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映画『ヒューマン・ポジション』は雰囲気映画なんかじゃない

先週渋谷にて『ヒューマン・ポジション』を観てきました。
ネタバレありの感想ですのでご注意ください。


あらすじ

新聞社に勤めるアスタは、ガールフレンドのライヴと子猫と共に、ノルウェーの港町で穏やかな日々を過ごしている。
ある事件を調べていく過程で、彼女は自身を覆う哀しさ・無気力さから脱する。

感想

映画が始まって数十分くらい経ったころわたしが考えていたことは「この映画の主人公、めちゃくちゃ坂を歩いているな」ということであった。

長回しのショットが多く、それはしかもだいたい主人公が歩いている(そしてしかもだいたい坂をのぼっている。あるいはおりている)場面だ。

わたしはその時、なぜこんなにも坂をのぼったりおりたりするシーンを丁寧に撮る必要があるのだろう?と考えた。
意図のない演出は嫌いだ。
公式が散々この映画のことを「スローシネマ」だと謳っていたが、もしスローシネマっぽいから冗長なショットを多く挟んだ、とかの理由でこんなショットが連発しているのだとすればこれは許せない。
そんなことを序盤は考えていた。

もちろんそれは後にわたしの大いなる見当違いであったことが判明する。
大変失礼いたしました。

物語が進むにつれ、坂を歩くシーンの多くは職場と自宅の往来であることがわかった。
多くの人間にとって、働くことと生きることは切り離せるものではない。
働く場所と、生きる場所を往来するための道(=坂)こそが、本映画のタイトルでもある「ヒューマン・ポジション」なのかもしれないな、などと考えた。

ただ、これもまたちょっと違うのだということがさらに映画を観ていくとわかった。

物語の中盤で、外で椅子を運びながらアスタとライヴが「椅子に腰かけることの特殊性」について語るシーンがあった。
人間だけが、椅子に腰かける。他の動物はしないのに。
そんな会話をしながら、彼女たちは椅子を運ぶ。
そして来た道の方を見ながらちょっと休憩をする。
椅子に腰かけながら。
そしてふたりは優しいキスをする。
この瞬間わかった。
「ヒューマン・ポジション」とは腰かけて愛する人と濃い時間を過ごす場所のことを指していたのだと。

このシーンだいすき

甘美なシーンだ。
ここで注目したいのは、ふたりの後ろに坂があるということだ。

腰かけて濃厚な時間を過ごすことをテーゼとするならば、本編通して何度も流れる坂を歩くショット、すなわち坂はアンチテーゼといえよう。
裏テーマ、ともいえる。

先程写真を掲載したシーンはすなわちテーゼとアンチテーゼが同じ画面に登場している。
現実の生活というのは一義的なものではない。
そのことを踏まえれば、このシーンひとつで人生というものを表していると捉えられる。
なんと秀逸なんだろう。これは止揚してしまう!

映画のラストシーンで、ふたりはふたりにとって最高の椅子に腰かけ、寄り添う。
そして「a human position」とクレジットが出てきて、物語は終わる。

美しすぎる。あまりにも。

わたしはノルウェー社会が抱えている問題に明るくないから、そういう観点からの感想は抱けなかった。
でも、この映画は椅子に腰かけるシーンを観れただけでもわたしにとって静かな興奮を与えてくれた。

#映画感想文 #映画 #ヒューマン・ポジション #ノルウェー #ネタバレ


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