見出し画像

【第2部27章】星を呑む塔 (4/4)【業火】

【目次】

【剣鬼】

「すべて事は、滞りなく御座候」

 滑空するプテラノドンの背にひざ立ちとなりながら、トリュウザは目を細め、つぶやく。初老の剣士の、武人としての感覚が拡大する。天蓋が落ちてくるような『圧』が、グラトニアの草原に充満している。並の人間であれば、それだけで気絶しかねない。

「花は桜木、人は武士……なるほど。『塔』のなかで騒いでいたのは、鼠ではなく雀のたぐいであったか。斬るほどの価値は、無く御座候」

 トリュウザは目を向けることなく、やや離れた地点を飛翔する存在と力量を知覚する。無視してかまわない、と判断する。戦略的視座ではなく、ひとりの剣士として興味を持ちうるかの問題だ。

「もうひとつ、宙に浮いているものがあるか……ほほう。これは、これは……」

 騎竜『豹峨<ひょうが>』の背のうえで、トリュウザは含み笑いをこぼす。空を飛ぶ船だ。『塔』へ向かっている。『魔女』が言及していたのは、これのことか。

 初老の剣士にとって、技術<テック>の産物に興はさかせられない。広い多元宇宙には、そんなものもあるだろう、ていどの認識だ。

 トリュウザの関心を惹いたのは、空飛ぶ船に乗っている何者かだ。『気』が、満ち満ちている。グラー帝には及ばぬが、なるほど、これは強かろう。斬りがいがありそうだ。

「花は桜木、人は武士。あの女狐めに釘を刺されていなければ、まっすぐ『豹峨<ひょうが>』を向かわせるところにて御座候……まあ、いい。あちらから来てくれるならば、斬り伏せてもかまうまい」

 初老の剣士は、いささかつまらなそうに息を吐くと、すっくとプテラノドンの背のうえに直立する。しゅら、と長尺の刀を鞘より抜きはなつ。

「『豹峨<ひょうが>』。其方は、近寄る敵兵を適当に喰い散らしておけ……なんなら、あの雀からでもかまわぬぞ」

 主の言葉に、騎竜のプテラノドンは、うなり声で返事をする。つまらぬ獲物を押しつけるな、とでも言いたげな『豹峨<ひょうが>』の横顔を見て、トリュウザは満足げに目を細める。

「花は桜木、人は武士……それでは、参る」

 初老の剣士は、騎竜の背から倒れこむように、重い風の吹く宙へと身をおどらせる。後頭部で一本に結んだ白髪交じりの髪をたなびかせつつ、トリュウザは頭から地面へと落下していく。

「あの男……グラー帝は、天を落として御座候。ならば……某は、地を灼いて御覧に入れよう」

 右手に握りしめた長尺の刀の切っ先を、初老の剣士はまっすぐ地面へ向かって伸ばす。鷹のような眼光を宿した双眸が、かっと見開かれる。

「獄に葬られし骸より、渦巻く憤怒は死を供す。天を蝕み、地をのたうち、万理万象を焼き尽くせ──龍剣解放、『焦熱禍蛇<しょうねつかだ>』」

 腹の底より響くトリュウザの詠唱が、グラトニアの空に鳴りわたる。初老の剣士の身長にも匹敵する丈の刀身が白熱し、刀の峰から溶鉄の雫が止めどもなく生じては、地面に向かってしたたり落ちていく。

 草原のうえにたまったの液状金属の塊は、やがて小山ほどの大きさとなり、鉛色の巨大な蛭と化す。溶鉄の異形の腹が赤熱し、またたく間に周辺の地面へと高温は伝播していく。

 トリュウザは、身軽に宙で一回転すると、己の愛刀──龍剣より産み出した、鉛色の巨蛭の背に着地する。すでに草原は灰燼と化し、上昇気流によって燃え殻がまき散らされたかと思うと、あっという間に土中の水分も蒸発する。

 初老の剣士は、刀の切っ先を溶鉄の異形の背に突き立てると、直立姿勢のまま眼を閉じる。周辺の地面は乾燥し、ひび割れ、焦熱地獄か世界終焉を思わせる光景が、見渡すかぎり広がっていた。

───────────────

「後方からの追撃は、さすがに沈黙したかね。『シルバーブレイン』の進路にも、ブレは無し。問題があるとするならば……」

 わざと目立つような進路を選び、『世界騎士団<ワールド・オーダー>』とともに帝国軍に対する陽動をしかけていた『伯爵』は顔をあげて天をあおぎ、最終目標地点である『塔』へと視線を向ける。

「いま、もっとも懸念すべきは、この空の在り様かね。明らかに異常……『塔』が中心となっているのならば、目指すべき場所は変わらないが……ふむ?」

 歴戦の闘士であるカイゼル髭の伊達男は、違和感に気がつく。先刻まで、はっきりと視認できていた巨大建造物が、蜃気楼のごとく揺らいでいる。

 浮き足立つような感覚は、すぐに具体的な驚異となって襲いかかる。前方から、息も詰まるほどの熱波が迫り、『伯爵』と『世界騎士団<ワールド・オーダー>』を呑みこむ。

「かは……ッ! こ、れ……は!?」

 カイゼル髭の伊達男は、シルクハットを右手でおさえながら、驚愕する。足元の草が、一瞬で燃え尽きる。単眼巨人<サイクロプス>である『力<ストレングス>』が、自らの体躯を壁にして、熱波を喰い止める。

 十数秒、超高温の風を全身に浴びた単眼巨人<サイクロプス>は、体表を黒焦げにしながら、うつ伏せに倒れこむ。その間に、エルフの『魔術師<マジシャン>』が魔法<マギア>の結界を構築し、さらに数十秒の時を稼ぐ。

 溶岩流の津波のごとき熱風に呑みこまれ、防御結界もたやすく破られる。『皇帝<エンペラー>』が大盾を掲げ、文字通り最後の壁となるなか、『正義<ジャスティス>』は『伯爵』の手首をつかむと空へ向かって放り投げる。

「貴殿ら……ッ!?」

 宙を舞う伊達男は、刮目する。精強なる『世界騎士団<ワールド・オーダー>』の召喚体たちが、耐久限界を超えて、消滅していく。天馬<ペガサス>の引く2輪戦車──哨戒に飛ばしていたため生き残った『戦車<チャリオッツ>』が、『伯爵』をキャッチする。

 召喚主の意を確認する余裕もなく、空駆ける2輪戦車の騎手は熱波から逃れるように、一直線に『塔』から後退していく。『伯爵』は、己の目を疑う。真珠のように美しい天馬<ペガサス>の毛並みは、無惨に焼け焦げている。

「なんという……ことかねッ!?」

 カイゼル髭の伊達男は『戦車<チャリオッツ>』のうえから、異国の地表に広がる阿鼻叫喚の地獄絵図を目撃する。

 帝国軍の機甲部隊が熱波にあおられ、兵士たちは装甲車のなかへ退避し、そのまま沈黙する。おそらく、なかで蒸し焼きとなったのだろう。少し遅れて爆発し、かたわらでは逃げ遅れた随伴歩兵が消し炭と化す。

 文字通り身を焦がす天馬の引く2輪戦車のうえから、大規模な都市が炎上している様が見える。街路樹が、建造物が、そして天からの『圧』に耐えきれず、気絶した住民たちが、燃えている。

 やがて、『戦車<チャリオッツ>』の天馬たちも力尽き、空駆ける2輪戦車は墜落し、光の粒になって消滅する。『伯爵』は、地面に投げ出される。

 大きく後退し距離をとることで、さすがに殺人的な熱波は幾分か弱まった。それでも、伊達男のまとう燕尾服は、ぶすぶすと焦げ音を立ててくすぶっている。

 握りしめた拳で灰燼と化した草原を叩きつけながら、『伯爵』は嗚咽をこぼす。顔をあげ、高熱による空気の揺らぎで見通すこともかまわなくなった『塔』の方向をにらみつける。

「民を薪のようにくべ、国土を無惨に焼却し、こんなことが……王の、騎士の所行だと言うのかね……グラー帝! そして、グラトニア征騎士どもッ!!」

 伊達男は、自慢のカイゼル髭が乱れるのもかまうことなく、業火に燃えるグラトニアの中心に向かって咆哮した。

【第28章】

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?