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【第2部24章】永久凍土の死闘 (1/8)【難民】

【目次】

【第23章】

──ズガガガッ!

 凍原のくすんだ曇天、舞い散る雪のなか、アサルトライフルの重い銃声が響く。フルオート射撃をおこなったのは、地表のドヴェルグふたり組の片方。狙われたのは、上空を旋回するヒポグリフだ。

 翼を大きく広げ、円を描くように旋回飛行しつつ銃弾を回避する鷲馬の背には、ひとりの戦乙女の姿がある。魔銀<ミスリル>の穂先を持つ槍を右手に握り、左手で乗騎の手綱をせわしなく操る。

「やめるたんも! ドヴェルグとヴァルキュリアのあいだには、休戦協定が結ばれているはず……ッ!!」

 地表では、突撃銃を手にした者たちとは別のドヴェルグが声を張りあげる。鋼鉄製の鈍重な丸盾を掲げ、その背後には多くの負傷した戦乙女たちが、寒さと銃声に身を振るわせている。

 しかし、アサルトライフルを構えたドヴェルグの側に聞く耳を持つ様子はない。淡々と、弾を撃ちきった突撃銃の弾倉を交換する。

 ヒポグリフに乗るヴァルキュリアと丸盾を手にしたドヴェルグは、舞い散る雪越しに視線を交わし、苦々しげな表情を浮かべる。

200526パラダイムパラメータ‗インウィディア

 ほとんど着の身着のままの戦乙女のけが人たちを襲撃者からかばっているのは、シェシュという名のヴァルキュリアと、エグダルという名のドヴェルグだ。

 ふたりは夫婦であり、雲のうえで浮島のヒポグリフ牧場を管理していた。それが、数時間まえ、突然に魔法<マギア>の揚力を喪失し、雪原に墜落した。

 まるで悪夢のような光景だった。続いていくつかの浮島が転落し、最後には戦乙女たちの象徴である白亜の天空城まで地に墜ちた。

 シェシュにしても、エグダルにしても、ヴァルキュリアの祖先が作った浮島が唐突に揚力を失って落下するなど、見たことはもちろん、伝承にすら聞いたことのない現象だった。

 幸いにも、夫婦とヒポグリフたちに大きなけがは無かった。離れた海面に落下した天空城から黒煙が立ちのぼるを見て、シェシュとエグダルは様子を確かめるため鷲馬を駆って牧場を離陸したのが、およそ1時間まえ。

 ふたりはすぐに、凍原の寒風に吹かれながら身を寄せあう戦乙女の負傷者の一団を発見した。大型銃器で武装したドヴェルグの襲撃者が現れたのは、ほぼ同時だった。

 アサルトライフルの銃口が、必死に攻撃を止めるよう説得の声を張りあげるエグダルのほうを向く。けが人を背負うドヴェルグは、右手に握っていた手斧の刃を雪のうえにつきたてて、両手で丸盾を支える。

「おまえさん、だいじょうぶ……ッ!?」

 上空から、ヒポグリフを駆るシェシュが声をあげる。まぶゆい火花が飛び散り、無数の銃弾が撃ちこまれる。

「──なんのォ! 見ているたんも、シェシュ!!」

 エグダルは、ただでさえ小柄な体躯を小さくかがめて円形の盾の影に身を隠す。

 大鍋のような見た目の無骨な丸盾だが、枠は魔銀<ミスリル>で補強され、製造の過程で『加工』の魔法<マギア>をかけて強度も増している。
 
 円錐状のライフル弾が鉄盾の表面をぼこぼこにへこませながら、どうにか牧場主の夫はフルオート射撃を防ぎきる。エグダルは、着弾の衝撃でひっくり返りそうになりながら、どうにか踏みとどまる。

「やるじゃない、おまえさん! よぉし、あたいだって……ッ!!」

 襲撃者が夫にかまけているあいだに、妻であるシェシュはヒポグリフを操って空から急降下をしかけようとする。ふたり組のドヴェルグのうち片方が、冷静に上方へ銃口を向ける。

「ああ、もう……ナオミちゃんだったら、もう少し上手くやるだろうに……!」

 シェシュは悔しげに、数ヶ月ほど牧場に滞在した旅人たちのひとり、赤毛の騎手の名をつぶやく。ここではないどこから来たという翼を持たない娘は、城勤めの戦乙女にも負けない手腕でヒポグリフを操っていた。

 鉄の礫が無数に放たれるのを見て、シェシュは突撃を断念し、ふたたび上昇軌道に切り替える。地表では、もうひとりのドヴェルグがエグダルへのフルオート射撃をかまえる。

 ふたりの襲撃者の動きは異様に息があっており、片方が隙を見せたかと思えば、すぐさまもう片方がカバーに入る。まるで、ひとつの頭でふたつの身体を動かしているかのようだ。

「なにより、あの武器……!」

 魔法<マギア>文明が築かれたこの次元世界<パラダイム>に本来、技術<テック>の結晶であるアサルトライフルなぞ存在しない。ドヴェルグが持っていることなどあり得ず、牧場主夫婦も当然、その名は知らない。

 しかし、シェシュもエグダルも、見覚えだけはある。件の滞在者たちが、検分と試し撃ちをしていた。凍原に現れた賊から奪いとったものだという。そのときの記憶のおかげで、かろうじて夫婦は対応できている。

「シェシューッ!」

 夫が自分の名を叫ぶ声を聞いて、シェシュは我にかえる。ふたり組の襲撃者が、そろってヒポグリフに銃口を向けている。けが人を背負った鈍重なドヴェルグよりも、機動力に長けるヴァルキュリアの騎兵を先に始末しようという算段か。

「……こんのお!」

 シェシュは必死に手綱を繰り、鷲馬を加速させる。銃弾の火線が、ぐんぐん背後から迫ってくる。

「ギャボーッ!?」

 ヒポグリフが、悲鳴とともに血を吐き出す。横腹に被弾した。ぐらぐらと激しく揺れる乗騎の体躯に、シェシュは必死にしがみつく。

 鷲馬の巨体が、きりもみ回転しながら凍原へ落下する。胴体着陸したヒポグリフの鞍のうえでシェシュは一瞬、気を失いそうになり、頭を振って意識を揺りもどす。

「シェシュ──ッ!!」

 エグダルが、自分の名を呼んでいる。ぼやける視界と吹雪ごしに、アサルトライフルの銃口を向けて迫ってくるふたり組のドヴェルグが見える。ヒポグリフは血の泡を吹きながらけいれんし、立ちあがれそうにない。

 シェシュは全身の痛みに歯を食いしばりつつ、鞍のうえから雪のうえに降り立ち、震える手で槍を構える。エグダルが、丸盾と手斧を握って駆けてくる。

 ドヴェルグは筋肉質で膂力に優れるが、体格は小さく、手足も短く、俊敏さに劣る。おそらく、敵が攻撃をしかけてくるまえにエグダルが割りこむことはかなわない。

「あたいだって……戦乙女なんだ!」

 両手で槍の柄を強く握りしめると、シェシュは魔銀<ミスリル>の穂先をふたり組の襲撃者に向ける。ほとんど同じ動きで、相手はアサルトライフルの引き金に指をかける。そのとき──

「……ええーいッ!!」

 上空から、まだ幼さの残る少女の声が聞こえる。同時に、ひゅんと鋭い風切り音が聞響く。なにか丸いものが、ドヴェルグの狼藉者たちの手元へ向かって飛んでいく。

 ふたり組の襲撃者が引き金を絞る刹那、飛来物は突撃銃を抱える腕をしたたかに打ちつける。アサルトライフルの照準が大きくずれて、明後日の方向を穿つ。

「白銀の荒野に咲く、一輪の希望の花……魔法少女、ラヴ・メロディ参上!!」

 シェシュとエグダル、さらにその背後に寄り添う大勢の負傷者たちをかばうように、ひとりの少女が上空から凍原へと降り立つ。

 ドヴェルグの襲撃者の腕を打ちつけたふたつのリングが、回転しながら飛び戻りラヴ・メロディを名乗る娘の手のひらのなかに納まる。

 牧場主夫妻は、目を丸くする。ふわふわしたピンク色の花弁のような衣装に身を包んだ少女は、シェシュとエグダルにウィンクすると、上方へ視線を向ける。

「ディアナさまー! みんな、無事なのね!! 羽の生えた馬は、大けがしちゃったみたいだけど……」

「いえ。よくやってくれました、メロウ。わたくしの吐息<ブレス>を撃ちこめば、けが人たちを巻きこみかねなかったですわ」

 ラヴ・メロディを名乗る娘の言葉に応えるように、もうひとりの厳かな女性の声が響く。少女だけでも非現実的な光景だったのに、新たに天から舞い降りてきた存在に牧場主夫妻は目を疑う。

 背中に光輝く6枚の翼を持ち、純白のドレスをまとい、白銀の髪を編みこんだ神々しいばかりの乙女──クラウディアーナの姿に、シェシュとエグダルは心を奪われた。

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