【第13章】夜明け前戦争 (11/12)【秘策】
【龍剣】←
『この姿をふたたび見られる日が来るとは、正直、思っていなかったですわ』
宝珠のごときドラゴンの瞳が細められ、龍皇女は感慨深げにつぶやく。アサイラは、白銀の龍の背に二本の足で立ちあがる。
風圧で、おのずから巻き布がほどけていく。やがて、クラウディアーナの躯体同様に真珠のごとき輝きを放つ刀身が、暗天の下できらめく。
『使いなさい、我が伴侶! それは、そなたの剣ですわ!!』
「ああ……ッ!!」
上位龍<エルダードラゴン>の尾骨を圧縮し、磨きあげられた大剣を、青年はわきにかまえる。以前、リンカから受けたレクチャーを思い出す。
女鍛冶は『気』と呼び、龍皇女の次元世界<パラダイム>では『魔力』として知られ、『淫魔』は『導子力』などという言葉を使う、生命と存在のエネルギー。
へその奥、身体の底から、『それ』を汲みあげる。いっさいの遠慮も、手加減もなく、白銀の大剣へと力を流しこむ。
──バチバチッ! バチィ!!
かつてリンカが打った試作品の『龍剣』を試し振りしたときのようなきしみ音はない。代わりに、刀身に黒い電光が走る。
きつくまぶたを閉じたアサイラは、精神を集中し、なおもエネルギーを注ぎこむ。青年という存在に圧しこまれた身に余る力が、出口を見つけだす。
──バシュウウゥゥゥ!
燃焼するジェットエンジンのごとき轟音が、響く。アサイラは、静かに目を開く。
純白の刃とは真逆の、頭上に広がる夜明け前の空の色に似た、蒼黒の奔流が噴水のようにほとばしっている。
『仕掛けますわ……我が伴侶!』
六枚の龍翼を、ぴんっ、と伸ばしたクラウディアーナが加速する。青年が背後を仰げば、漆黒のステルス機も速度を増していく。
彼我の距離が離れ、対称図形のように弧状の軌跡を描き、高速で再接近する。
敵機の搭載機銃が、斉射される。身をかすめる弾丸にかまうことなく、アサイラは大剣を振りかぶる。正面に見える機首が、あっという間に大きくなっていく。
「──ウラアアァァァ!!」
交錯の瞬間、切っ先の残影が尾を引きながら、白銀の『龍剣』が振り抜かれる。蒼黒の奔流が、ステルス機を呑みこむ。
龍と戦闘機がすれ違い、両者は離れる軌道に入る。
右手で剣の柄を握りしめるアサイラは、クラウディアーナの背のうえでひざをつく。多量のエネルギーの瞬間的放出にともなうめまいと虚脱感に耐える。
刀身から噴出していた蒼黒の奔流は消滅し、『龍剣』は静かな白い輝きを放つ。
「やはり……手応えなし、か」
『こちらの威力が足りないというよりも、向こうの防御力が勝っているというよりも……そもそも、攻撃自体を無効化されているようですわ』
青年は、背後を仰ぎ見る。龍皇女が、長い首をよじる。敵機は、悠然と何事もなかったかのように、夜明け前の空を舞っている。
アサイラは、『龍剣』を構えなおしつつ、旋回するクラウディアーナの背のうえで立ちあがる。次の交錯に備え、ふたたびエネルギーを汲みあげ、充填する。
『その剣で歯が立たないようならば、もはや我々は打つ手なしですわ……そのわりには余裕があるように見受けられますが、我が伴侶?』
乗り手の青年を見やる龍皇女の瞳には、わずかな焦りの色が見てとれる。アサイラは、呼吸を整えるように、小さく息を吐く。
「ひとつ、アイデアがある」
『まあ!』
「ただ、ディアナどの……あんたに失礼なやり方に、なるのかもしれない」
上位龍<エルダードラゴン>は、前方を向く。青年に龍の表情はよくわからないが、わずかに笑ったような気がする。
漆黒のステルス機と六枚翼のドラゴンが、ふたたび正面から向かいあう。数秒後には、互いの間合いに入る。
『我が伴侶の、望むようになさいまし……先ほども申しあげたとおり、その剣はもはやそなたのものですわ』
クラウディアーナの言葉を受けて、アサイラは深く静かにうなずいた。
「……来るぞ、ディアナどの!」
『龍戦争の窮地に比べれば、この程度……ッ!』
空中の敵機と地上の歩兵が、ほぼ同時にミサイルを撃ち放つ。立体的な十字砲火だ。龍皇女は、下降する方向に軌道を切り替え、回避を試みる。
「ウラララアーッ!」
アサイラは、大剣を振り回す。白銀の円弧が幾重にも生じ、迫り来る弾頭を両断していく。目標をそれた技術<テック>の毒牙が、宙空で爆散する。
クラウディアーナは反転し、上昇を再開する。黎明近づく夜空を背に、敵機もまた下降の態勢をとる。重苦しい動作で、機銃の射撃孔が頭をもたげる。
銃口の照準は、龍ではなく乗り手に向いていると、狙われた側は理解する。
『──我が伴侶ッ!?』
「かまうな、ディアナどのッ! このまま、突っこめ!!」
搭載機銃から、人間など一瞬でくず肉に変えてしまう無数の重弾が、青年に向けて射出される。アサイラは腰を落とし、『龍剣』の側面を盾のように前方へ掲げる。
──ガン、ガン、ガガガンッ!
「グヌウー……ッ!」
重い飛礫が、間断なく大剣の腹に叩きつけられる。衝撃に負けて、はね飛ばされぬよう、青年は渾身の力で踏ん張る。龍皇女は、なおも上昇を続ける。
やがて、上位龍<エルダードラゴン>とその乗り手は、銃火器の間合いの内側に潜りこむ。アサイラは、手元で柄を回転させ、『龍剣』を攻撃の構えに持ち直す。
青年は、白銀の刃を振りかぶる。黒光りする機首が、目と鼻の先まで迫る。
「──やれ! クソ淫魔ッ!!」
アサイラの言葉に、クラウディアーナは目を見開く。刀身の根本から、天をつくようにエネルギーの奔流が噴出する。その色は蒼黒ではなく、濃紫だった。
「ウラアアァァァ──ッ!!」
青年は、『龍剣』を振りおろす。ステルス機を両断する軌跡で、エネルギー流を叩きつける。ドラゴンと戦闘機が、高速ですれ違う。
青年の視線が、残像を残しつつ遠ざかる敵影を追う。無傷。
「……べひゃ、ひゃひゃ! 無駄だよ、チミィ……学習、したまえ……ッ!!」
コックピットの中で、ステルス機のパイロット──ニック・ステリーが、ひきつった哄笑をあげる。震える指で、せわしなく操縦桿を操作する。
機体を強引に反転させて、ドラゴンの背後をとる。すきだらけの攻撃目標──『イレギュラー』に照準をあわせ、搭載機銃のトリガーを引く。
機関銃から放たれる弾が、憎き男の肩を、腕を、背を引き裂いていく。白みつつある暗天に、鮮血が飛散する。
動揺したかのようによろめく六枚翼の龍を、急加速した『潜兎零式<ラビット・デルタ>』が追い越していく。そのまま急上昇し、地面に機首を向けて降下する。
ドラゴンの正中線を、ロックオンする。残された対空ミサイルを全弾発射する。対魔法<マギア>弾頭が、龍たちの親玉に着弾し、爆発する。
「べひゃ、ひゃ……ひゃあッ! やった、やったぞ……!!」
キャノピー越しに、落下していくドラゴンの巨体が見える。ニック・ステリーは、操縦桿から手を離し、子供じみた快哉をあげる。
『──ック。ニック・ステリー! 応答せよ、なにをしているのかナ!?』
ノイズまみれの通信機から、『ドクター』の怒鳴り声が聞こえる。自らの名前を呼ばれたパイロットは、はっと我に返る。
狭苦しいコックピットのなかで、各種計器がせわしなくアラート音を響かせている。機首はまっすぐに地面を向き、失速状態で落下している。
ニック・ステリーは、狂乱状態のまま操縦桿をかき回す。機体制御は、取り戻せない。眼前に、地面が迫る。高度計は、誤差混みでほぼゼロを指し示す。
機首が、草原に突き刺さる。『衝撃送還機構<ショック・アンサモナー>』によって、墜落の衝撃はない。ただし、急停止に伴う強烈な慣性からは逃れられない。
パイロットは、がくんっ、身を仰け反らせる。意識が途絶える瞬間、朝焼けの空に悠然と舞う、六枚翼のドラゴンの姿が見えた。
───────────────
『なるほど……そういうことですか』
白銀の龍翼を大きく羽ばたかせながら、龍皇女は無感情につぶやく。背のうえに立つ青年は、どこか不機嫌そうだな、と思う。
アサイラは、『龍剣』に注ぎこんだエネルギーに『淫魔』の力を混ぜこんだ。物理的攻撃が通用しないならば、『淫魔』の幻覚に陥れようという魂胆だった。
青年と上位龍<エルダードラゴン>は、機首から地面に半分ほどが突き刺さり、沈黙したステルス機を見おろす。アサイラの思惑は、上手くいったということだろう。
「……やはり失礼だったか、ディアナどの?」
『うふふ……個人の心情と現実の問題は、また別ですわ。わたくし自身や『龍都』が救われた事実には、感謝しなければなりません』
大きな琥珀色の瞳が、慈愛に満ちた視線でアサイラを見つめる。大剣を肩に担ぐ青年は、極度の緊張が弛緩して疲労が噴きだし、龍の背にひざをつく。
朝焼けが、戦場となった草原を照らしている。一度は盛り返したセフィロト陣営も、ステルス機の撃墜を見て、本格的な潰走が始まっている。
クラウディアーナは、六枚の翼を羽ばたかせてホバリングしながら、乗り手であるアサイラを気遣うようにゆっくりと高度を下げていった。
→【反攻】
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?