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【第15章】本社決戦 (12/27)【覚悟】

【目次】

【到着】

──ゴオオォォォウ。

 照明を切られた暗室に、猛火のほとばしる音が響く。灼熱の火柱は、ドラゴンの口から放たれるように伸びて、壁にぽっかりと空いた丸い穴へと吸いこまれていく。

 セフィロト本社内、現在使われていない小型の倉庫部屋の中。赤焔の輝きが、ふたつの人影を照らし出す。

 ひとつは、長い黒髪を後頭部でまとめ、着流しを身にまとう灼眼の女だ。爆ぜ音を立てる劫火は、彼女がかまえる一振りの刀から生じている。

 そのかたわらに立つのは、ブラウンの瞳に金髪の少女。緊張した面もちとは真逆の、リボンとフリルで飾りたてられた、場違いに華やかな装束を着こんでいる。

「さもありなん。おシルのやつも、えげつない計略を思いつくものよな」

 着流しの女──リンカは、ややひきつった笑みを浮かべながら、懐から紙切れを取り出し、横目で見る。

 セフィロト社の内部事情に詳しいシルヴィアから事前に手渡されたもので、本社外殻部の外要図にエアダクトのラインが引かれている。

 リンカの刀は、『龍剣』と呼ばれる超常の武器で、炎を操る力を持つ。彼女が産み出す灼熱の赤焔を通風路に流しこみ、広範囲をまとめて蒸し焼きにする寸法だ。

 着流しの女は、本社構造図から目を離し、隣の少女に視線を向ける。リボンとフリルの娘は、瞳を丸くして、首をかしげる。

「アタシとしては、アンタみたいな年端のいかない童女は巻きこみたくなったのよな」

「メロのこと、子供扱いしないでって言ったのよね! リンカさん!?」

 魔法少女ラヴ・メロディを名乗る娘──メロが、抗議の声をあげる。猛火をエアダクトに流しこむ『穴』は、少女の能力によって開けたものだ。

 灼眼の女は、刀の切っ先はそのままに、まじめな表情を浮かべて、両の拳を振り回しながら頬を膨らまされる少女を見つめる。

「有り体に言って……アタシたちは人殺しをしているのよな。それも、数え切れないほどのたくさんの相手を、だ。イクサ、と言っちまえば、それまでだが……」

 低い声音のリンカの言葉に、思わずメロは気圧される。

「アタシは……メロみたいな女の子の手を、汚させたくないだけなのよな」

「……リンカさん、シスター・マイアみたいなこと言うのよね」

 魔法少女は、着流しの女から視線をそらすと、ひざを曲げ、その場にうずくまる。

 炎熱を吸いこみ続ける、ほかならぬ自分自身の能力で開けた真円の抜け道の先に、メロは視線を向ける。

「メロが初めて魔法少女に変身したときも……シスターが同じこと言ってたのよね」

「その人はアンタの家族かい、メロ?」

「うん。お母さん……みたいな人、かな? メロは、孤児院育ちなのよね」

 魔法少女は、しばし言葉に詰まる。リンカも問い返すことなく、刀の先端に視線を戻す。赤焔が照らすだけの閉所に、沈黙が満ちる。

「……もしも」

 少しばかりの間をおいて、ぽつり、とメロが言葉を紡ぐ。

「もしも、孤児院の子供たちが、誰かに襲われたら……メロは、迷わず戦うのよね」

 魔法少女は、顔をあげる。その瞳は決意の光をたたえ、迷いの色はない。

「この宇宙は、誰かを蹴落とさないと生きていけないような、残酷な場所かもしれないのよね……でも」

 メロは、立ちあがる。リンカに対して、まっすぐと向き直る。

「でも……そんなことをしなくても、生きていける世界があるのなら、メロは……そのために、戦いたい」

 魔法少女の顔を、横目で一瞥した着流しの女は、ふたたび正面に視線を向ける。刀を手にしたリンカの口角が、小さくつりあがる。

「ああ、そうかい……野暮なことを聞いたのよな、メロ」

──ドオォォンッ!

 灼眼の女の言葉は、突然の轟音に途切れさせられる。

「あわわっ! なんの音なのよね!?」

「せふぃろとの連中なのよな……アタシたちの居場所を、嗅ぎつけやがった!」

 もちろん、いつまでも見つからずにことが進むとは思っていない。二人が立てこもる倉庫部屋の入り口は、リンカの炎で事前に溶接して閉鎖してある。

 通常の手段で開けられないと悟ったセフィロト社の従業員たちは、小型の重機を持ち出したのか、殴打音と衝撃が断続的に小部屋に響く。

「このままじゃ、扉を破られちゃうのよね!!」

 慌てふためくメロの目の前で、めきめきと隔壁が形をゆがめていく。リンカは手首を返して刀を振るうと、白刃を鞘に納める。

「慌てなさんな、メロ! とっととズラかって、次の場所に移動するのよな!!」

「う、うん……! まかせるのよね!!」

 魔法少女は、つい先刻まで溶鉱炉のごとく炎を吸いこみ続けていた黒い穴へと駆け寄る。壁紙を引きはがすような仕草で腕を動かすと、真円の孔が消滅する。

 かわりに、メロの手には大型のリング──フラフープが握られていた。魔法少女が、両手で抱えた大輪を別の壁に張りつけると、新たな抜け道が形成される。

「さもありなん。メロ、急ぐのよな!」

「うん、リンカさん!」

 二人は、黒い円のなかに身を踊りこませる。溶接された自動扉が突き破られ、警備兵たちが踏みこむと同時に、超常の抜け道はあとかたもなく消滅していた。

【再進】

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