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【第2部1章】戦乙女は、方舟に出会う (3/4)【翼人】

【目次】

【藻屑】

「なんなのだな、いまの光は! 助かったのか!?」

「少なくとも、即死はまぬがれたみたいだわ……この先はわからないけど」

 大蛇が無視できないダメージを受けたことは確かだ。海面で苦しげにのたうち、荒波が狂い、『シルバーコア』は翻弄される。

 一瞬だけ水上に背を出した巨大生物は、そのまま深海に逃れようとする。勢いを増す吹雪もあいまって、船体が激しく揺れる。

 リーリスとシルヴィアは、艦橋のうえからふるい落とされないようにしがみつくだけで精一杯だった。

 というよりも、狼耳の獣人娘が非力なゴシックロリータドレスの女も含めて二人ぶんの体重を支えている格好だ。

 シルヴィアの腕に身を支えられながら、激しく身体を攪拌され、船自体が転覆の危機にさらされる。

 リーリスはめまいと吐き気を覚えながら、先刻、大海蛇を貫いた光の矢の正体が何か思案する。

(私たちのことを助けに来てくれた正義のヒーローだとありがたいんだけど……もちろん、可憐なヒロインでも!)

 実際は、敵か味方かわからない。とっさのことだったので見極めることはできなかったが、魔法<マギア>による攻撃に見えた。

(だとすれば、原住民が……?)

 この次元世界<パラダイム>に住まう知的種族が、大蛇に一撃を喰らわせた……そう考えるのが、しっくりくる。とはいえ、まだ安心はできない。

 様々な次元世界<パラダイム>を見てきたリーリスは、多くの人間がそうであるように、現住民族の『余所者』に対する反応も様々だと知っている。

 何者かが自分を救助しようとしてくれているならば、それが一番ありがたい。しかし、先ほどの攻撃が『シルバーコア』を狙っていた可能性も否定できない。

「リーリス……聞こえるか? うえ、だな」

 すぐ真横のシルヴィアのつぶやきで、『淫魔』と呼ばれる女の思案は中断される。獣人娘の優れたな五感を信じて、自らも聴覚に集中する。

 荒む吹雪の風音に混じって、翼の羽ばたくような音が聞こえてくる。ドラゴンとは、少し違う。もっと小型で、複数だ。少しずつ、こちらへ降下してくる。

 リーリスは両腕で踏ん張りながら、上方へ顔を向ける。飛び散る氷雪と波飛沫の向こうに、大小いくつかの影が見えてくる。

「あれは、グリフォン……いえ、ヒポグリフ……?」

 ゴシックロリータドレスの女は、頭上に滞空する存在の名前をつぶやく。巨大な鷹のような頭と翼、それに馬のような後脚を持つ魔獣だ。

 多くの次元世界<パラダイム>を見てきたリーリスにとっても、珍しい種だった。それ以上に見覚えがないのは、ヒポグリフの背にまたがる者たちだ。

 人の形をしているが、背中からは純白の翼が一対はえている。蒼とも翠ともつかない不思議な輝きを放つ武具を身につけている。

 ヒポグリフには首輪や鞍がつけられ、乗り手が手綱を握っていることから、有翼人種たちが乗騎として飼い慣らしていることが伺える。

 翼持つ者たちは、ヒポグリフ騎兵のみではない。射手らしき長弓をかまえたもの、魔術師らしき錫杖を手にしたものが、己の双翼で空に浮いている。

 中央に陣取るリーダーらしき戦士は、右手に身の丈ほどある突撃槍<ランス>を、左手に全身が隠れそうな大盾を装備している。

「──やれッ!」

 吹雪の風音に混じって、かすかに女の声が聞こえてくる。中央の有翼騎士が、指揮棒のように大槍を振りおろす。

 ヒポグリフ騎兵たちが、合図に応じて一斉に銛をかまえる。なんらかの呪文が詠唱され、大投げ槍はいっそう強い輝きを放つ。

 次の瞬間、有翼の乗騎の背から海面へ向けて、まばゆい光を帯びた銛が投擲される。返しのついた穂先が、大蛇の背に次々と突き刺さる。

「引きあげろ──ッ!」

 副官らしき別の女騎士の号令に応じて、ヒポグリフたちがいっせいに羽ばたきを強める。銛には頑強な鎖がつながり、鷹馬の首輪に固定されている。

 ぴん、と張った幾本もの鎖が水棲の大魔獣の動きを制限する。

 安全圏である海底へ逃れようとしていた大蛇が、激しくのたうちながら水面へと引き戻されていく。はじめ背が、次に頭が、飛沫のなかから姿を現す。

「しとめるぞ!!」

 鬨の声をあげたリーダーらしき女騎士は、大盾をサーフボードのように倒すと、そのうえにうつ伏せとなる。

 波乗りのごとく風に乗った双翼の戦士は、空中を旋回しながら、速度を増していく。吹雪のうめきよりも、風切り音が大きくなっていく。

 リーリスはおろか、獣人の視力を備えたシルヴィアでぎりぎり捕らえられるほどのスピードまで加速した女騎士は、大蛇の後頭部へと急降下をしかける。

 突撃槍<ランス>の穂先が、魔獣の急所を貫く。大海蛇は激しく身をもがき、断末魔のあがきでリーリスたちの小舟を揺らす。

 大蛇の蠕動は徐々に小さくなり、やがて動かなくなる。頭蓋を砕かれた傷跡から、青と白の海面に赤黒い血が広がっていく。

「助かった……のだな」

「……あのデカブツのエサになる結末からは、だわ」

 ぽつりとつぶやいたシルヴィアに、リーリスが応じる。船体の揺れが少しずつおさまっていく。二人は、ゆっくりと立ちあがる。

 船上からは、水上に浮かぶ大蛇の死体より破城槌のように穿ちこまれた大槍を引き抜こうとする有翼の女騎士の姿が見える。

 リーリスの背で、丸腰のシルヴィアが身構える。空中に陣取る戦士たちが、自分たちに武器を向けているとわかる。

「まあ、警戒されるのが当然だわ」

 体重をかけて、大蛇の後頭部から突撃槍<ランス>を引き抜いたリーダー格の有翼人は、蒼と翠に輝く穂先をリーリスたちに向ける。

「自分らに包囲されて怯まないとは、なかなかに猛々しい連中……貴殿ら、いったい何者だ!?」

「漂流者だわ!」

 女騎士の誰何に対して、リーリスは寒さで感覚がなくなりつつある手を大きく振りながら応える。振り向いたシルヴィアを目配せを交わす。

『淫魔』と呼ばれる女の精神感応能力は、当然、知的種族に対しても有効だ。ただし、本能のままに生きる魔獣に対するよりは、はるかに難しくなる。

 相手の抵抗力にもよるが、深層心理を掌握するのは一度に一人が限界だ。当然、相手にも気づかれる。自分たちは敵だ、と宣言するようなものだ。

 だが、そこまで相手の精神に深く潜りこまなくても、表層意識のちょっとした思いつきや感情の変化なら簡単に、感づかれることなく読みとれる。

 ささやかではあるが、リーリスの能力が相手に割れていない前提では、交渉において間違いなくアドバンテージになる。

「私たちの救助を、お願いできるかしら!?」

 四肢のかじかみに耐えながら、リーリスは両腕を降り続ける。眼下の女騎士が兜と脱ぐと、さらりとした金色の髪がまろび出て、風になびく。

「話が通じる相手ではあるようだ……しかし、貴殿らはどこから来たのだ!?」

「その質問は、説明が難しいのだわ……次元転移者<パラダイムシフター>、って言えば通じるかしら?」

 警戒を緩めない女騎士の碧眼の奥に、動揺の色が混じるのをリーリスは見逃さなかった。

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