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虚構日記「夜行バス-仙台旅行記①-」

金曜の夜、同期の友人たちと宅飲み手巻き寿司パーティーを催す。
好きな人が出来た、恋人のここが好き、あの人が嫌いだなどといった大学生らしい話を友人たちが繰り広げる。わたしは日本酒を飲み進める。4人で気付けば4本を空にした。

23時過ぎ。
自分の使ったお皿を洗い、洗面台を拝借して歯を磨いた。
気をつけてねと玄関まで友人たちが見送ってくれる。お土産を買ってくるからまた飲もうと言い、先に退出。

今晩向かうのは仙台だ。
八重洲口発の夜行バスに乗って6時間で着くという。誰かと一緒というわけでもなく、しがない学生身分である自分だけならと今回の旅は往復ともに夜行バスを利用することにした。

4月中旬、昼は暖かいが夜は冷える。
酔いと、ひとりの心細さと、この肌寒さが旅情を演出してくれる。
終電後の東京駅は屋台が閉まってやぐらだけが残されたお祭り会場とでも言うべきか、宴に取り残された人たちと寂寥で居心地がわるい。

ふと手に握りしめたiPhoneが振動した。
「バス間に合った?」
ある人からそんなメッセージが来ていた。顔がほころぶ。
しかし即座にわたしは真顔に戻した。
なぜ顔がほころんだのだ?

改札を出て駐車場に到着し、目的のバスを探した。もう停まっている。
バスの前にいるスタッフに自分の名前を告げる。
席番号を言い渡され、乗り込む。
出発まではあと6分ある。
後ろの席の女性に、少し倒して良いですかと一言かけ、ゆっくりと背もたれの傾斜を定めていく。好みの角度に調整する。ふと考える。

さっきわたしはなぜ顔をほころばせたのか?

周囲の向けてくるわたしへの意識的な、あるいは無意識的な期待や干渉。
暴力的なまでに晒してくる日常の愚痴や呟き。
そういった「他者」という存在がわたしにもたらしてくる営み全てについて、ときどき、衝動的に嫌になってしまう。
今までも何度かそれは発動した。ある時はいわゆる「人間関係リセット」をしたし、アルバイトや授業を全て勝手に休んだこともあった。
今回はそれが「弾丸ひとり旅」という形で発露したのだった。
他者に嫌気がさしたのに、他者に淋しさを埋めさせようとしているというのか。自分はいったい何がしたいのか。

バスが動き始めた。
このバスは今から30分程度経ったあたりでサービスエリアでトイレ休憩をする旨についてアナウンスが入る。ほかにも車内が禁酒禁煙であることやシートベルト着用のお願いなど次々とお知らせが入る。次第にアナウンスが自分の中で溶けていく感覚になる。眠りが近い。

またiPhoneが振動する。
さっきの返信に対して、またメッセージがきている。また、喜んでいる自分がいて気づかないふりをしようとする。

でもまあ、いいのかもしれない。
喜んでいいじゃないか。
わたしは他人という存在全般が今はそんなに好ましくない「時期」なのだろう。でも、それでも他人と繋がっていたいと思っているのだろう。
他人との適切な距離がわからなくて何度も自分を傷つけてきたし、きっとこれからもそうなのだろう。それがわたしなのだろう。
それでも、それがわかっていても、やはりわたしは、少なくともこの人とは、もし距離を近づけすぎて、身をずたずたにする未来が予感されてもぶつかっていきたい、とまで思う。わたしは、

気づいたら寝ていた。
寝る前まで何を考えていたかあまり覚えていない。変な首の角度で寝てしまったせいで痛みはおぼえている。
時刻は午前3時。明かりをおさえて地図アプリを起動させる。栃木県と福島県の境あたりを走っているようだ。なんとなく、眠りにつくまでに考えていたことがあぶり出しのようにこころの中で復元されてきた。

今回の旅は弾丸だ。
明日のこの時間はまたバスに乗って帰路についている。24時間後の自分は何を考えているのだろう。わからない。わからなくて、興奮している。そんな自分の存在にだけは気づけている。

バスが停まる。トイレ休憩のようだ。
仙台に着くまであと3時間半。

#虚構日記
#創作

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