200308パラダイムシフターnote用ヘッダ第13章10節

【第13章】夜明け前戦争 (10/12)【龍剣】

【目次】

【無影】

「グヌ……ッ!」

 急加速に伴う風圧と慣性に、アサイラは顔をしかめる。それでも、振り落とされまいと、上位龍<エルダードラゴン>のたてがみを必死につかむ。

 龍皇女は、冷たい夜空を滑空して、ぴったりと敵機の真横につける。高速飛行を維持したまま、クラウディアーナはステルス機に巨体を寄せていく。

 相手の上面装甲に鉤爪を突き立て、龍皇女はドラゴンの体重をかけていく。六枚の銀翼が黒い三角形を包みこみ、そのまま強引に地面へ引きずり落とそうとする。

『……ぬあッ!?』

 クラウディアーナが、悔しげにうめき声をもらす。戦闘機は、上位龍<エルダードラゴン>の懐から、ぬるりと軟体生物のように滑り抜ける。

 背部のジェット噴射が勢いを増し、ステルス機は龍皇女を引き離して飛翔する。

「だいじょうぶか、ディアナどの」

『わたくしは上位龍<エルダードラゴン>ですわ。侮ってもらっては困ります、我が伴侶。とはいえ……ここまで、決め手に欠くとは……』

 龍皇女の声音は冷静沈着そのものだが、その底にはどこか焦りの響きがある。その背に乗るアサイラもまた、身にまとわりつくような疲労を感じつつある。

 頭上で淡く輝く月の傾きが、空中戦がはじまってからの時間経過を物語る。

 ステルス機は輪を描くように飛び、月を背にするように機首を向けると、急降下するように機銃を乱射する。クラウディアーナは、回避運動をとる。遅い。

「──くうッ!」

 片翼に殺意の飛礫を喰らい、一瞬だけよろめきながら、龍皇女は暗天を滑る。上位龍<エルダードラゴン>といえど、少しずつダメージが蓄積している。

 鋼鉄製の黒い三角形が、ドラゴンの巨体の真横を通り抜けていく。戦闘機とて無限に戦えるわけではなかろうが、長期戦は生身のほうが不利となる。

「……ッ! ディアナどの、下からだ!!」

『──なんですって!?』

 アサイラの第六感が、地面に輝いた数個の光点を発見する。陸戦兵の発射したスティンガーミサイルが、龍皇女の腹部を狙って、急上昇してくる。

 間一髪、青年の警告に反応したクラウディアーナは、その場で空中回転して寸でのところで飛来する鉄杭を回避する。

『ここに来て、なぜ地上の敵兵が──!?』

 龍の背から身を乗り出し、アサイラは地面を見おろす。夜闇ごしで明瞭に視認はできないが、一度は途絶えたアサルトライフルの銃火がよみがえり始めている。

「まずい……ステルス機が暴れまわっているのを見て、セフィロトの連中の士気がよみがえちまったか」

 青年は、丘の稜線を越えて、発砲の輝きが少しずつ前進するのをみる。『龍都』陣営が、押し返されている。さらに、先ほどと同様の光点が草原にきらめく。

「ディアナどの、二射めだッ!」

『ぬぬ──ッ!!』

 クラウディアーナは身をひねり、バランスを崩しつつも、直上を狙う技術<テック>の毒牙を回避する。ドラゴンの横腹が、数本のかすり傷を負う。

 空中でもがきつつも、龍皇女は、前方に顔を向ける。ステルス機の黒い影が、まっすぐこちらを見つめている。アサイラは、息を呑む。

 ここを勝負どころと判断したのか、敵機は無数の誘導弾頭を撃ち放つ。回避は不可能と判断したクラウディアーナは、六枚の盾で己と乗り手をかばう。

『魔法<マギア>で……防御をッ!』

 龍皇女の前面にまばゆい閃光が生じ、巨大な丸盾のごとき力場を展開する。空対空ミサイルの先端が、光芒の防壁にふれると、一瞬、前進速度を減じる。

 だが、対魔法<マギア>処理を施された弾頭は、わずかに軌道が歪んだだけで、上位龍<エルダードラゴン>の防壁魔法を易々と突破してくる。

『──うアッ!?』

 声にならないクラウディアーナの苦悶の叫びが、闇夜の空に響く。燃えるように熱い龍の血しぶきが飛び散り、アサイラの頬にふれる。

 青年の脳裏に、スティンガーミサイルに全身をえぐられたアリアーナの姿がフラッシュバックする。一発が流れ弾となり、『龍都』に向かって飛来し、爆発する。

 幻影を振り払うように、アサイラは頭を降りつつ、前に向かって顔をあげる。地平線が、白く輝きを放っている。夜明けが、近い。

「ディアナどのッ! 傷の程度は!?」

『上位龍<エルダードラゴン>を、侮ってもらっては困ります。と言いたいところですが……もう一回でも受けきるのは、難儀ですわ』

 側近龍よりも格上の存在である龍皇女は、どうにかミサイルの斉射を耐えきった。それでも、重いダメージを負っていることは変わりない。

 敵機が機銃を掃射しつつ接近し、交錯していく。クラウディアーナの反応は、鈍い。誘導弾頭の爆発で負った裂傷を、さらに無数の弾丸がえぐっていく。

『──はぁい、アサイラ! それに龍皇女もッ!! まだ生きてるかしら!?』

 突如、直接、脳裏へと聞き慣れた女の声が響く。『淫魔』だ。

「こんなときに、なんのようだ! クソ淫魔!!」

『ご挨拶なのだわ! リンカが、『龍剣』の修復を完了したって!! アサイラと龍皇女から、左手側……見える!?』

 青年は、『淫魔』の指示した方向を見やる。上位龍<エルダードラゴン>とステルス機が空中戦を繰り広げる高度に、忽然と木製の『扉』が浮かんでいる。

「……ディアナどの!」

「子細、心得ておりますわ──我が伴侶!」

 わずかに身をよろめかせながらも、龍皇女は旋回する。ステルス機が、少しばかり遅れて、こちらの狙いを察知する。敵影が、妨害する軌道で迫り来る。

『──ルガアッ!』

 クラウディアーナは首をよじり、閃光の吐息<ブレス>を放つ。苦し紛れの光条は、敵機にかすりすらしない。だが、かまわない。狙いは、目くらましだ。

 ステルス機は、照準もあわせられないままに機銃を乱射する。龍皇女は、翼にかする弾丸も意に介さず、速度を増す。『扉』が、乱暴に開け放たれる。

「アサイラの旦那ァ──ッ!」

 着流しの女鍛冶──リンカが、次元の門から身を乗り出す。巻き布に包まれた大剣を、両手に抱えている。

「──受け取ってくれよなァ!!」

 リンカは、己が修復した大剣を力の限り空中に放り投げる。刹那、女鍛冶の眼前を、疾風とともにドラゴンの巨体が横切る。

 白銀の龍の背に乗る青年の右手には、大振りの剣の柄が力強く握られていた。

【秘策】

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