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【第15章】本社決戦 (11/27)【到着】

【目次】

【窮鼠】

「とはいえ、どうしたものだわ」

 ため息とともに、『淫魔』は独りごちる。目の前の敵兵たちを、自身の幻覚能力で無力化するのはたやすい。そして、それは根本的解決にはならない。

 ここは、敵の本拠地だ。いくら撃退しようとも、増援は無尽蔵にやってくる。さらに、こちらが動けないとわかれば、セフィロト側もいくらでも打つ手はあるだろう。

「四面楚歌……だっけ。こういうの」

 警備兵たちをにらみつけながら、『淫魔』は背中の黒翼を広げ、待ちかまえる。相手も警戒しているのか、銃口を向けたまま、動かない。

 ゴシックロリータドレスの女の強力な幻覚能力を用心しているのか、あるいは、さらなる増援の到着を待っているのか。

 ノーマルエージェント以上の戦力が、こちらに向かっているとすれば、さらに事態の打破は困難なものとなる。

 時間をかければかけるほど、状況は『淫魔』にとって不利になっていく。かといって、なにかできることがあるわけでもない。ジリ貧、というやつだ。

「おい、クソ淫魔……聞こえるか?」

 足元に倒れるアサイラの小さなつぶやきが聞こえた。『淫魔』は最初、臨死の幻聴を聞いているのだろうと思う。違った。

 耳をそばだてれば、兵士たちの背後の通路から、なにか反響音が近づいてくる。警備兵たちの足音よりも重厚で、力強い音だ。

「なんの音だわ……?」

 セフィロト兵のうち何名かも、聞き慣れぬ音に気がついたのか、背後に延びる通路の様子をうかがう。狼狽した雰囲気を見るに、敵側の増援でもない。

 廊下の床、天井、左右の壁が、音を増幅する。なんらかの動力の駆動音だ。セフィロト社が持つ技術系統とは、まったく違う。『淫魔』には、聞き覚えがあった。

「──『蒸気機関<スチームエンジン>』ッ!?」

 正体を察知した『淫魔』が叫ぶと同時に、警備兵たちの背後から、大きな影が飛び出してくる。予期せぬ乱入者に、兵員たちは呆然とし、反応できない。

 真鍮色に輝くフルオリハルコンフレームの蒸気バイクは、橋梁のうえに着地する。ギュルンッ、と双輪を回転させ、アサイラたちのもとへ走る。

「……ナオミか!?」

「ミナズキちゃんもっ!!」

 青年は、鉄馬のハンドルを握る赤毛の女ライダーの、『淫魔』は、後部座席にしがみつく巫女装束の長耳の娘の名前を、それぞれ叫ぶ。

 風圧が、フリルスカートを揺らす。蒸気バイクは急ブレーキをかけて、橋のうえにタイヤ痕を刻みながら、『淫魔』の眼前で停車する。

「ミナ、降りろ。ウチは、雑兵どもを黙らせてくる」

「はい、ナオミどの。どうか、お気をつけて……!」

 長く艶やかな黒髪をはためかせながら、長い耳を持つミナズキ──エルフの符術巫は、後部座席から飛び降りる。

 ライダースーツに身を包んだ女ライダーは、ふたたびアクセルをふかす。蒸気エンジンが回転数を増して、真鍮色の車体がもと来た方向へ急発進する。

「まるで、カカシだな。イクサヶ原の足軽のほうが、よっぽど有能だろ」

 呆気にとられていたセフィロト警備兵たちは、ようやく状況を認識し、サブマシンガンの銃口を向ける。警告は無しで、トリガーを引く。

「伏せろ──ッ!!」

 ナオミは、さらに速度を上げつつ、後方の仲間たちに向かって警告する。『淫魔』とミナズキは、即座に女ライダーの言葉に従う。

──ズガガッ! ガガガッ!!

 サブマシンガンの銃口から、閃光とともに無数の弾丸が放たれる。ナオミは、転倒するぎりぎりまで車体を倒し、ほとんど路面と水平のドリフト走行で突っこんでいく。

 蒸気バイクが、被弾する。甲高い音が、ダストシュートの円筒状の空間に反響する。フルオリハルコンフレームは、傷ひとつつくことなく、鉄の飛礫をはじきかえす。

「……グッド」

 にやりと笑った赤毛のバイクライダーは、車体そのものを盾にして、自身と後方の仲間を守りつつ、ゲートまえに陣取る警備兵たちの真ん中へ飛びこんでいく。

 ナオミは敵兵のど真ん中で、鉄馬を高速スピンさせる。速度と重量が乗算された遠心力が、セフィロト兵たちをはね飛ばし、奈落の穴へと突き落とす。

「どうだ。ウチも、なかなかやるものだろ」

 当座の驚異を排除した赤毛の女ライダーは、橋梁の真ん中に視線を向ける。『淫魔』は、ひきつった笑みを返しながら、立ちあがる。

 ゴシックロリータドレスの女のかたわらでは、巫女装束に身を包んだエルフの娘がひざをつき、浅い呼吸をくりかえす満身創痍の青年を見おろす。

「ミナズキちゃん! あっちの娘も、そうだけど……いったい、どうやって、こんなところまで来たのだわ!?」

「仔細は、のちほど! アサイラさま……此方が、いま、お助けいたします!!」

 ミナズキは、懐から霊紙製の呪符を取り出すと、青年の背中に張りつける。霊墨で呪紋を描きこまれた札から、月光のごとき淡く優しい光がこぼれだす。

 すると、見る間にアサイラの傷がふさがり、顔面には血の気が戻ってくる。視線が焦点を取り戻し、青年はゆっくりと身を起こす。

 エルフの符術巫は安堵の表情を浮かべ、アサイラの背に張られた呪符は、ぼろぼろと形を失って崩れ落ちる。青年は、軽く頭を振る。感覚は、遙かにクリアだ。

「助かった、ミナズキ。礼を言うべき、か……」

「いえ、アサイラさま。此方が受けた恩を考えれば、この程度……貴台の傷と疲れを、完全に癒せなかったことが不本意なくらいです」

「それよりも、ミナズキちゃん! どうやってここに来たのだわ!! 私たちが、セフィロト本社の次元障壁を破るために、どれだけ苦労したと思っているの!?」

「それは──」

 エルフの符術巫は、戸惑いの表情を浮かべて、言葉に詰まる。蒸気バイクにまたがった女ライダーが見張るゲートの向こうから、新たな気配が近づいてくる。

「──わたくしですわ」

 透き通った声音が、通路から響きわたる。『淫魔』は、露骨な嫌悪感を顔に浮かべつつ、眉間にしわをよせる。

 ゲートをくぐって姿を現したのは、純白のドレスをまとい、銀色に輝く髪を編みこんだ、気品あふれる淑女──龍皇女、クラウディアーナだった。

 人間態の上位龍<エルダードラゴン>のかたわらには、要人警護といった様相でアサルトライフルを構える狼耳の獣人、シルヴィアの姿もあった。

【覚悟】

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