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【第2部18章】ある旅路の終わり (3/16)【業物】

【目次】

【棲家】

「ふむ……これは、なかなかの業物ではないかね?」

 憮然とするリンカを後目に、『伯爵』は鞘から刃を抜き、刀身を確かめる。わずかに田虫色がかった輝きを放つ磨き抜かれた鋼をまえに、思わず目を細める。

「かつてセフィロト社内で、導子工学によってイクサヶ原の『龍剣』を再現しようとしたプロジェクトがあってね。そのときのデータをもとに、リンカくんに鍛造を頼んだ」

 口元で手を組んで、『ドクター』が解説をはじめる。『龍剣』とは、イクサヶ原に存在する、その名の通りドラゴンの骨から削りだして造る刀剣だ。

 かの地のサムライたちにとって『龍剣』を所有することは最大級の栄誉であり、よほどの剣豪か権力者でなければ手にすることはおろか、目にすることもできないと言う。

「今回用意した刀は、龍の骨を使わずして可能な限り『龍剣』の特性を再現したものかナ。使い手の導子力次第で、強度と切れ味を向上することが可能だ。残念ながら計算上、龍剣解放のほうは不可能と考えられるが……」

 つばを飛ばしながら説明をまくし立てていた白衣の老人は、そこで我に返り、見るからにしゃくに触った様子で頬杖をつくリンカに気がつく。

「デズモント。つくづくキミは、女性を不機嫌にするのが得意かナ?」

「ふむ、我輩のせいかね?」

「のんべんだらり……アタシが腹を立てているのは、そっちのじいさんのせいなのよな……刀の出来に、納得がいっていないんだよ!」

 だんまりを決めこんでいたリンカがようやく口を開き、『ドクター』に向かって感情を爆発させる。対する老博士は、迎え撃つかのように勢いよく立ちあがる。

「なんとなればすなわち……それは、どういうことかな。リンカくん! 事前に完成品をテストさせてもらったが、要求水準を満たすどころか、上回っていたぞ!?」

「さもありなん、アタシにも鍛冶職人の矜持ってものがある……材料に製法、なにからなにまで、言われるまま刀を打ったのが気にくわないのよなッ!」

 リンカもまた白衣の老人へ喰ってかかるように言い返しながら、食卓を叩きつつ、勢いよく起立する。『伯爵』は、無言で刀身を見つめ続ける。

「のんべんだらり、鉄だろうが、龍の骨だろうが、なんなら石ころだろうが、材質を理解すればするほど、よい刀を打てるのよな。工程だって、おなじだ!!」

「それは、わかる。わかるのだが、リンカくん……」

「さもありなん、それがどうだ! 見たこともない金屑の山のまえに連れてこられて、意味不明な紙切れを渡されて、ここに書いてある通りに造れ、と来たのよな!?」

「……実際、できたではないかナ。リンカくん? 我々に与えられた時間的猶予はわずかなのだ。限られた人的リソースを、最適化しなければならなかった!」

「それが気にくわないのよな……さっきの説明だって初めて聞いた。時間がない理由だって知らされていない……そんなもの、アタシじゃなくても打てる!!」

「なんとなればすなわち、ほかならぬこのワタシが、リンカくんでなければ鍛造できないと判断した! そもそも導子理論を甘く見てもらっては心外かナ!? 初歩の導子工学を理解するだけでも、通年の講義では済まないぞ!!」

 リンカの怒りはいっこうにおさまる兆しを見せず、はじめ受け身だった『ドクター』も次第に声を荒げはじめる。

 女鍛冶と老博士は、長テーブルを挟んで、いまにも殴り合いを始めかねない形相でにらみあう。そのとき──

「──気に入った」

 口げんかに対して我関せずといった様子で刀を見つめ続けていた『伯爵』は、一言、つぶやく。まるで、極上の美術品をまえにしたかのような目つきだった。

 カイゼル髭の伊達男の言葉を聞いて、リンカと『ドクター』は互いに振りあげかけた拳をおさめ、ほぼ同時に脱力したようにいすへと腰を落とす。

「なんとなればすなわち……幼稚なケンカをしている場合ではない。少なくとも、使い手であるデズモントは気に入ってくれた。それで、十分ではないかナ」

「のんべんだらり……まあ、そういうことにしておくのよな。じいさん」

 老博士と女鍛冶は、ぐったりと背もたれに身を預ける。『伯爵』は刃から視線をあげ、二人を見まわしながら、にやりと笑う。

「いや、これは実によい刀に相違ないかね。我輩、職業柄、多くの刀剣を手にしてきたが……もっともよいものかもしれない。五指には、確実に入る」

「なんとなればすなわち、デズモント。それは、このワタシの設計した高振動サーベルにも勝るということかナ。少しばかり、嫉妬してしまうぞ?」

「ふむ。あれは4……もしくは5番手、といったところかね」

 カイゼル髭の伊達男と白衣の老人は、まるで子供のように笑いあう。その様子を見たリンカは、あきれたように嘆息をこぼす。

「……『砕牙』だ」

 灼眼の女鍛冶は、自らが鍛造した刀の峰を人差し指でなぞりながら、ぼそり、とつぶやく。『伯爵』と『ドクター』は、興味深げに視線を向ける。

「さもありなん。いい刀だって目利きがいうんなら、名無しというわけにはいかないのよな。コイツの銘は、『砕牙』だ」

「ふむ、『砕牙』……良い名かね。ますます気に入った」

 カイゼル髭の伊達男は、満足げな様子で立ちあがる。食卓の向こう側からまわってきた白衣の老人に手伝われながら、最終決戦に向けた装備を身につけていく。

『重力波観測ゴーグル』は片目をおおうように頭に巻きつけ、『ベクトル偏向クローク』を右肩に固定する。

 予備武器となるコンバットナイフ入りのホルスターが付いたベルトを腰にまわし、そこにしつらえられたホルダーに、鞘に納刀された『砕牙』をぶらさげる。

「ふむ。ありがとう、ドク。それに、ミズ・ブラックスミス。それでは、行ってくる」

「武運を、デズモント」

「貴公らも」

 カイゼル髭の伊達男は端末を操作し、パーソナルモデルの次元転移ゲートを展開する。緑色に輝く光の円が広がり、そのなかへ呑みこまれて、『伯爵』の姿は消えた。

【悪縁】

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