができるか最初は不安であった。

しかし新歓期間中は魔法がかかる。
新歓期間中は学内全体が躁状態になる。周りのサークルも積極的に新入生に声をかけまくるし、軽音部が広場で演奏をしたり、ダンス部が通路の片隅で踊ったりするなど新入生歓迎アピールをする。

みんなが熱に浮かされたような状況なので、わりと周りに合わせがちな受動型の童貞である私もその雰囲気にのれたのである。
今では信じられないが、この日は初対面の新入生に声をかけまくることができた。
いつもは女性と話すと「あっあっあっあのーあっはい」などと童貞を撒き散らしていた私であるが、この日は違った。

女性の新入生に対して「こんにちは!入学おめでとうございます!どこの学科に入ったの?えっ仏文ならうちのサークルに先輩いるよ。今サークルで花見やってるんだけどちょっとだけ寄っていかない?仏文の履修登録のことだけでも先輩に聞いていったら?」などと自然な声かけができた。

これぞ新歓マジックである。

化学調味料不使用、天然素材のみ使っていますというくらいのまじりっけなしの童貞でもこれくらいのことができるようになる。新歓は恐ろしい。

何人かの新入生を花見の場まで連れて行くことができて私は先輩から褒められた。
井上先輩は「君の働きによって、童貞は声かけ役に適している。Q.E.D.」と数学科なりの最大限の賛辞をくれた。

しかし魔法とは解けるものなのだ。
新歓期間が終わってしまえば、女性と話す時に「あっあうあっあっあい」という従来通りの童貞に戻ってしまった。鴨川シーワールドあたりにいるオットセイの方がまだまともに日本語を喋れるのではないかというくらいである。
オットセイにも言語能力に劣る童貞であった私。

この後もしばらく童貞ライフは続いた。
童貞ライフゴーズオンである。

これからも童貞期間中のエピソードを書くことを続けていきたい。それがもはや私の使命だと感じてしまってきていつつある。
ゴーオンアンドオン。

この記事が参加している募集

振り返りnote

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?